Petition update不正を通報した人が人生を壊されない社会を求めます ― 鳥取大学補助金不正・賃金不払い事件が示した公益通報制度の課題

不正を通報した人は、どうやって真実を証明するのか ――賃金不払い事件が示した「証拠の偏在」という問題

松江 和子Japan
Aug 16, 2026

公益通報者の命と尊厳を守るための署名活動へのご支援を賜り、心から感謝致します。

今回は、公益通報後に経験した賃金不払いの経緯と証拠の偏在問題についてご説明させていただきます。

私は2015年4月以降、鳥取大学で働いていた際、補助金の使用について疑問を持ち、大学内部で改善を求めました。

しかし改善されなかったため、2015年6月から7月にかけて、電話やメールで文部科学省へ通報しました。

その後、文部科学省による実地調査が行われ、鳥取大学は指導を受けました。

一方で、通報後の職場では、昼夜や土日を問わない業務指示が続き、私は時間外労働を重ねることになりました。

上司に時間外労働について相談し、賃金の支払いを求めましたが、認められませんでした。

その後、労働基準監督署への相談、告訴、検察庁への送致、そして裁判上の和解へと進みました。

この賃金不払いの問題を通じて、私は一つの大きな問題を実感しました。

それは、

本人が実際に働いたことを証明しようとしても、その事実を示す重要な証拠を本人が持っていないことがある。
という問題です。

そして、

その証拠を持っているのは、組織側であることが少なくありません。
これは、賃金不払いだけの問題ではありません。

公益通報をした人が、その後にパワーハラスメントや不利益な取扱いを受けた場合にも、同じ問題が起こります。

 
1.賃金不払いをめぐる経過
◆2015年4月~5月
私は2015年4月、鳥取大学で働き始めました。

その後、補助金の申請や使用について、個人の里帰り目的で補助金が流用されていたり、他の補助金事業への流用がある状況を知りました。

私は、まず大学内部で改善を求めました。

しかし、改善されない状況が続きました。

◆2015年6月~7月
私は、補助金の使用について問題があると考え、文部科学省へ電話やメールで通報しました。

◆2015年8月
文部科学省による鳥取大学への実地調査が行われ、その後、鳥取大学は文部科学省から指導を受けました。

一方、この頃から、私には昼夜を問わない業務指示などが続き、時間外労働が増えていきました。

私は上司であるU教授に時間外労働賃金の支払いを求めましたが、認められませんでした。

また、2015年12月には、時間外・過重労働によって疲弊していることをU教授に伝え、代休を求めましたが、認められませんでした。

 
2.労働基準監督署への相談
私は、鳥取大学での時間外労働について未払い賃金があるとして、米子労働基準監督署に相談しました。

そして、

◆2017年2月7日
米子労働基準監督署は、鳥取大学に対し、労働時間の把握等について調査・改善・報告を求める文書及び口頭での注意を行いました。

その内容には、出勤・時間外・休日労働をしているにもかかわらず、出勤簿に適切に記載されていないことなどが含まれていました。

私は、その後も鳥取大学から未払い賃金が支払われないため、弁護士や労働基準監督署と相談し、告訴状を作成しました。

 
3.本人が持っていた証拠だけでは、すべての労働時間を示せなかった
ここが、今回最も伝えたいところです。

私が告訴状において示すことができた未払い賃金は、主として私自身が保有していたメール記録など、私が手元に持っていた証拠によるものでした。

しかし、私は、それ以外にも休日出勤、会議、講演会などに伴う時間外労働を行っていました。

ところが、そのすべてについて、私自身が客観的な証拠を持っていたわけではありません。

たとえば、入退館の電子記録、会議の録音記録、講演会の録音記録や役割分担表などです。

こうした資料は、本人ではなく組織側が保有していることがあります。

つまり、

実際には働いていても、本人がそれを証明するための証拠を持っていない。
ということが起こります。

私は、この問題を実際に経験しました。

 
4.労基署が告訴状を検察庁へ送致
◆2017年8月7日
米子労働基準監督署が告訴状を受理しました。

その後、労働基準監督署による調査が進められました。

◆2018年1月26日
私は米子労働基準監督署から、調査を終え、告訴状等を検察庁へ送致する予定であるとの連絡を受けました。

送致にあたって、私は労働基準監督署に出向き、担当職員の指示で、提出していた証拠資料全てに割印を押しました。

労基署では、大量の証拠資料を整理し、検察庁への送致に備える手続きが進んでいました。

 
5.4日後、鳥取大学から229万3,261円が振り込まれた
◆2018年1月30日
この日、鳥取大学から私の銀行口座へ何の予告も説明もなく、

229万3,261円
が振り込まれました。

同日、鳥取大学の代理人弁護士から私の代理人弁護士に対して、振込みを行ったことを知らせるファックスが送られました。尚、このファックスは、甲7号証として裁判所に提出しています。

つまり、

2018年1月26日

労働基準監督署から、検察庁への送致予定について連絡。

2018年1月30日

鳥取大学から229万3,261円が振り込まれる。

という経過がありました。

 

私が上司に時間外労働賃金の支払いを求めたにもかかわらず、却下されてから2年以上の時間がたっていました。

私は、検察が告訴状の送致を決めた時期と鳥取大学が約229万円を私の口座に何の前触れもなく振り込んだ時間的な近接性について、重要な意味があるのではないかと考えています。

「なぜ、この時期に支払われたのか」

「実際に何のための支払いだったのか」
 
6.229万円は、何についての支払いだったのか
私は、この229万3,261円について、鳥取大学に支払いの明細を求めました。

しかし、私が問題としてきた賃金のどの部分について、どのような計算によってこの金額が支払われたのかがわかる明細を大学は提供しませんでした。

7.私は、告訴を続けることを選びました
鳥取大学から229万3,261円の支払いがあった後、労働基準監督署から私に、鳥取大学から支払いがあったことを踏まえて、それでも告訴を続けるのかという趣旨の確認がありました。

私は、

「告訴を続ける」


と答えました。

その結果を踏まえて、労働基準監督署は検察庁への送致を行いました。

◆2018年3月16日
米子労働基準監督署は告訴状を検察へ送致。

検察は、鳥取大学を起訴猶予処分としました。

起訴猶予は、容疑者が犯罪を犯したことは明らかであるけれども、起訴して裁判を受けさせるまでの必要はないと検察官が判断した場合に、不起訴処分とすることをいいます。

私が鳥取大学に不払い賃金の支払いを求めてから2年以上経ってから、鳥取大学が、突然、約229万円の支払い、私が明細を要求しても明かさなかった経緯から、

「鳥取大学による労働基準法違反は明らかであるけれども、起訴して裁判を受けされるまでの必要はない」

とした検察の判断について疑問を持たざるを得ませんでした。

200万円以上の賃金を2年以上も支払わずに事業者が罪に問われないことがあっていいのでしょうか。

しかも、この229万円で不払い賃金全額が支払われたわけではありません。

鳥取大学は、後の裁判での和解調書にあるとおり、この時点でも未払金がありました。

 
8.229万円の支払い後も、賃金問題は終わらなかった
私はその後も、未払い賃金について問題を解決するため、裁判で争うことになりました。

なぜなら、私が自分で持っている証拠だけでは、実際に行ったすべての時間外労働を十分に示すことができなかったからです。

私が行った休日出勤、会議、講演会などの業務についても、大学側が保有している資料を大学が開示してくれれば、事実を確認できる可能性があったからです。

◆2023年6月12日
裁判上の和解が成立しました。

和解調書には、

「被告は、原告に対し、原告の被告に対する、未払賃金請求に関する解決金として、40万円の支払い義務があることを認める」
と記載されています。

ここで重要なのは、

2018年1月30日に229万3,261円が支払われたことで、私が問題としていた賃金問題のすべてが解決したわけではなく、その後も裁判上の和解に至るまで、賃金問題は残っていたということです。
 
9.「証拠の偏在」問題
本人が実際に行った労働のすべてを、本人が持っている証拠だけで証明できるとは限りません。

一方、組織側には、

出勤記録
入退館記録
会議資料
会議の録音
電子メール
業務記録
職員の聞き取り記録
監視カメラ映像
など、本人が持っていない資料が存在する可能性があります。

つまり、

「事実を証明するために重要な証拠が、組織側に偏在している。」
という問題を多くの場合避けてとおることができません。

 
10.客観的な証拠を確認した上で判断してほしい

「本人が証拠を提出できないから、事実を認めることができない」
ということになれば、証拠を持っている組織と、証拠を持っていない個人との間には、大きな力の差が生じます。そして、事実に基づいた判断ができない可能性も否めません。

 
11.この問題は、パワーハラスメントでも同じです

鳥取大学側は、私への対応について、私に問題があり、パワハラではなく、必要な指導を行ったという趣旨の主張をしています。

私は、その前提となる事実には誤りがあると主張しています。

では、

実際には、その場で何が起きていたのでしょうか。
その判断には、当事者双方の言い分だけではなく、

その場で実際に何が起きたのかを確認できる客観的証拠
が必要です。

会議での録音記録
関係職員の聞き取りに関する記録
監視カメラ映像
など、私自身が保有していない資料を大学が保有していました。

私は、こうした資料について、事実確認のために開示・検証することを求めてきました。

これは、

「私の主張を認めてください」
という要求ではありません。

「大学側の主張や大学が提出した証拠も含めて、客観的な資料を確認し、実際に何が起きたのかを事実に基づいて判断してください」

という要求です。

しかし、私が開示を求めたにも関わらず、鳥取大学は、事実を示す客観的証拠である会議の録音記録、監視カメラの画像などを開示しませんでした。裁判所も開示命令を出しませんでした。

 
12.公益通報後の不利益取扱いでも、同じ問題が起こります
公益通報をした後に、時間外労働賃金の不払い、配置転換、業務の取り上げ、人間関係からの切り離し、雇止めなどの不利益な取扱いが行われた場合、それが本当に業務上必要な対応だったのか、それとも公益通報を理由とするものだったのかを判断する必要があります。

しかし、

「公益通報をしたから、この対応をした」
と明確に記録されることは、通常ありません。

だからこそ、

通報した時期
通報の内容
通報後の組織の対応
不利益な取扱いが行われた時期
その内容
その後の経過
組織側の説明
説明と客観的事実との整合性
関係する客観的証拠
などを総合的に検討する必要があります。

そして、ここでも、

その客観的証拠を誰が持っているのか
という問題が生じます。

 
13.公益通報者が「証拠を持っていない」ことを理由に、事実・真実から遠ざけられてはならない
公益通報をした人は、組織の内部で起きていることをすべて記録し、すべての証拠を持っているわけではありません。

一方で、組織は、多くの場合、会議記録、電子メール、人事記録、入退館記録、会議録音記録、監視カメラ映像、内部調査記録を保有しています。

それらが事実を明らかにする重要な資料であるならば、

その資料が開示され、確認できることが、公正な事実認定のために重要です。

重要な証拠が組織側に存在するのに、その開示がなされず、裁判所も開示命令を出さぬまま、「本人が証明できなかった」という理由だけで事実認定が行われることが、本当に公正なのか。
私は、この問題を社会に問いかけたいと思っています。

 
15.必要なのは、「通報者と組織の双方の主張を、客観的な証拠によって検証できる制度」
真実を明らかにするためには、重要な証拠が組織側に偏在している場合に、その証拠を公正な事実認定のために確認できる仕組みです。

事実を客観的に確認できる証拠を組織が、非開示にしたり、破棄することがないように制度を整えていくことが必要であると考えます。

松江 和子

 

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