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お世話になっております。
2023年11月17日、高松地方裁判所において、香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(以下、ゲーム条例)住民訴訟の控訴審の判決が下されました。原告の1人として、判決が下された法廷に臨みました。
今回は、香川県・岡山県ローカル局のKSB(瀬戸内海放送、テレビ朝日系)、NHK高松が、この時事をニュース映像として報じました。
この時事を報じたKSBのニュース映像は こちら からご覧いただけます。
また、ゲーム条例住民訴訟(控訴審)の判決文は、こちら から入手、閲覧いただけます。
注意:判決文を閲覧するICT機器にて、PDF文書の読み込みができるアプリが導入されていることの確認をお願いいたします。
[ 原告側には厳しい結果。しかし、僅かながら“穴”が穿たれている ]
私含む原告側は、裁判所に提出した訴状や陳述書を介して、ゲーム条例の違法性、また、ゲーム条例国家賠償請求訴訟(以下、国賠訴訟)に投じた被告人側の弁護士契約費用の過剰さを訴えました。しかし、第一審の判決と同様に、その訴えは退けられてしまいました。当時高校生だった渉さんの起こした国賠訴訟の結果が、裁判所の判断に大きな影響を与えていることは容易に推測できます。
ちなみに、山田太郎参議の秘書でもあり弁護士資格をお持ちの方とお話を交わす機会があったのでそれについて聞いたところ「裁判の内容から言えば、渉さんの起こした国賠訴訟が渉さん勝利で終わる確率はとても低いことが当初から容易に推測できていた。あまつさえ、最悪の形で件の裁判が終わった。このことは、法廷闘争を行っているあなた方原告にとってはあまりにも痛い」と仰っていました。
ただ、控訴審の判決文を読むと、第一審と異なる判断を裁判所が行っている箇所が1つだけあります。それは、「被告である香川県が裁判を受ける権利」に関するものです。第一審では「ある」と裁判所側が判断していましたが、控訴審では「ない」と判断していたのです。これは画期的な判断でもなんでもなく、日本国憲法第32条に照らし合わせると、高松高裁はそれに準じた判断を行った、つまり、あるべき仕事を行ったにすぎません。裁判所は、日本国憲法第76条に定められているとおり、その判断基準は、裁判官の良心を除けば「憲法や法律の記載事項のみ」だからです。
その日本国憲法32条では、「日本国民であるならば誰にでも裁判を受ける権利があることを法で保障する」ことが記載されています。「日本国民」には「法人」も含まれますが、実は、法人の場合「例外」があります。その例外に当たる法人には、都道府県や市町村などの行政機関、NHKや国立大学が該当します。香川県は「行政機関」なので、憲法に沿って判断するなら、裁判を受ける権利はありません。
しかし、香川県は、裁判所に提出した書類の中で「私たちには裁判を受ける権利があるのだ」と書いています。これは、業務の遂行において、他の職種と比べて法を尊びそれに従うことが必要とされる行政機関の判断において「あるまじき瑕疵」です。判決文を読めば、高松高裁は、そこだけは「見逃さなかった」といえます。このことから、香川県のこの主張を由とした第一審の判決内容からは、高松地裁は、日本国憲法76条に準じた業務を「完全には遂行していない」事実が導き出せます。
この部分における第一審と控訴審の裁判所の判断のズレが「僅かな穴」です。
この「穴」を、国内最高レベルの法律業務のプロである最高裁判所の裁判官が見逃すか否か、また、見逃さなかった場合は、どのような解釈を行うのかが、上告審でのポイントの1つになるのではないか、と、原告側代理人弁護士、作花氏は判断しています。
前述の「ズレ」は、裁判所が判断した「香川県が国賠訴訟に投じた被告人側の弁護士契約費用の過剰さ」の内容にも影響する、と、作花氏は判断しています。作花氏個人の考えではありますが、以下のように記者会見では仰っていました。
- 純粋に日本国憲法に照らし合わせると、香川県には裁判を受ける権利はない。しかし、裁判を受ける権利があることをある意味盾にして、しかも、当時の時世もあってさらに歳出の内容に配慮しなければならない当時の状況下で、国賠訴訟における6人もの弁護士との契約のために貴重な県税を投入したことは、地方財政法4条にいう
地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない
…にそぐわない。それにもかかわらず、これを「適正な額面の投入である」と判断した第一審と控訴審における裁判所側の解釈内容には、最低でも「おかしい部分」が出てくるのでないか。最高裁がそこについても見逃さなかった場合、本訴訟における「原告側が被告側に打ち込める“楔”の1つ」になると考える。
その最高裁ですが、最近では、地方自治における行政判断の分野においても、積極的な判断を行っています。その背景も相まって、前述した「ズレ」の箇所に最高裁判所が注目した場合、諺「蟻の穴から堤も崩れる」にもあるように、原告側は、そこから香川県側の主張を崩すことのできる嚆矢が放てる可能性があります。
[ ゲーム条例の違憲性については? ]
控訴審の判決では、第一審と同じく、ゲーム条例そのものの違憲性には触れていません。その判決文によれば、「多岐にわたる分野の解釈が求められるものであるから、の見解は、国賠訴訟および第一審の判断と同じで、控訴審での判断もそれに基づく」旨の事由によります。国賠訴訟の内容が一種の憲法裁判であったことから、法律分野からの判断は最高裁でもし難いかもしれません。
ただ、控訴審の判決文から、香川県や香川県議会は、憲法解釈も碌にできない行政機関である事実は垣間見ることができます。そのような低品質の仕事しかできない組織が作ったゲーム条例にも何かしらの法的欠陥があることの推測は、裁判官以前に良識ある一市民として持っても何らおかしくはない、と私は思います。
- 国民の裁判権と県の裁判権が全く同じだと思い込んでいるほど、ひどい憲法理解しかないということを高裁は明らかにしてくれた。それを見て最高裁は、じゃあこういう県や県議会が作った条例はもしかしたら怪しいなと、そういう前提から入ってくれたらうれしい
原告団の1人、松崎氏のコメントより
[ 原告団は上告するのですか? ]
原告団及びその代理人の作花氏は、本訴訟については、上告のうえ、最高裁判所での判断を仰ぎたいと考えております。
よって、上告するのですか、と尋ねられた場合、その回答は「はい」となります。
本投稿時点で、すでに上告の手続きを開始しております。
[ さいごに:今のゲーム条例は、この世にあってはならないと思うから ]
本訴訟の結果が何であれ、ゲーム条例は、それが存在する限り、香川県在住の未成年者やその親御さん、そして、国内各地にいる、ゲーム行動症に苛まれている方の枷そのもの、もしくは、その素材になり続けます。それに加えて、国内の未成年者がビデオゲームで遊ぶことや、スマートフォンなどのICT機器を使い個人的な娯楽を享受する行為自体に対する不当な偏見や蔑視を生む土壌にもなりえます。
ミクロレベルでいえば、香川県内では、同条例の悪影響がすでに出始めています。例えば、GIGAスクール端末を家に持ち帰れるかを児童生徒に尋ねられた教師が「キミがネット・ゲーム依存症になるかもしれないからそれはまだできない」と答えていたり、ICT業界への就職を希望する学生が就職先を選ぶ際、香川県を選択肢から外す傾向が出ていたりします。この2つは根も葉もない噂ではなく、実際に県内の市議会議員に報告された内容であり、ICT業界に在籍している香川県内の方が話していたことです。
これらの事例のように、膿が出るかの如く各所で悪影響が出てくることは十分予想されます。
さて、『ルポ ゲーム条例』をお読みになった方なら推察はできましょうが、ゲーム条例はすでに形骸化フェーズに入っています。前述のように、ゲーム条例が形骸化しても、悪性腫瘍のごとくその悪影響だけは残り続ける点が、この条例が存在してはならない理由の1つです。医学的にも、悪性腫瘍は生命体から除去しなければなりません。それと同じように、ゲーム条例も、香川県という生命体から除去しなればならないのです。
それを外しても、香川県を含む、もはや衰退の運命に抗えない地域で、その衰退を加速させるものを行政機関自身が作る行為は、あってはなりません。まして、それを「餌付け(税金を投入)してまで飼う(維持する)」あらゆる行為は「無駄(以ての外)」という言葉以外で表現できるものではありません。
そのように個人的には捉えています。
以上のことから、ゲーム条例の改廃、最低でも廃止-を実現させる活動に対しまして、引き続き、ご支援並びにご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
もし、可能であれば、本キャンペーンにおける署名への協力を依頼していただければ幸いです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
主催者 きしもと みつひろ
[ 参考資料、引用元 ]
・『ルポ ゲーム条例』著作:山下 洋平 (河出書房新社)

