先日、第四弾目の請願書を高市首相、小泉防衛大臣、片山財務大臣、殺傷武器開発企業宛に提出いたしました。


内容をペースト致します。
拝啓
現在、日本政府は北朝鮮や中国の軍拡を口実に、
ドローンや長射程ミサイルなどの
「新しい戦争の道具」に巨額の税金を注ぎ、
軍需産業を活性化させようとしています。
戦争はゲームではなく、
ドローンもおもちゃではありません。
本来、同じ技術と財源は、災害救助、インフラ点検、農業や
高齢化社会の支え合いなど、
人を守るための平和目的にこそ使われるべきです。
私は、憲法九条を生かした非武装平和主義の立場から、
また芸術家として森羅万象を愛する者として、
軍拡路線の中止と、
すべての技術政策の
「平和側への切り替え」を求める請願書を、
小泉防衛大臣と高市首相、高市内閣の大臣達に提出します。
平和を愛する諸国民の民意を無視し、
たまたまこの時期に政権をとったにすぎない
一政党の党是に従って政治を進めるのではなく、
きちんと野党と国民の同意を得ながら、
正義と倫理にもとづき、
個人の自由と世界の平和のために一番よい選択をすることを求めます。
兵器拡大に意味なく使われている税金を、
国民の社会福祉、社会保障、医療、教育、芸術文化にこそ
使うことを求めます。
また、兵器開発に参加する企業が、速やかにその事業から撤退することを求めます。敬具
はじめに((安部元首相(自民保守)と私の平和憲法の解釈の相違について)
拝啓
かつて安倍元首相は、「初めて出会う外国人に『あなたはどちらから来ましたか』と問われて『私は地球市民です』と答えて信用されるだろうか」と述べ、「人のアイデンティティ」とは、何よりもまず帰属する国と、その背後にある歴史や伝統だと説きました。そして、ときにはその価値のために命を投げ出す覚悟が必要だとまで語りました。
果たして、そうでしょうか。
私は、常々何よりもまず一人の人間として、地球の市民として生きたいと考えています。
国の伝統といわれるものは一つのラベルに過ぎません。
それだけで個人の多様性を測れるものではありません。
固有の文化といわれるものも、様々な異文化が交じり合って作られてきました。
個人の個性はなおさらであり、ある一つの国の価値観といわれるものとは全く別の個人的な経験や思考認識によって形成されていくものです。
だから私は、「世界で誰かに会った時、私は地球人であるとか自由人であるという説明では相手が納得しない、相手は貴方が日本人である事を知りたいのだ。」という安部元首相の考え方には納得できません。
だからこそ「地球人として生きて戦争を超え」という題を掲げて、これまで請願書を重ねてきました。
今、小泉防衛大臣や高市内閣が進める軍拡路線は、安倍元首相のこうした国家観をいっそう極端なかたちで引き継ぎ、
個人の命と自由を再び「国家のための手段」にしようとしているように見えます。
また安部元首相がまず平和憲法の序文を否定し、その思想を高市首相達が受け継いでいる事も確認いたしました。
しかし実際は
核兵器の危険を確認した幣原喜重郎達が次の百年後の戦争では確実にこの兵器により地球が破滅する事を予見して非武装の決心を憲法に盛り込んだのです。単にアメリカにへつらったのはありません。
私は安倍元首相と同じ出身校ですが、個人を集団の一部としてしか捉えない彼の考え方と、自由な個人が集まり、新しい価値や未来をつくっていくという、私の「地球人として生きる」という考え方が真逆であることに驚いています。
最初に政府に送った請願書の題は
「地球人として生き、戦争を超え、いのちの星を再生する。二度と戦争をしてはならない、その決意を胸に。」
でした。今回、四度目の請願書を出します。どうか、誠実な返答をお願いします。
今、たまたま政権をとった自民党の党是に従い、ごり押しの政治が続いていますが、高市内閣の手法は、
財政民主主義と日本国憲法第九条をないがしろにしたものです。
兵器を大量に買い入れるだけでなく、企業に多額の税金を投じて発注し、ドローンや兵器を大量に輸出入させることで国力を取り戻そうとするのは、誠に愚かな政策です。
国民に十分な説明もないまま、政府は今後五年間で四十数兆円もの防衛費を計上し、その多くをアメリカからの兵器購入や長期ローンの返済に充てようとしています。
その返済と軍拡の継続のために殺傷武器の開発や輸出を解禁し、兵器ビジネスにまで邁進しています。
これは、自己の欲望を抑制できない個人が次々に物を買い込み、
その借金の返済を親族に押しつける放蕩者の行いと何ら変わりません。
それを国家単位で行い、防衛増税までつくって国民に支払いを強いるだけでなく、
将来の安心と日々の暮らしに不可欠な社会保障や医療保障まで削減し、借金の返済にあてようとする姿は、
人間としての理性、知性、倫理観、誠実さ、正義、平等、人権に照らして考えるとき、悪政としか言いようのないものです。この政治で得をするのは、権力中枢にいる一部の政治家だけであります。
この異常さを直ちに反省し、個人の人権、平等、自由、つまり日本国憲法の柱である国民主権、基本的人権の尊重、
平和主義が、世界の平和と個人の自由のために真に守られる政治を取り戻してください。
戦後の平和憲法は、安倍元首相が勘違いしているように、単にGHQに押しつけられたものではありません。
戦争の悲惨を体験した日本人が、日本がまず平和を実践し、
平和の旗印のもとに全ての国が一つになることを願って生み出した、宇宙観であり尊い誓いです。
二度と戦争をしてはならない。また、起こさせてはならない。
その決意を、どうか心の中で静かに確認してください。
それでは、第四弾目の請願書をお読みください。
政府からの誠実な回答をお待ちしております。敬具 画家・市民 高橋信之
安部元首相の言葉
「はじめて出会う外国人に、「あなたはどちらから来ましたか」と聞かれて、「わたしは地球市民です」と答えて信用されるだろうか。「自由人です」と答えて、会話がはずむだろうか。かれらは、その人間の正体、つまり帰属する国を聞いているのであり、もっといえば、その人間の背負っている歴史と伝統と文化について尋ねているのである。」「たしかに自分の命は大切なものである。しかし、ときにはそれをなげうってまもるべき価値が存在するのだ、ということを考えたことがあるだろうか。わたしたちは、いま自由で平和な国に暮らしている。しかしこの自由や民主主義をわたしたちの手で守らなければならない。」「最近ジェンダーフリーという概念が登場した、生物学的差異や文化的背景も全て否定するラジカルな考えを包摂する和製英語だ。」「占領軍のマッカーサー最高司令官は、敗戦国日本の憲法を制定するにあたって、天皇の存置、封建制を廃止すること、戦争を永久に放棄させることの三つを原則にした。とりわけ当時のアメリカの日本にたいする姿勢が色濃くあらわれているのが、憲法九条の「戦争の放棄」の条項だ。アメリカは、自らと連合国側の国益を守るために、代表して、日本が二度と欧米中心の秩序に挑戦することのないよう、強い意志をもって憲法草案の作成にあたらせた。そして「国家主権の発動としての戦争」「紛争を解決する手段としての戦争」はもとより「自国の安全を守るための戦争」まで放棄させようとしたのである。また、戦力を保持することはもちろん、交戦権すら認めるべきでないと考えた。かわりに担保として与えられたのが、憲法前文の、《平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した》というくだりだ。つまり、日本国民の安全と生存は、諸外国を信用してすべてを委ねよ、というわけである。まさに憲法第九条の“枕詞”になっている。憲法前文には、敗戦国としての連合国に対する“詫び証文”のような宣言がもうひとつある。《われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたい》という箇所だ。このときアフリカはもちろん、ほとんどのアジア諸国はまだ独立していないから、ここでいう。《専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会》とは、おもに連合国、つまりアメリカをはじめとする列強の戦勝国をさしている。ということは、一見、力強い決意表明のように見えるが、じつは、これから自分たちは、そうした列強の国々から褒めてもらえるように頑張ります、という妙にへりくだった、いじましい文言になっている」
憲法九条が成立した経緯。マッカーサーと幣原喜重郎の証言。
(憲法九条は自民党保守が勘違いしているように、GHQが押し付けたものではなく、幣原元首相の英断によるものです。それは世界を先駆けた宇宙観です。)
(1) ダグラス・マッカーサーの証言
マッカーサーの憲法9条についての見解は、①1946年3月6日「新憲法提案に対す
る声明」、②1946年4月5日「対日理事会」における演説、③1951年5月5日米国上
院軍事外交合同委員会における証言、④1955年1月26日ロサンゼルスにおける演説、
⑤憲法調査会渡米調査団高柳賢三会長宛の書簡、⑥『マッカーサー回想録』等の中で
示されている。憲法9条成立過程について探る本章では、まずマッカーサーの9条成
立過程に関する証言の先駆けともいうべき、③1951年5月5日米国上院軍事外交合同
委員会における証言(37)を見て行きたいと思う。ここでマッカーサーは次のように証
言している。
「私は、戦争の廃絶がなされるべきであるということを確信致します。
それが可能だということは、日本という偉大なる実例が示しているのです。
あなたは、広島、長崎に言及されたではないですか。
日本の人々(people)は、世界のどの人々よりも、原子戦争の意味を知っています。
それは何も学問的な理論のレベルの話ということではありません。日本では、何人も
の仲間の死を数え、何人もの仲間の埋葬を行ってきたのです。
そして彼らは、自らの決断によって、自らの憲法に戦争非合法化(outlawing war)
の規定を書き込んだのです。
内閣総理大臣幣原氏が私の所にやってきて、こう言ったのです。『私は長い間熟慮
し、信じてきたことがあります』と。幣原氏は大変賢明な老人で、最近亡くなられた
のですが、彼は『これは、長い間熟慮し、信じてきたことなのですが、この問題を解
決する唯一の方法は、戦争をなくすことです』と言いました。
そして、『私はこの問題の相談に来ましたが、軍人であるあなたにこうしたことを
提起することには甚だためらいがあったのです。なぜなら、あなたはこうした私の提
案を受け入れないだろうと思っているからです。しかし』と、彼は言いました。そし
て『私は、現在起草している憲法の中にそのような規定を入れるように努力したいの
です』と言ったのです。
私はこれを聞いて思わず立ち上がり、この老人の両手を握って、これこそ取られ得
る最も建設的な道の一つだと思う、と言いました。そうしないではいられなかったの
です。
さらに私は彼にこうも言いました。あるいは世界はあなたをあざけるかもしれない。
御存じのとおり、今は曝露の時代、シニカルな冷笑の時代です。ですから、世の人々
はその考えを受け入れようとはしないでしょう。その考えは嘲笑の種となるでしょう。
― そのこと自体は事実そうなったのですが ― その考えを貫き通すには大変な強い
道徳的な持続力(great moral stamina)を要するでしょう。しかし、最後には彼らはその非難の線を維持することはできないでしょう。そう言いました。さて、こうして私は彼を励まし、彼らはこの条項を自らの憲法に書き込むことになったのであります。
そして、その憲法の中に何か一つでも日本の民衆の一般的な感情に訴える条項があ
るとすれば、それはやはりこの条項でした。」(38)
なお、マッカーサーはさらに、このマクマホン上院議員(コネチカット州選出)の
質問に対する答えにおいて、「上院議員、私の示す解決法は次のものであります。す
なわち、あなた方には、国際連合やその他のフォーラムを通して、世界に対し、この
解決法[戦争の廃絶]の同意をとりつけ、またそれを討議する憲法機関や立法機関を
持つようにはたらきかけて、あくまでも頑張り抜く人々は誰なのかをよく見て頂きた
いのです。/私は、どの国も、全ての国とりわけ全ての大国が実際にそれをやってみ
るまで、実行に移さないことはよく理解しています。/ですから、大国は模範を示さ
ねばなりません。/もし万が一、4つないし5つの大国が、それを行ったならば、他の国がそれを拒むことは不可能であります。/どうぞこのことを議論して下さい。
あなた方はそのような立法を可決すべきです。それはぜひやるべき前提条件です。
そして他国に対してもそれをはたらきかけるべきであります。そうすれば、世界のモラル・リーダーシップを取れることとなるでしょう。それこそ我々の使命なのです。こうしたことをぜひやろうではないですか」(39)と答え、さらに、「私は、もし戦争を廃止するということになれば、自らの地理的な境界線の中で良好な状態を維持するのに[(すなわち国を守るために)]必要とされるのは、警察とconstabulary(保安部隊)程度の武装で十分であろうと確信致します」(40)と答えていることも重要であろう(なお、註(12)でも述べたが、文章中の/は改行を表す。以下、引用文章中の/は改行を表す。)。
このマッカーサー証言の熱意に押されて、上院のこの委員会では、質問者(マクマ
ホン)自身も、「戦争を引き起こす原因が今なお世界に存在する軍隊にあるというこ
とに賛成です」(41)とマッカーサーの提案に積極的に応じ、また、トベイ上院議員も、マッカーサーの戦争廃絶の提案を、「世界の未来の真の原理となるべきもの」であるので「全てそっくりと例外なく記録すべき」「最高に感動的な発言」である(42)と評し、委員会に賛同を求め、異論なく受け入れられてもいることもきわめて興味深い。 つまり、マッカーサーは、憲法9条の幣原による提起と成立を高く評価しただけではなく、この戦争放棄と軍備放棄を一体のものとした憲法9条の理念の国際化、そのためのまず米国による実行を提起し、それが米国議会上院軍事外交合同委員会の場でも積極的に評価されたのである。
また、1955年1月26日のロサンゼルスのスピーチで、マッカーサーは、「当時の賢明な幣原首相は私を訪れ、日本人(the Japanese)自身を救うには、彼らは国際的な手段として戦争を廃絶すべき(should abolish war as an international instrument)であると強く要望(urged)した。私がこれに同意すると、彼は私の方に向き直って、『世界は我々が実際に即さぬ夢想家(impractical visionaries)であるといってあざけり笑う(laugh and mock)でしょうが、百年後には我々は予言者(prophets)と言われるようになるでしょう』言った」と述べている。さらに、『マッカーサー回想記』は次のように言う。
「日本の新憲法にある『戦争放棄』条項は、私の個人的な命令で日本に押しつけた
ものだという非難が、実情を知らない人々によってしばしば行われている。これは
……、真実ではない。……幣原男爵は一月二十四日……の正午に、私の事務所におと
ずれ、私にペニシリンの礼を述べたが、そのあと私は男爵がなんとなく当惑顔で、何
かをためらっているらしいのに気がついた。私は男爵に何を気にしているのか、とた
ずね、……首相として自分の意見を述べるのに少しも遠慮する必要はないといって
やった。[幣原]首相は、私の軍人という職業のためにそうしにくいと答えた……。
[しかし、]首相は……、新憲法を書上げる際にいわゆる『戦争放棄』条項を含め、
その条項では同時に日本は軍事機構は一切もたないことをきめたい、と提案した。そ
うすれば、旧軍部がいつの日かふたたび権力をにぎるような手段を未然に打消すこと
になり、また日本にはふたたび戦争を起す意志は絶対にないことを世界に納得させる
という、二重の目的が達せられる、というのが幣原氏の説明だった。/首相はさらに、日本は貧しい国で軍備に金を注ぎ込むような余裕はもともとないのだから、日本に残
されている資源は何によらずあげて経済再建に当てるべきだ、とつけ加えた。
/私は腰が抜けるほどおどろいた。長い年月の経験で、私は人を驚かせたり、異常に興奮さ
せたりする事柄にはほとんど不感症になっていたが、この時ばかりは息もとまらんば
かりだった。」(44)
さて、マッカーサーは、その他の証言においても、憲法9条を高く評価する旨をく
り返し述べている。②1946年4月5日の「対日理事会」における声明(45)では、次の
ように言う。
「新憲法の条項は全て重要なもので、ポツダムで表明された目標に向けて個人をも
集団をも導くものでありますが、私が特に指摘しておきたいのは戦争放棄の条文であ
ります。戦争の放棄は、ある意味では日本の戦争能力の破壊の論理的帰結であります
が、しかしそれを超えて、国際社会において武力に訴える権利の放棄にまで至ってい
るのです。このことによって日本は、正義と寛容と普遍的な道義が効果的に支配する国際社会への信頼を表明し、国民の安全をそこに委ねたのです」(46)。
「社会進化の過程において、人々は従来固有のものであった権利のある部分を手放
して、主権を持つ州を創出せざるを得なくなりました。その団体に譲渡した第一の権
利が、隣人との紛争解決に際して実力を行使する権利であります。社会の発展ととも
に集団や州は固有の権利を同様の仕方で手放し、団体意思の代表者たる主権者に譲渡
することによって連合しました。アメリカ合衆国はこうして、すなわち各州が固有権
を放棄し、連邦の主権を形成するという仕方で成立したのであります」(47)。
「国策の手段としての戦争が完全に間違いであったことを身にしみて知った国民の
上に立つ日本政府がなしたこの提案は、実際に戦争を相互に防止するには国際的な社
会・政治道徳のより高次の法を発展させることによって人類をさらに一歩前進させる
必要性を認めるものです」(48)。
「したがって私は戦争放棄に対する日本の提案を、全世界の人々が深く考慮するこ
とを提唱するものです。道はこれしかありません。国際連合の目標は賞賛すべきもの
偉大で気高いものですけれども、その目標も日本がこの憲法によって一方的に行うこ
とを提案した戦争する権利の放棄を、まさに全ての国が行った時に初めて実現される
のです。戦争放棄は同時かつ全般的でなければなりません。それはオール・オア・
ナッシングなのです。それは言葉だけではなく行動によって効果を上げなければなり
ません。平和を求める全ての人々の信頼を勝ち得られるような明確な行動によってで
す。」(49)
このように、マッカーサーは、憲法9条の平和主義(戦争放棄・戦力不保持)原則
を非常に高く評価している。それは、今や国連憲章が規定しているラインをもこえて、
世界に先駆けてあらゆる戦争と武力行使を放棄した日本国憲法の先進性を賞賛する評
価である。
こうした戦争の問題について、マッカーサーは、さらに、④1955年1月26日にロサ
ンゼルス市主催の生誕記念祝賀会のスピーチでも、次のようにも言っている。
「私自身の人生の範囲内でも、私は兵器の発達史を目撃してきました。私が陸軍に
入った、世紀の転換期には、目標はライフルか銃剣か軍刀によって一人の敵を倒すこ
とでした。それから十数人を殺すように設計された自動小銃が現れました。その後重
砲は数百人に死を降り注ぎ、さらに数千人を撃つ空爆に続いて、原子爆弾による殺傷
は数十万に達しました。そして今、電子工業やその他の科学は、破壊力を数百万単位
に押し上げました。……しかし科学的全滅の勝利 ―この発明の成功 ―こそが、国
際紛争の実際的な解決手段としての戦争の可能性を破壊したのです。接近して対峙す
る両陣営への巨大な破壊は、勝者に自らの惨状以外の何かをもたらすことを不可能に
しています。……戦争は両陣営を破壊するフランケンシュタインとなってしまったの
です。」(50)「重要な問題は、こうしたことが意味することが、世界から、戦争が非合
法化されることが可能か(war can be outlawed)、ということです。」(51)
さらに、マッカーサーは、高柳賢三憲法調査会会長への書簡(書翰)(52)においても、
マッカーサーは幣原から提起を明言する。そこでマッカーサーは、「戦争を禁止する
条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行なったのです。首相は、私の
職業軍人としての経歴を考えると、このような条項を憲法に入れることに対して私が
どんな態度をとるか不安であったので、おそるおそる、憲法のことについて会見した
いという申し込みをしたのでしたと言っておられました。私は、首相の提案に驚愕し
ましたが、首相に私も心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安堵の表情を示
され、私を感動させました」と言い、また、「第九条は、幣原首相の先見の明と、ス
テーツマンシップと英知の記念塔として永久に朽ちることはないであろう」としてい
る(53)。
これらマッカーサーの証言は、いずれも憲法第9条・戦争放棄の発案者は幣原喜重
郎であるというものであり、それなりに一貫性を持った証言であり、証言自体にはと
りたてて不自然なところはない。また、マッカーサー自身もこの憲法9条がこれから の日本と世界の未来をきり拓く重要な意義をもつことをきわめて高く評価し、かつそ
れを米国そして世界が一日も早くとり入れるべきだということをきわめて積極的に述
べていることにも格別の注目が必要であろう(54)
ここまでは前書きと安部元首相の言葉、マッカーサーの証言です。枠が限られているので、次回は、九条をつくった幣原喜重郎元首相の証言と第四弾目の請願書をコメントいたします。