【ご報告とお願い】公益通報した人が守られない社会で、声を上げられますか?
署名にご賛同くださった皆さまへ
いつも温かいご支援をいただき、本当にありがとうございます。
7月29日の控訴審判決を受け、私は現在、上告に向けて、判決文とこれまで裁判に提出してきた証拠を一つひとつ照らし合わせながら、判決の判断過程を検証しています。
その作業を進める中で、今回の裁判には、私個人の救済にとどまらず、公益通報者保護制度の根幹に関わる重大な問題があることが、改めて明らかになってきました。
■ 公益通報の後に何が起きたのか
私は、鳥取大学における補助金の不正使用について、文部科学省、厚生労働省、
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)などに通報しました。
その後、文部科学省や厚生労働省、AMEDによる実地調査が行われ、公的機関による不正の認定や補助金の返還が行われています。
裁判では、こうした事実だけでなく、
・補助金流用の指示を示すメール
・文科省の補助金事業で教育に専従する義務があった教職員の専従義務違反を示す資料
・他省庁の補助金事業との重複を示す出張報告書や会議資料
・公的機関による不正認定に関する資料
など、補助金不正の実態を示す客観的な証拠を多数提出してきました。
つまり、私の供述だけで不正を訴えていたわけではありません。
■ ほとんどの場合、公益通報への報復には「直接証拠」が残らない
公益通報に対する報復は、通常、「通報したから処分する」「通報したから嫌がらせをする」と明言されるものではありません。
だからこそ、公益通報者保護制度が実効性を持つためには、
①通報内容を裏付ける客観的証拠
②公的機関による調査・不正認定
③通報後に連続して発生した不利益な取扱い
④事業者側の説明に合理性があるか
⑤事業者側に存在する証拠が開示されているか
といった複数の間接事実を、時間的経過も含めて総合的に判断する必要があります。
ところが今回の裁判では、公益通報とその後のパワハラ等との因果関係について、「直接的な証拠がない」ことが重視されました。
そして控訴審判決を読み返す中で、私はさらに重大な疑問を持つに至りました。
これらの重要な証拠について、裁判所がどのように評価したのか。あるいは、なぜ評価しなかったのか。その判断過程が判決文には具体的な理由が示されていないのです。
しかも、今回の裁判で認定された5件だけでも、原告と業務を一度も共にしたことがない大学役員の教授や病院長などから、告発後に起きたパワハラで、時系列や経緯からしても、5件という異常に多くの数からしても、単なるパワハラではない不自然性があります。判決にはこのことをどのように判断したかの説明すらありませんでした。
■ 判決文に、証拠についての重大な記載誤り
看過できないのが、文科省による実地調査の指導内容を示す「甲39」です。
この資料は、被告側職員が作成し、会議で配布した資料です。
ところが控訴審判決では、これが「原告の反訳」と記載されています。
しかし、資料そのものには、反訳を担当した職員名が「文責」として明記されています。
これは単なる表現上の問題ではありません。
この資料を誰が作成したのか、どのような経緯で作成されたのかは、その証拠の客観性・信用性に直接関わります。
さらに、その誤認は、文科省が大学に対して何を指導したかという、裁判の重要な事実認定にも影響します。
■ 「提出されている証拠」が、ないものとして扱われている
さらに重大なのは、判決文に、
「証拠は原告の供述と新聞報道のみ」
という趣旨の記載があることです。
しかし実際には、公的機関による不正認定資料、大学内部の会議資料、出張報告書、メールなど、多数の資料を裁判所に提出しています。
これらを確認すると、提出されている客観的証拠が存在するにもかかわらず、「補助金不正の実態は不明」と判断されているように見えます。
これは、単に私の主張が認められなかったという問題とは異なります。
裁判所が、実際に提出されていた証拠をどのように認識し、どのように評価したのか。
その点を検証する必要があります。
■ そして、重要な証拠の多くは大学側に存在していました
もう一つ、今回の裁判で大きな問題だと考えているのが、証拠の「偏在」です。
パワハラが行われた場面の録音、聞き取り記録、監視カメラ映像など、事実を客観的に確認できる資料の一部は、大学側に存在していました。
しかし、大学側はこれらを開示しませんでした。
そのことについて、裁判所がどのように評価したのか。
なぜ開示を求めなかったのか。
そして、証拠を保有する側が開示しないことが、事実認定にどのような意味を持つのか。
これらについても、判決文には記載されてありませんでした。
■ この問題は、私一人の問題ではありません
今回の判決文から読み取れる、
「公益通報と報復の直接的な証拠がなければ、公益通報者はは裁判で救済されない」
という考え方が広がってしまえば、不正を見つけた人は、
「通報したら自分が報復されるかもしれない」
「証拠を握っているのは組織なのだから、裁判になっても勝てないのではないか」
と考え、声を上げることをためらうようになります。
それでは、公益通報者保護制度は、制度として機能しません。
不正をなくすために声を上げた人が、声を上げたことによって排除される。
そのような社会であってはならないと思います。
■ だからこそ、最高裁に問いたい
今回の上告では、私自身の救済だけではなく、
公益通報への報復を、どのような基準で判断すべきなのか。
通報後に生じた複数の不利益を、時間的経過も含めてどのように総合評価すべきなのか。
重要な証拠が組織側に偏在している場合、裁判所はどのように事実認定を行うべきなのか。
組織が情報開示を拒ん場合、情報開示を命令すべきではないのか。
という、公益通報者保護制度の実効性そのものに関わる問題を、最高裁に問いたいと考えています。
今回、判決文と証拠を改めて読み込むことで、
私は、
「なぜこの判決では、国民の税金を原資とする補助金問題に関連したパワハラであるにもかかわらず、
これほど重要な証拠が誤認されたり、提出しているのに提出してないことにされたり、評価されていない、情報開示を命令しなかった理由さえ示されないのか」
という疑問を、より強く持つようになりました。
そして、この問題を広く社会に知っていただくためにも、皆さまからいただいた署名は大きな意味を持っています。
これまで署名にご賛同くださった皆さまに、改めて心より御礼申し上げます。
そして、ぜひ署名の拡散にご協力ください。
皆さまの一筆一筆が、単に私個人を支援するためだけではなく、
「公益のために声を上げた人が、報復によって人生を奪われることのない社会をつくってほしい」
という社会からの意思を示す力になります。
公益通報者が安心して声を上げられる社会を実現するために、私は最後まで声を上げ続けます。
引き続き、皆さまのお力をお貸しいただければ幸いです。
心よりお願い申し上げます。
松江 和子