Petition updateいのちのバトンがつなげられる日本の移植医療システム整備と普及を!【移植医療普及のための署名】大人の心臓病と移植待機:心臓移植経験者Mさんのはなし/コメント掲載のお知らせ
及川 幸子Japan
Aug 27, 2023

皆様からの賛同と拡散、change.orgへのご支援のおかげで8月27日現在 12,815名からの賛同をいただいております。


このオンライン署名活動を応援していただき、本当にありがとうございます。

引き続きよろしくお願い致します。

 


■大人の心臓病と移植待機①渡航移植経験談■

今回と次回に分けて、大人の心臓移植についてお伝えします。

心臓移植でないと助からないような重症の心機能障害に陥る病気には、重症の特発性心筋症、広範囲の心筋梗塞、高度な心筋障害を伴った心臓弁膜症、一部の先天性高度心奇形などがあります。

 
◇脳死心臓移植経験者 Mさんの闘病~移植経験談

1992年に心臓移植を受けられなければ30年前に亡き人でした。

1992年1月に拡張型心筋症を発病し大阪警察病院に入院しました。中学生の時は陸上部に所属し、高校生になっても走るのは好きで走っていました。高校3年生まで元気で病気らしい病気をしたことがなかったのになぜなのと思いました。安静指示を守っていれば治るものだと思っていました。安静は単に心臓に負担をかけていなかっただけでした。


病気の進行が早く、半年後には心臓移植を受けなければならないと説明を受けました。両親は早い時期に説明を受けていました。親心だとは解っていましたが、もっと早く教えて欲しかったなと思いました。死期が迫っていることに絶望し短い人生だったと諦めました。

翌日、挿管が必要な状態になり、以降断片的な記憶しかありません。除細動(心臓がけいれん(細動)した状態を「取り除く」こと)であろう激痛が数回あり夢か現実か分からいない記憶が少しあり、死線をさまよいました。

心臓蘇生から数日後に臨床使用が始まって間もない体外式補助人工心臓を装着し意識を取り戻しました。医師から90分間心臓停止したこと、補助人工心臓を装着して意識を取り戻したのは初めてだと聞かされました。
命は助かりましたが病気を受け入れることが出来ず、どうして自分だけがと毎日泣く日々が続き看護師さんを困らせていました。

 

折しも1992年1月に『臨時脳死及び臓器移植調査会の最終答申』が出され、臓器移植はいつ行われるかという社会状況の中で「心臓移植を待つ少年」として報道で取り上げられました。

この報道がきっかけで同じ病を患う三つ編み女性が病室にお見舞いに来てくださいました。一緒に泣きました。病に苦しんでいるのは自分だけじゃないと思えたことが大きかったと思います。一転、前向きな気持ちになり泣く回数が減りました。

8月のアメリカへ渡航移植準備のため7月に大阪警察病院から大阪大学附属病院に転院しました。警察病院の先生、看護師さんが寄せ書きをしてくださりました。励みになり、特に印象に残っている言葉を紹介したいと思います。
CCUの看護師長さんが書いてくださったものですが、「Tさん(女性)に言った「後ろはもう振り向きません」と言った言葉を思い出して欲しいと思います。」30年経った今でも約束だと思って振り向かずに生きています。

 

8月にアメリカへ渡航しました。体外式補助人工心臓を装着しての航空機による長距離移動は世界で誰も行ったことがなく、たとえ何が起こるか分からなくても、命の危険を冒してでも、片道となってしまっても心臓移植の受けられる国へ行くことに後悔はありませんでした。


10月にテキサス心臓研究所にて心臓移植手術を受けました。

 

Tさんとは何度か手紙のやり取りがあり、私の心臓移植手術成功も喜んでくださり再会を約束していましたが、Tさんは1992年に亡くなられました。心臓移植を受ける日が来るまで待ち続けると仰っていました。
移植者としてあなたの受けられなかった移植の出来る国になるよう訴えていきたいと決意いたしました。

1993年1月に帰国し、4月から2度目の高校3年生として復学しました。発病後どうしてこんなに苦しいだろうと思っていた往復10kmの自転車通学は楽に出来、移植医療の素晴らしさを感じました。

 

10月22日は健康を取り戻した喜ばしい日ではありますが、同時に臓器提供してくださった方の命日でもあるので冥福を祈り、「ありがとう」という思いでその日1日を過ごすことにしています。

 

◇Mさんにお話を伺いました

 

 質問:全ての心臓病患者さんが移植待機をできるのですか?

回答:腎または肝機能障害があると免疫抑制薬であるシクロスポリン、タクロリムス、ミコフェノール酸モフェチル、エベロリムスなどの使用によって悪化することがありますので、障害が強いときにはその回復を待ってから心臓移植を行います。心臓移植を行ってもこれらの機能の回復が見込まれないときには心臓移植はできません。(日本移植学会)
私は免疫抑制剤を長期間内服し薬剤性腎臓機能障害状態です。私の腎臓機能の指標である直近の実測GFRは27でした。再移植が必要になった場合、30以上なければ移植希望登録はできないと説明を受けました。


質問:移植を経験して大変だったこと、良かったことや印象的だった話はありますか?

回答:(待機中)機械で生かされているストレスがありました。(当時の)体外式補助人工心臓の駆動装置は昔の二槽式洗濯機くらいの大きさで、ポンプ部分とはエアホースでつながっており、エアホースの届く範囲が移動できる範囲でした。駆動音は病室の外まで聞こえ、ポンプ部分はお腹の上にあったので振動もありました。
音と振動で強力な睡眠導入剤を使っても眠れない日もありました。1992年当時は臨床使用されて間もない頃でヘパリン(血液をサラサラにする薬)を常時持続点滴を受けていましたが、短期間でポンプ部分に発生しました。ポンプ部分は透明で患者自身もが血液が流れる様子を見ることができました。
また、ポンプ部分内部に血栓(血の塊が血管を閉塞すること)があるかどうか先生は毎日懐中電灯で確認をしていました。脳梗塞の恐怖心が常にありました。ある朝、脳梗塞を起こし目は開いているが意識不明状態でした。治療の甲斐があり1日間右半身麻痺で済みました。数週間後のある朝、心臓移植を受けられることになりました。心臓移植を受け、目が覚めると補助人工心臓を探していたそうです。補助人工心臓の音と振動のない静かなICUのベッドに居ることが、夢なのか現実なのかわからない数日を過ごし、退院に向けてのリハビリが始まっても苦しくならないのが幸せでした。回復は早く、移植手術を受けてから14日目で退院しました。大変だったことが過去の出来事になっていったのが良かったことだと思えます。

 

質問:他に伝えたいことはありますか?
回答:今では心臓移植の待機者は埋め込み型補助人工心臓(VAD)を装着し自宅で待機できるようになりましたが、早急に心臓移植を受けなければならない状態に変わりありません。先天性疾患だった20年来の友人は出会った頃は仕事が出来ていましたが、徐々に心臓が悪くなり心臓移植が必要になりました。
悪化は止まらず埋め込み型補助人工心臓の装着手術を受けました。移植待機3年目を経過した4年前のある日、突然、間に合わず彼女は亡くなりました。何度か移植候補に上がり、次は移植の日かなと言っていました。懸命に生きた結果が移植の日であることを、その日が待機している皆さんに訪れることを願います。


参考:

補助人工心臓について (医療法人徳洲会 名古屋徳洲会総合病院HPより)

移植について(日本移植学会HP)

一般社団法人 日本移植学会 ファクトブック 2022

 

なお、このお知らせでは今後も当事者や待機者のはなしをお伝えします。

これらを読んで、臓器提供への使命感は持たないで下さい。
自分なら「どのような選択をしたいか」、もし自分や大切な人だった場合に「今の現状でいいのか?」と想像しながら読んでいただけたらと思います。

万が一、今できる移植医療への支援方法はないかと思ってくださる方がいらっしゃいましたら、日本臓器移植ネットワークへのご支援をお願いできたらと思います。

 

【日本臓器移植ネットワークとは/HPより】
公益社団法人 日本臓器移植ネットワークは、死後に臓器を提供したいという人(ドナー)やその家族の意思を活かし、臓器の移植を希望する人(レシピエント)に最善の方法で臓器が贈られるように橋渡しをする日本で唯一の組織です。
ご支援について(日本臓器移植ネットワークHP) https://www.jotnw.or.jp/support/

 

■コメント掲載のお知らせ■

発起人及川のコメントが8月19日読売新聞医療部 余門記者のコラムに掲載されました。

引き続き、私たちの活動について取材してくださるメディアの方がいらっしゃいましたらよろしくお願い致します。

※取材依頼・お問い合わせはこちら(メールソフトが起動しない場合は isyoku2023@gmail.com までメールにてお問い合わせください)

 


■拡散のお願い■

こちらの署名活動はFacebookやTwitter、メールやLINEでもシェアすることができます(LINEはスマホ画面のみ)。
日本の移植医療について知っていただく、賛同を集めるためにもこの活動をたくさんの方にご紹介いただけるととても助かります。

◇このキャンペーンを簡単に拡散できる方法


引き続き、ご協力をよろしくお願い致します。

 

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