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前回のお知らせでは臓器移植の啓発活動をしてきてくださった方からの言葉をお伝えしましたが、今回のお知らせでは『臓器移植の歴史』とその裏側で『臓器移植へのネガティブな世論と闘ってこられた方のはなし』をご紹介したいと思います。
■日本の臓器移植の歴史
◇日本臓器移植ネットワーク(JOT)のホームページより「日本の臓器移植の歴史」のご紹介-------------------
1960年代、諸外国で移植医療が行われ始めたのと同時期に日本の移植医療もスタートを切りました。
世界初の心臓移植の翌年に札幌医大の和田医師による日本初の心臓移植が行われました(※1)。このときに、脳死と移植医療に対する強い不信感が生まれたといわれ、その後の日本での移植医療は停滞してしまいました。
1980年には、心臓が停止した死後の角膜と腎臓の提供を可能とする「角膜と腎臓の移植に関する法律」が施行されましたが、他国において腎臓以外の臓器不全の患者も救われている移植医療の実情をみて、日本国内でも脳死下の臓器移植の必要性が高まり、1997年10月16日に脳死下の臓器提供を可能にする「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」が施行されました。
しかし、「臓器移植法」は脳死下に臓器を提供する場合、本人の書面による意思表示と家族の承諾を必須とするなどの世界でも類を見ない厳格なルールであり、脳死下の臓器提供は増えませんでした。
また、世界のどの国においても臓器の提供は足りておらず、2008年の国際移植学会で「移植が必要な患者の命は自国で救う努力をすること」という主旨の『イスタンブール宣言(※2)』が出されたことで、海外渡航による臓器移植に頼っていた日本でも臓器移植法の改正に拍車がかかり、2009年に改正臓器移植法(※3)が成立し、2010年7月に全面施行となりました。
<参考資料>
※1 産経新聞 ニッポンの分岐点 臓器移植(1)和田移植
※2 臓器取引と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言 国際移植学会 2008年5月2日
※3 日本臓器移植ネットワークHP 臓器移植法
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臓器移植法施行後、臓器移植の透明性の確保と国民の信頼の確保のため、脳死下臓器提供事例の全事例の検証がされ、ドナー家族に検証結果を報告するとともに、公表の了承が得られた事例については厚生労働省ホームページにて検証結果が公表されるようになりました。
2008年のイスタンブール宣言により、ヨーロッパ、オーストラリアなどが日本人の受け入れを制限した影響、さらに日本でもイスタンブール宣言を受けて整備された「改正臓器移植法」が2010年7月に施行されたこともあり、2009年をピークに海外渡航心臓移植件数は減少しました。しかし、一方で日本で待機していても移植にたどり着くことができない状況に渡航移植を受け入れているアメリカなどの一部の国に救いを求める状況が続きます。
その後、2018年7月に国際学会で採択された『イスタンブール宣言 2018年版(※4)』をうけ、2022年12月27日に日本の5学会から共同声明が出されました。
しかし、昨今ニュース等で報じられた『渡航斡旋事件のニュース(※5)』や『(渡航移植を受け入れている国での)小児の渡航心臓移植のニュース』により知られた方も多かったのではと思いますが、いまだに渡航移植に頼らないと日本では移植が必要な患者を救うことができない状況が続いています(※6)。
<参考資料>
※4 臓器取引と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言 2018年版
※5 NHKニュース 海外での臓器移植あっせんで初判決 懲役8か月の実刑 東京地裁
※6 2023年11月末時点 日本臓器移植ネットワークデータ
- 移植希望登録者数:16,082人
- 臓器ごとの待機登録者数(同時移植も含む)
心臓:867人
肺:569人
肝臓:372人
腎臓:14,275人
膵臓:157人
小腸:9人
日本臓器移植ネットワークHPより
渡航移植については改めてお伝えしたいと思います。
■臓器移植の啓発活動を長くされていた木内博文さんの言葉のご紹介
日本の臓器移植が上記のような歴史を辿る中、臓器移植に対してネガティブなイメージが社会にあり、オープンに語られることも難しく、イメージを塗り替えることができない時間が続きました。
それでも移植が必要な方たちの為「なんとか日本に臓器移植の普及を」と闘ってこられた方たちがいます。
木内さんはご自身も20歳から心臓に特発性拡張型心筋症があり、日本の移植医療への理解が全く進んでいない1993年に渡米し心臓移植を受けられました。ご自身が経験された日本の移植医療を取り巻く環境を変えたいと講演会やTV出演をされたり、日本臓器移植ネットワークの動画出演、SNSでの発信など長く普及活動をされていました。
しかし、再移植が必要になり日本で待機登録をされていましたが、病状が悪化され昨年10月に移植を待ちながら亡くなられました。
亡くなられる少し前、当事者たちがどのような思いを抱えながら普及活動をしてきたかがわかる投稿をSNSにされていました。生前にご本人から許可をいただいておりましたので、奥様からのコメントと合わせてご紹介したいと思います。
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◇木内博文さんの投稿
老害の独り言です。今の移植待機者は羨ましい。
僕が移植を示唆された頃、テレビや新聞・雑誌はこぞって移植反対の特集を組んでました。
日本で心臓移植なんて無理だと絶望し、僕は病気で死ぬのではなく、日本に殺されると思いました。
あの頃の雑誌の見出しと有名キャスター達の言葉は忘れられない。
絶望から救ってくれたのは、(渡航移植のための)募金の時に掛けられた沢山の応援の声です。
中には「生きる資格なし」「人殺し」という物もありましたけど、そんなの極小数。大多数は「頑張れ!」「助かりますように」という温かい言葉でした。
お金の面で助かったのは勿論、気持ちを救って頂いたのが募金でした。
人殺しとか生きる資格無しなんて、テレビや雑誌から言われてることだったから、今更何を言われようと関係ないって感じでした。
それくらいの覚悟を持って募金も開始しましたし。
当初そんなに集まるわけないと思っていたけど、あっという間に目標目前までいって、応援まで頂けた。
正直あの時に「もう満足だ」と思っていたので、移植を本当に施して頂けたのは僕にとって幸運というか、思ってもない宝を頂いた気分なんです。
助かって当たり前ではない、確実に死んで当たり前の時代を経験したから、いま生きていられる喜びは本当に大きいです。
あの頃思っていたことの一つに「必ず10年生きて、移植は人体実験ではなく医療だと知ってもらう」がありました。
多くの移植者(臓器関係なく)が幸せに生きている様子が何より力強い移植啓発になりますからね。
それと、僕はわざわざ反対集会に行くので打たれてましたし。『移植啓発』それを願って行きましたけど火に油だったかと。
でも、とある集会で反対派循環器医が「私は心筋症患者を何人も看取りましたが全員感謝してました」と発言し、「その人達に移植の可能性を言った?」と聞くと「言うわけない」との返答が来た時には、さすがに会場もしーんとなりました。
臓器移植法成立に向けたイベント会場の前で、僕に向かって直接「人殺し!なぜ移植を受けた!」と罵声を浴びせて殴りかかってきた人達もいました。
勿論そんな人は極々少数だと分かってますけどね。とある病院の救命医は「君は生きる資格はあるの?」と聞いてきましたし。
また、これは近年ですけど、反対活動をされていた集団の中にいる人が国内で心臓移植を受けてます。
そしてその集団に、「昔の言い分は“反対で移植は受けない!”だったのに移植を受けて良いのか?」と質問状を送ると「かつてから慎重に行うよう言っていた」と変わりました。いざ我が身になると、ね。
とはいえ、それは昔の話。今は国内で心臓移植ができるようになっているけど、圧倒的に提供(臓器提供)が少ない。僕とは違う苦労や苦悩が、今の待機者にはあります。
僕の時には0か100かの話でしたが、今の人達は数%の救いの光が射し込むのをひたすら待たないといけない。そんな苦悩を少しでも軽くしてあげたい。
とにかく移植で生きたいと望むだけで狂人扱いされる物騒な世の中でした。なので初期の講演内容は「生きていたいと望むのは罪なのか」というものでしたよ。特定の人たちからは罪だと言われましたけどね。
なので、そのような声が面と向かって言われない今の世の中は本当に優しい世の中になりました。
でも優しさだけでは救われない。優しさを形に変える仕組みが、あの逆風の中では作れなかったんです。今は風がおさまりました。仕組みを自由に作り変えられます。勿論また逆風も吹くでしょう。
でも必ず追い風も強く吹きます!その力を借りて変えないといけませんよね。
不完全な形のスタートを少しずつ変えていき、やっと今の形になりましたが、このままでは進歩は遅く、大胆な変化が必要な時期に差し掛かっていると感じています。
それをやってくださった移植医はじめ関係者の皆さんに感謝を込めて、(この投稿の)シェアをお願いしたいです。
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◇奥様にお聞きしました
Q.木内さんが普及啓発活動と闘病をする姿をどのような思いで見守られていましたか。
A.もちろん主人の体調は心配でした。ですが、臓器移植が普及する為に、表にでる移植者がほとんどいない中で、沢山の病院や大学での講演やメディア、マスコミや新聞者、日本臓器移植ネットワーク(以下JOT)の皆様や、
厚生労働省、議員の方々、病院を超えた沢山の移植医や病院関係者の皆様にお会いする機会があり感謝しております。その中で待機患者さんやそのご家族にも出会い、話し、支えるように伝える姿を見てきました。
いつも笑顔で嬉しそうな主人の顔を見て、やりたい事なんだと理解していました。
ここまで移植医療が理解され浸透したのは、主人が表に出て話し、正しく伝え続け、ドナーへの感謝を沢山の人に伝えてきたからこそだと、主人を尊敬し誇りに思います。私だったらできないなぁと思っていました。
いつももっと先を常に思い考えていた主人、これからの日本の移植医療をなんとかしたい思いでやりたかった事、やろうとしていた事が沢山あったと思います。そんなメモや欠片をみつけるとどうして…再移植ができなかったのか?と胸が痛くなります。
Q.お二人にとっての臓器移植とはどのようなものでしたか?
A.常に日本の移植医療について考えていました。それでも、2人で笑い話せるものです。
「笑顔で笑って話せる移植医療になるといいなぁ…」それは主人の夢であり、人の優しさでしか成り立たない医療が移植医療だと話していました。
だからこそ、笑顔で。ドナーファミリーも、移植者も笑顔になれなければ意味が無いと話してくれました。亡くなってしまったご家族にとって、最後の決断が笑顔に変わる事。正しい決断だったと思えること。そして、移植者が笑顔で感謝を伝えられる事、胸をはって臓器提供は良い事です!と言えること。それこそが正しい!と常に話していました。
感謝を常に感じられる日々だとも本当に話していました。
主人にとってドナーは神様のよう!僕の英雄!僕のヒーロー!そのような大切な存在だと、僕が生きているからドナーも生きているんだよと講演でも、私にもいつも話してくれました。
主人と過ごせた時間はドナーのおかげだと、そしてそれを大切に大切にと過ごした主人の努力のおかげだと思っています。
主人が残した「僕の願い」の中で「(臓器提供をしないことは普通のことです。何も申し訳なく思ったりすることはありません。でも、臓器提供は良い事です。ですから)臓器提供は良い事とハッキリ言い切りましょう」とあります。
それはきっと、ドナーと生きる時間が繋がった主人の生の言葉なんだと思います。沢山の方がこの事をハッキリと伝え認知されたなら、もっと日本の移植医療の理解度も変わると話していました。
主人の願いが届きますように…。
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木内さんご夫妻ありがとうございました。
木内さんは普及啓発のための活動だけでなく、心臓移植手術の技術の進歩の為にと新しい術式(外科手術の方法)への協力などもされていたそうです。
移植当事者や関係者の間では今でも度々木内さんのお名前が出るほど、たくさんの方と様々なかたちで関わってこられました。
このようにご尽力下さった方が、日本で移植手術を受けることができずに亡くなられたことを本当に悔しく思います。
木内さんがお話をされている動画がこちらです。よろしければご覧ください。
日本臓器移植ネットワークホームページ 映像ライブラリー「移植体験者の声 ドナーに感謝の意を込めて元気に明るく生きたい」
辛い闘病から解放してくれるかもしれない唯一の治療法なのに『日本に生まれたから』『日本では手が届かない』という状況。
その裏側には、このように闘病をしながら厳しい世論と闘わなくてはならなかった方たちの苦労がありました。
見ず知らずの方から命の価値を問われる。手術を受けて普通の日常を取り戻すことを望んでいるだけなのに「人殺し」や「誰かの死を待っている」など心無い言葉を投げかけられる。
また、木内さんの投稿の中にもあったように臓器移植への知識がアップデートされていない・理解をされていない医療者の方がまだいらっしゃる為に、移植の適応があるのに治療の選択肢として提案されず、転院や担当医が変わったことによって選択肢を知ったという当事者の方が今でもいらっしゃいます。臓器提供の選択肢提示も同じような状況から提案されていないケースもあることが考えられます。
ご自分やご家族がもし当事者だったら納得できますか?
その一方でこのような厳しい世論の中でも当事者達に寄り添い、信頼回復に向けて取り組み、医療として定着させるためご尽力下さり、技術力を磨いてきて下さった医療者・関係者の方たちがいらっしゃいます。
これまでに闘ってきてくださったすべての方たち、そして私たちに心を寄せて下さるすべての方たちに感謝の気持ちをこめて、今回のお知らせは以上です。
引き続きどうぞ宜しくお願い致します。

