
第1回口頭弁論(2025年10月28日)における、原告・験馬綾子の意見陳述書を全文公開します。
意見陳述書とは、裁判の当事者が、事件に関する自分の意見や主張、あるいは思いを文書にまとめて裁判所に提出するものです。当事者の苦しみや家族に与えた影響、裁判を通して社会に何を問いたいのかを明らかにし、事案の全体像を裁判官に届ける、重要な役割を果たします。
原告の陳述書は、これまでの会社の姿勢と対応、神戸地裁における一審判決、家族や社会への原告の思いがつぶさにわかる内容となっています。
皆さんに、原告のひたむきな、強い思いを知っていただければと思います。当日の法廷の様子は、2025年11月5日の「お知らせ」に掲載しています。ご友人やご家族などにもぜひ伝えてください。引き続きオンライン署名へのご協力をお願いします!
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第1回口頭弁論 意見陳述書
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令和7年10月28日
大阪高等裁判所 第8民事部 ロ係 御中
私は、川崎重工業に勤務し、中国に出向していた夫を過労死で亡くした妻です。裁判の場をお借りして、私の思いをお話しさせていただきます。
▼ 夫の自死の受け止めについて
12年前、当時5歳と1歳の子どもを抱え、突然夫を失いました。夫の自死を受け入れるまでには長い時間がかかりました。しかし、弁護団の尽力で夫がどれだけ追い詰められていたかを知り、業務に起因する過労自死であったことを受け止められるようになりました。
提訴後、川重側から「事故死である」との主張がなされたとき、再び深く傷つきました。夫は、心身ともに追い詰められ、自ら命を絶たざるを得なかったのであり、これは明らかに業務に起因する自死です。同じ悲劇を繰り返さないために、真実を明らかにしたいと思っています。
▼ 夫の働き方と出向の実態について
夫は、真面目で誠実で責任感の強いエンジニアでした。中国への出向では慣れない環境で多くの業務を抱え込み、次第に疲弊していきました。出向前に告げられなければいけないはずの「要精密検査」という健康診断の結果も渡航後に知らされました。
夫は、川重を“休職扱い”で、中国の合弁会社へ出向させられました。しかし川重の業務にもあたらせると言った二重雇用関係で、夫を使い続けました。
現地では、専門外のAQC装置トラブル処理を任されました。一緒に赴任予定だったベテラン技術者は6月に着任しましたが、実際には直接の業務に関わらず、夫の負担は増大しました。
川重は「本来の業務を4件引き取った」と主張していますが、実際には追加の調査指示が次々と出され、過酷な状況が続きました。
仕事を2人分任され、専門外の装置のトラブル対応に追われ、孤独の中で精神を引き裂かれ病んでいきました。
こうした過酷な環境は、個人の問題ではなく、会社の構造的な問題であったと考えます。私は、この事実を裁判で明らかにすることが、同じ状況に置かれる人を守ることにつながると信じています。
▼ 一審判決への思いについて
夫の死は労災として正式に認められました。しかし、神戸地裁の判決は到底受け入れられるものではありませんでした。会社の責任は否定され、「自死か事故か」という形式的な点ばかりに時間が費やされ、肝心の仕事内容や職場環境については十分に審理されませんでした。
一審判決では会社の責任が否定され、深い失望と怒りを覚えました。命の重みを軽んじず、働く人とその家族を守る社会を願っています。
日本を代表するようなグローバル企業が、社員の命を奪ったあとに、遺族とここまで裁判を続けることが、本当にあるべき姿なのかと。誠実に向き合い、謝罪し、責任を果たすことこそが、社会的責任のある企業の姿ではないでしょうか。遺族にまで、このような苦しみを強いる企業の姿勢に、大きな失望を感じています。
▼ 証人尋問の必要性について
地裁では、夫を直接指揮・命令していた上司たちの尋問は行われず、書面上の一方的な主張が事実として扱われてしまいました。けれども、夫の死の真相を明らかにするためには、当時の現場を知る上司たちの証言が不可欠です。
夫が亡くなる直前まで関わっていた上司のW氏・T氏両氏の働き方が、裁判を通して明らかになりました。メールにも残された違法な業務の指示と重圧。これは「個人の問題」ではなく、「会社の構造の問題」です。指揮命令の実態や、メールでは読み取れない業務の重圧、会社の対応の遅れなど、これらは書面だけでは決して伝わりません。
どうか控訴審では、上司2名の証人尋問を実現し、真実を明らかにしていただきたいと思います。それが、夫のように命を奪われた労働者をこれ以上生まないための、第一歩になると信じています。
▼ 株主総会での虚偽発言について
株主総会で橋本社長は「支援は継続している」と話されたそうですが、実際には育英年金は裁判を起こしたことを理由に即時打ち切られました。これは「お金が欲しいなら裁判をするな」という無言の圧力です。
そのような虚偽の発言にもかかわらず、外部の目がある株主の前では、体裁の良い言葉でごまかす。近年報道されている、川重で問題となっている不正隠蔽と、一体何が違うというのでしょうか。
さらに、今年私が出席して質問した株主総会では、「海外勤務者への対応は当時と変わっていない」との発言がありました。しかし、海外で働く社員の現場は過酷で、命に関わる危険もあります。その実態を理解せず、改善もせずに放置する姿勢は、遺族にとっても、働く社員にとっても非常に無責任で危険です。
命よりも体裁や保身を優先する企業体質。その感覚こそが、時代と大きくずれていると私は思います。私は、このような事がまかり通っていいはずがないと、強く思っています。
▼ 支援者の方への感謝と思い
この長い裁判を支えてくださった弁護団や支援者の皆様に、心から感謝しています。
夫の業務の背景にある構造を明らかにしてくださった先生方、どんな時も温かく見守ってくださった支援者の方の存在が、私の心の支えとなりました。
▼ 家族の思い
ここまで続けてこられたのは、支援者の皆さまと、何より子どもたちの存在があったからです。
ある日、私がふと「お母さん、裁判しない方が良かったかな」とつぶやいた時、長女が静かに聞き返しました。
「じゃあ、裁判して良かったことは?」
私は答えました。
「たくさんの素晴らしい方と出会えたこと。それと、自分の思いを聞いてもらえること。」
すると長女は続けて尋ねました。
「なんで裁判しようと思ったの?」
私は言いました。
「お父さんの無念を晴らしたい。それと、二度と同じような過労死を起こしてほしくないから。」
少し考えたあと、長女はまっすぐな目で言いました。
「じゃあ、やるしかないな。」
その言葉を聞いた瞬間、涙が込み上げてきました。
小さかった背中に、どれほどの思いを背負わせてしまったのだろうと思うと、胸が締めつけられます。それでも今、17歳になった娘の言葉が、私の心の支えになっています。
次女はあまり多くを語りませんが、静かに応援してくれています。
「早く終わってほしい?」と聞くと、小さく「うん」とうなずきました。
その一言に、これまでの年月の重さと、家族の思いがすべて込められているように感じました。
▼ 最後に
この裁判は、私たち家族のためだけでなく、今後、同じように海外で働く方々の命と尊厳を守るためにも、大きな意義を持つものだと思っています。現在、外国企業へ出向した労働者に対して、出向元企業の安全配慮義務違反を認めた判決は、まだありません。だからこそ、この裁判が指針となり、同じように働く人々の命と尊厳を守る、一歩になってほしいと願っています。
裁判を通して、川重が社員の命と健康を守り、その家族の人生や思いにも誠実に向き合う企業へと変わってくれることを、心から望んでいます。夫が懸命に携わった川重の技術の発展が、これからも社会の役に立ってほしいと願っています。けれど、人の命や心を犠牲にしてまで進めてはいけないと、今、強く感じています。
海外で働く方々の命と尊厳も、国内で働く人と同じように守られる社会であってほしい。同じ命でありながら、守られ方に差がある現状は、公平とは言えません。
この意見陳述が、裁判所の皆さまの胸にも届き、夫と私たち遺族の苦しさや悔しさが伝わること、そして真摯で誠実なご判断へとつながることを、心から願っています。
ありがとうございました。
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今後の予定
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▼ 第4回口頭弁論
日時:2026年3月4日(水)11:00〜
場所:大阪高等裁判所
※10:15頃に東門付近で傍聴券が配布される予定です。
ぜひ、傍聴支援をお願いいたします。詳細は、海外労働連絡会Webサイト「取り組み」に掲載いたします。