第四弾目の請願書を政府に提出しました。内容の添付です。昨日、一昨日のコメントの続きです。


小泉防衛大臣のSNS発言の憲法第九条違反と、政策転換による自衛隊機の市民空域への増加と低空飛行等による騒音と市民生活への侵害に関する請願書
小泉防衛大臣殿
高市内閣総理大臣殿
私は一市民として、これまで各省庁や自治体の首長あてに請願書を提出してまいりました。本書簡は、小泉防衛大臣宛て、高市首相宛てのものとして、それぞれ第四通目にあたります。
これまでのところ、法務省と参議院からのみご返信をいただきましたが、その他の三十名を超える政治家や各省庁からは、一切のご返答がありません。
まずこの点について、明確に異議を申し立てます。政治は主権者である市民のために行われるものであり、政治家だけで完結させてよいものではありません。
主権はあくまで国民にあります。小市民からの請願書を誠実に扱わない態度は、民主主義の根幹に反するものです。
つきましては、本書簡に対して、防衛省および内閣としての明確で誠実なご回答を強く求めます。
今回の請願で申し立てる異議は四点あります。
一、小泉防衛大臣のSNS発信とドローン軍拡について
第一に、小泉防衛大臣がXなどのSNS上で、戦争用ドローンを「安価に、大量に、迅速に生産できる力」が求められる時代だとして、新たな戦い方に備えるべきだと公言していることについてです。大臣は、北朝鮮の兵士がロシアでドローン戦を学んでいることや、中国の軍拡を引き合いに出しながら、「北朝鮮からドローンや無人機が向かってくることは決して非現実的なことではない」と述べ、「新たな守り方」の必要性を強調しています。
しかし、こうした発信は、我が国の平和憲法第九条が掲げる「戦争放棄」「戦力不保持」の理念をないがしろにしたものであり、「戦争の準備こそが平和維持に不可欠である」という正確ではない観念を、国民に刷り込むプロパガンダとして機能しています。
大臣たる者が、Instagram や X などのSNSを用いて、このような軍事的観念を安直かつ一方的に拡散し、市民の不安を煽るかたちで扇動することは、厳に慎むべきです。防衛省としても、小泉防衛大臣に対して、SNS上での発信のあり方を自粛し、憲法第九条の精神に立ち返った慎重な情報発信を行うよう指導されることを求めます。
小泉防衛大臣のこれら一連の発言と行動は、憲法第九条第二項だけでなく、第一項が掲げる「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」という原則にも、明らかに反するものです。
私は、大臣のSNS上での発信を、「戦争が必要であり、その準備こそが平和維持に不可欠である」と国民に思い込ませる方向の「戦争推進」の宣伝として受け止めています。
さらに、大臣は今回、迎撃無人機の早期取得計画をXで公表し、「ドローンなどについて『安価で、大量に、迅速に生産できる力』が求められる時代となった」と述べて、民間企業に広く協力を呼びかけました。
これは、私が前回の請願書でも指摘したとおり、軍需産業をドローンなどの兵器によって活性化させようとする意図を、よりあからさまなかたちで国民に公言したものであり、「防衛力強化」の名の下に、事実上の武器ビジネスを推し進めようとするものです。
しかも、こうした重大な方針について、国民からの明確な同意も、野党との十分な国会審議も経ずに、政府と一部企業のあいだで先行して進めていくやり方は、民主主義国家として極めて不誠実であり、「恥知らず」と評さざるをえません。
どうしてもドローンの開発を企業に促したいのであれば、戦争用の無人機ではなく、まずは人々の平和な暮らしに直結する分野にこそ力を注ぐべきです。
たとえば、災害現場での救助や状況把握に役立つドローン、危険な工事現場やインフラ点検を代行する無人機、農業や林業、高齢化する地域社会を支えるための新しい農業機械・輸送機器など、AIを備えた「平和のためのドローン」はいくらでも構想できます。
そのような用途の開発であれば、企業の技術力も生かされ、税金も人びとの安全と生活の向上に直接つながり、「無駄」とはならないでしょう。これは前回の請願書でも申し上げたことですが、何でもかんでも軍事・戦争につなげなくとも、技術は十分に発展します。むしろ、平和な用途を前提とした技術開発の方が、長期的に見て日本社会と経済にとって健全であり、世界に対しても誇れる道だと考えます。
いま政府や防衛省がドローンに期待しているという「安価で、大量に、迅速に生産できる力」とは、本来、人を殺すためではなく、人を守り、暮らしを支えるためにこそ向けられるべきです。戦争はゲームではなく、ドローンもおもちゃではありません。ウクライナなどの戦場で、無人機が実際に人命を奪っている現実を見れば、本来そこには、軽々しく「新しい戦い方」といった言葉を持ち込んではならないはずです。
小泉防衛大臣は、「中国が核を持ち、北朝鮮がドローン戦を学んでいるから、日本も遅れをとってはならない」と繰り返し述べています。
しかし、「あの国がこうするから、私たちもそうする」という発想そのものが、戦争の悪循環を生み出してきた歴史的なパターンです。
日本にはすでに、「他国がどうであろうと、私たちは戦争をしない」という平和憲法第九条の軸があります。その軸こそ、大臣を含むすべての政治家が、最も大切にすべきものです。
そうでなければ、世界はいつまでも「軍拡には軍拡で応える」という悪循環から抜け出せません。そのことを、戦争責任と敗戦の重みを間近に経験した当時の指導者たちは、痛感していたはずです。だからこそ、幣原喜重郎らは、九条に「戦争をしない国」としての道筋を刻み込みました。
今こそ、他国の軍拡を口実にした追随ではなく、「たとえ周囲がどうであれ、私たちは戦争を選ばない」という九条の原点に、もう一度立ち返ってください。
二、軍用機の低空飛行と市民生活の侵犯について
第二に、小泉防衛大臣および高市内閣が進める軍事拡大路線の具体的な影響として、私の暮らす大磯町でも、日々、軍用機や軍用ヘリコプターが空を行き来する回数が目に見えて増えていることを指摘します。
これらの航空機は、福生、横須賀、静岡などに所在する基地のあいだを、かなりの低空で飛行しており、その騒音はすさまじく、生活環境への影響は甚大です。
前回の請願書でも述べたとおり、私はこうした状況を、国家権力が市民の生活領域に対して、事実上の「上空からの侵犯」を行っているものとして受け止めています。
自衛隊や在日米軍の訓練・運用に一定の必要性があるとしても、住民の生活や健康を二の次にしてよい理由にはなりません。軍用機の低空飛行と騒音の増加について、防衛省として実態を調査し、ルートや高度、回数の見直しを含めた具体的な是正措置を講じることを求めます。
三、対米・対中外交と「家族」としての世界
いまヨーロッパ各国でも、アメリカに対する評価は大きく揺らいでいます。欧州のシンクタンクが行った世論調査では、「アメリカを同盟国と考える」と答えた欧州人は一割程度にとどまり、半数が「必要なパートナー」としつつも距離を置き、四分の一は「ライバルまたは敵対国」と見なしていると報告されています。
これは、トランプ大統領のもとで続いた戦争や一方的な対外政策により、アメリカへの信頼が深く損なわれてきた結果でもあります。
こうした状況の中で、唯一の被爆国として、そして憲法第九条に非武装・平和主義を掲げてきた日本が、本来果たすべき役割は明らかです。
それは、アメリカの軍拡路線に追随し、同じように武力による抑止と戦争準備を進めることではなく、「九条=非武装」の理念を生かし、世界に対して一貫して平和を発信することです。
そのような立場に立つことこそが、長期的に見て日本にとっても、世界にとっても、最も賢く誇りある外交であるはずです。
中国に対しても、軍拡の「マイナス点」だけをことさらにあげつらい、「あちらが軍拡するから、こちらも負けじと軍拡する」という発想に陥るべきではありません。
習近平国家主席は、「人類運命共同体」や「世界は一つの家族である」といったメッセージを、国連などの場で繰り返し発信してきました。
そのすべてを額面どおりに受け取るかどうかはともかくとして、日本としては、少なくとも「世界を敵ではなく家族として見る」という建前の方向性に歩調を合わせ、対立よりも融和と協力を選ぶべきだと考えます。
日本がとるべき道は、中国の軍拡の揚げ足取りをしながら、北朝鮮のドローン戦やロシアとの軍事協力を口実に、「負けじとばかり」軍備を拡大していくことではありません。
むしろ、「世界は家族である」という呼びかけを建前としてでも尊重しつつ、憲法第九条の平和主義と、唯一の被爆国としての経験を生かし、対話と協力を通じて相手の軍拡を不要にしていく努力こそが、真に得策な外交ではないでしょうか。
それは何よりも、世界の平和と、一人ひとりの個人の自由と尊厳を守るために必要な態度だと、私は考えます。
四、防衛費、兵器ローン、防衛増税について
憲法第九条の是非を問う国民投票を行う以前に、このように既成事実を重ねて勝手に軍拡を進め、九条の理念をあからさまに踏みにじっていくやり方は、決して許されるものではありません。
よくお考えください。高市内閣と小泉防衛大臣が現在進めていることは、誰の目にも明らかな「軍備拡大」であり、「専守防衛」の範囲を超えた質的転換です。
政府は「安全保障環境の変化」を名目として、二〇二三年度から二〇二七年度までの五年間で約四三兆円規模の防衛力整備計画を打ち出し、防衛関係費を大幅に増額しました。
その中には、アメリカからの高額な兵器をローンで大量に購入する計画も含まれており、そのつけを防衛増税というかたちで国民に回し、社会保障や生活に回るはずだった財源を削っているのが現実です。
このような「軍拡先行・国民負担後付け」のやり方は、主権者である国民への重大な裏切りであり、憲法第九条の平和主義と財政民主主義の双方に反すると考えます。
今からでも遅くはありません。高市内閣と小泉防衛大臣は、軍拡路線から平和路線へと、明確に舵を切ってください。
小泉大臣は「これは軍拡ではない」と言い張りながら、実際には防衛費の大幅な増額と、攻撃能力を含む装備の整備を進めています。そのような言葉と実態の乖離したやり方は、もはや国民には通用しません。
また、日本政府はアメリカに対し、軍事兵器を次々に購入する関係から、自然環境の再生や気候危機対策、平和目的の国際協力へと、その協力の中身を切り替えるべきです。
このまま意味の乏しい兵器を買わされ続けるような外交は、歴史の中でも最もレベルの低い外交の一つと言わざるを得ません。
高市首相は「中国に土下座外交はしない」と強調しますが、実際にはアメリカに対して、兵器購入や軍拡路線で「土下座外交」を続けています。その矛盾を直視し、本当に誇りある外交とは何かを、今一度考えてください。
なお現在、私が行っている「憲法九条改悪反対・非核三原則撤廃反対・殺傷兵器開発および輸出反対」の署名は、手書きの署名も含め、すでに三百名を超えました。
これは、私一人の考えにとどまらず、多くの市民が現在の軍拡路線に強い違和感と不安を抱いていることの、ささやかながら確かな表れです。
こうした市民たちの声と違和感を無視して、なお軍拡を推し進めるのであれば、その政治は実質的に独裁へと傾くものであり、主権者である国民が築いてきた民主主義に対する重大な「不敬」であると、私は認識します。
私は、小泉防衛大臣や高市首相をはじめとする閣僚たちの、戦前回帰とも言うべき政治姿勢に深く失望し、呆れています。
そこには、過去の戦争の反省に立った歴史認識と、事態を多面的にとらえる立体的な思考が、著しく欠けていると言わざるをえません。
高市首相は、「時は来た」「これは死活的に求められている」「党是である」といった言葉を繰り返し唱えながら、改憲と軍備拡大を正当化してきました。しかし、そのように危機だけを強調し、「党是」を盾に異論を押さえ込もうとするやり方は、冷静な民主主義の議論を妨げる“お経”のようなレトリックにすぎません。
とりわけ、Instagram や X でドローン軍拡を当然視するような発信に象徴されるように、自民党の党是としての軍備拡大や改憲路線を、この機会に一気に国の「当たり前のルール」にしてしまおうと焦っている姿勢が透けて見えます。
たまたま選挙の結果として政権を担っているにすぎない一政党の党是を、そのまま国政に持ち込み、平和憲法をないがしろにし、憲法第九条を骨抜きにしながら軍拡を進めていくことは、倫理的に見ても、主権者である国民への重大な背信であり、思考停止に近いものです。
どうか、日本の大きな特長であり、世界からも注目されてきた「平和憲法」を守ってください。
私の言いたいことは以上です。防衛省および内閣として、本書簡に対する誠実な文書回答をいただけるよう、重ねてお願い申し上げます。
小泉防衛大臣殿
高市内閣総理大臣殿