

いま兵庫県では、播磨臨海地域道路(播臨道)をはじめとする巨大公共事業が、「地域の未来のため」という名目で進められています。しかし、その陰で、多くの住民が深刻な不安を抱えています。
長年暮らしてきた家や地域コミュニティが失われるかもしれない。
静かな住環境が大きく変わってしまうかもしれない。
子どもたちへ残すべき自然や地域文化が壊されるかもしれない。
それでも、「反対の声」は十分に行政へ届いているとは言えません。
本来、地方議会は行政を監視し、住民の声を代弁する役割を持っています。
しかし現実には、多くの議会で「国の方針」「大型予算」「経済効果」が優先され、住民の不安や人権への配慮は後回しにされています。
兵庫県議会でも、多くの会派が「早期実現」を求める一方で、住民の生活や地域分断への懸念を真正面から取り上げる声は限られています。
なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。
背景には、地方自治体が国の補助金や予算に大きく依存している現実があります。
国に逆らえば予算が得にくくなる。
その空気が、党派を超えて「オール与党化」を生み、議会本来のチェック機能を弱めています。
さらに、日本の公共事業では「人権」が、土地や補償金の問題として狭く扱われがちです。
しかし本来、人権とはそれだけではありません。
安心して暮らす権利。
地域コミュニティを守る権利。
健康で静かな生活環境を守る権利。
未来世代へ持続可能な地域を残す責任。
世界では今、「人権デューディリジェンス(人権DD)」という考え方が広がっています。
企業や行政は、「事業を進める前に、その事業が人々の暮らしや権利を傷つけないか」を確認する責任があるという考え方です。
しかし、日本の公共事業では、こうした視点が十分に根付いているとは言えません。
私たちは、道路が絶対に不要だと言いたいのではありません。
本当に必要なのか。
他の方法はないのか。
住民の声は十分に反映されているのか。
将来世代への負担はどうなのか。
それを、立場を超えて冷静に議論できる社会であってほしいのです。
民主主義とは、「反対意見が存在できる社会」のことです。
一部住民の声として切り捨てるのではなく、少数意見にも耳を傾けること。
それこそが、本当の地方自治ではないでしょうか。
いま兵庫県で起きていることは、播臨道だけの問題ではありません。
全国どこでも起こり得る、
「住民の声よりも巨大事業が優先される社会」
の問題です。
どうか関心を持ってください。 そして、考えてください。
地域の未来を決めるのは、本来そこに暮らす私たち一人ひとりのはずです。
その様な事を皆さまと一緒に確認し、考える一日にしたいと思っています。
是非拡散・共有お誘い合わせの上 ご参加ください。