本日8月9日、長崎原爆投下日、心より被爆被害者の皆様に哀悼を表します。


81年前の8月9日、11時2分、広島に続き、長崎にも原爆が投下されました。心より被爆被害者の皆様に哀悼を表します。 「長崎被爆体験者訴訟」の署名にご協力いただきました皆様、本当にありがとうございます。 本日の長崎平和式典をライブで拝見しました。長崎市長の心のこもった力強い「平和宣言」は、以下にに全文掲載させていただきます。また、同様に長崎県知事も広島の黒い雨訴訟同様に認められない、「長崎被爆体験者訴訟」のことについて言及なさいました。 被爆者、体験者の平均年齢は86歳を超えました。どうか機会あるごとに残された被爆者から、反戦、反核兵器のメッセージを受け止め、守って行かなくてはいけない、と強く思います。
写真の本は「長崎被爆体験者訴訟」団長を長く勤めていらっしゃる、岩永千代子さんよりいただいた本です。岩永さんが伝えたい内容が、これらの本に込められています。
皆様、被爆者も、承認されない「被爆者」も、2世やそれに続く子孫の皆様も、そしてすべての平和を愛し、命を大切と思う皆様、どうか引き続き、平和を守り、反戦、反核を一緒に希求し続けていただきたいと思います。 また、なかったことにされないよう、「長崎被爆体験者訴訟」の応援を続けていただけますよう、心よりお願いいたします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
令和8年 長崎平和宣言
1945年8月9日、米軍機が投下した一発の原子爆弾は一瞬にして長崎のまちを破壊し、その年の終わりまでに人口の3分の2にあたる15万もの人々が死傷しました。
13歳で被爆した故・𠮷田勝二さんは、地獄のような惨状をこう語っています。
爆心地の方に向かうと黒焦げで炭化した人、目が飛び出ている人、内臓が飛び出した人、手足がない人たちが右往左往していた。浦上川にたどり着くと、ここも焼けただれた多くの人が、油と血と汚れた水、その水を飲みながら次々に亡くなっていった。私は、全身血だらけ、皮膚は剥がれ体の下の方にだらりとぶら下がっていた。顔も皮膚は付いていたものの、どす黒く焼け焦げていた。
𠮷田さんの顔には生涯消えることのない大きな火傷の痕が残り、周囲からの視線に苦しみ続けました。辛うじて死を免れた人々も、心身に深い傷を負い、放射線の影響でがんなどが発症することへの不安と恐怖を一生抱え続けています。
今、地球上に存在する核弾頭は、1万2千発以上。
なぜ、これほど残酷な兵器に固執する国があるのでしょうか。
国際社会に蔓延する相互不信と対立・分断を背景に、大国の「力による支配」が横行しています。核保有国が当事者となったウクライナや中東の紛争も未だ予断を許さない状況です。さらには、核兵器の近代化や増強など、核軍縮に逆行する動きが加速しています。こうして、相互不信と対立・分断を一層深刻化させる悪循環に陥っているのです。
これは、核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議が核軍縮に向けた成果文書を3回連続で採択できなかったことでも浮き彫りになっています。
核兵器に依存する国は、核兵器を実際に使用しなくても、保有することで他国に攻撃を思いとどまらせることができるという「核抑止論」を主張します。しかし、戦争という極限状況の中で自国の存亡を懸けた究極の判断を迫られたとき、それでもなお「核のボタン」を押さないと、誰が言い切れるのでしょうか。
広島・長崎への原爆投下は、人間が人間への核兵器使用という一線すら越えてしまう現実を突きつけました。
人間の命も尊厳も木っ端微塵に破壊する核兵器の威力を身をもって知る被爆者や被爆地は、その体験から確信をもって訴えます。
核抑止論は、極めて危うい。核兵器は「必要悪」ではなく「絶対悪」であり、人類と核兵器は決して共存できない、と。
一つの地球に暮らす「地球市民」の皆さん。平和な世界をつくるために、私たちにはできることがあります。
「平和の原点は、人間(ひと)の痛みがわかる心を持つこと。」
これは𠮷田さんが被爆体験を語るとき、いつも伝えていた言葉です。
相手の立場や苦しみに心を寄せ、分かり合おうと努力することは、対立や衝突を避けるための大事な一歩となります。それが人と人、国と国、それぞれの場面で信頼を育み友好関係を築く礎になるのです。
𠮷田さんの言葉を心に刻み、行動につなげていきましょう。
すべての国の指導者の皆さん。国連憲章の理念に基づく多国間主義と「法の支配」を早急に取り戻してください。人間の尊厳と基本的人権を守り、国際協調を通じて恒久平和と人類共通の繁栄を実現するという国連創設時の精神に立ち返ってください。
核保有国と核抑止力に依存する国の指導者の皆さん。核抑止力に頼れば頼るほど、核戦争の危険もまた高まる現実を直視すべきです。NPTの義務を履行し、核軍縮に向け着実に前進することを強く求めます。
とりわけ日本政府は、今年初めて開催される核兵器禁止条約再検討会議に参加し、唯一の戦争被爆国としての歴史的使命を全うすべきです。不戦の決意が込められた日本国憲法の平和の理念と非核三原則を堅持し、国際社会の緊張緩和と軍縮に向けた外交を強化してください。北東アジア非核兵器地帯の実現などを通じて、核兵器に頼らない安全保障政策への転換を求めます。
さらに、平均年齢が86歳を超えた被爆者への援護の充実と、未だ被爆者と認められていない被爆体験者の一刻も早い救済を強く要請します。
原子爆弾で亡くなられた方々とすべての戦争犠牲者に、心から哀悼の誠を捧げます。
被爆者の声を直接聞くことのできる今だからこそ、未来へ向けて被爆の記憶と被爆者の思いをしっかりと受け継いでいきます。
「長崎を最後の被爆地に」。この誓いを永遠の事実とするために、長崎は世界中の平和を求める人々と連帯し、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて、決してあきらめず歩み続けていくことをここに宣言します。
2026年(令和8年)8月9日 長崎市長 鈴木 史朗
長崎市 https://www.city.nagasaki.lg.jp/page/4920.html