Petition update「あなたの病気を診られる専門医が、この地域にはいません」―国民に必要な医師の育成を求めるための緊急署名!!

【オフトーク(Off-talk)・研修医の給与についての「奥深い」物語😊】:署名してくださった方々が100名を超えたお祝いにこっそり明かします🎉😎!!

一戸 辰夫Hiroshima, Japan
Aug 30, 2026

この署名活動を早速ご支援くださった大切な方々へ

昨日も福井県で想像を絶する豪雨被害。全国各地に発生している不慮の災害に被災された方々へ心よりお見舞いを申し上げますとともに、一日も早い日常生活の再建がかなうことを祈念し続ける次第です。

さて、静かに立ち上がったこの署名活動も、おかげさまで先週末に100名以上の方々からご賛同をいただくことができました! ご署名をしてくださった皆様に深く御礼申し上げますとともに、ぜひこれから始まる「長い活動」にお付き合いいただきますよう、平伏してお願い申し上げます。

「わが国において、医師(医者)はどのように育てられているのか?」
本署名活動では、業界の中にいる人々以外には、一見、わかりにくい問題をテーマとしていますが、私たちはこの問題こそ、患者さん・ご家族、そして日頃は病院を利用されていない健康な市民の皆様と力をあわせて、「より良い仕組み」を作っていかなければならない「医療の最重要課題の一つ」と考えています。

まず、どのような領域の専門医でも、医師国家試験に合格し、医業を始めるときは「研修医」(医師免許取得後、指導医のもとで基本的診療能力を身につける医師)という身分から出発します。逆に言えば、「研修医」の時に医師としてどのような経験をするかが、その医師の将来を決めているといっても過言ではないと私は考えています。そして、かねてから私が疑問に思っていることが、「なぜ、研修医の給与は全国一律ではなく、研修を行う病院によって大きく違うのか?」ということです。

■ 同じ「国の制度」で研修していても、給与は病院ごとに違います:
現在の臨床研修制度は、国が法律に基づいて設けている全国共通の制度です。
北海道で研修しても、東京で研修しても、広島で研修しても、沖縄で研修しても若い医師たちが身につけなければならない基本的な診療能力については、国が到達目標を定めています。

ところが、研修医の給与は全国一律ではなく、研修する病院によって給与や手当などの処遇には大きな違いがあるのです。これは少し不思議な仕組みではないでしょうか?

実際にどの程度の給与格差があるかについては、15年前頃(2010年〜2011年)に厚生労働省が行った全国1,038ヶ所の基幹型病院を対象とした調査では、研修医の全国平均年収は1年目が435万円、2年目が481万円でしたが、病院単位では、最低額は某大学病院1年目の182.4万、最高額は大学以外の某臨床研修病院2年目の1,000万円以上まで5倍以上の格差があったのです😱!

比較のために、司法試験に合格した人が、裁判官、検察官、弁護士などの法曹になるために実務を学ぶ制度である「司法修習」において、修習生の給与がどのように決められているかを見てみると相違が鮮明です。司法修習生も研修医と同様に、試験に合格しただけで直ちに実務家として完成するわけではありません。1年間にわたって、実際の法律実務を学びながら、専門職として必要な能力を身につけていきます。そして、この司法修習では、どこで修習するかにかかわらず、修習生に決まった額の「基本給付金」が国から支給される仕組みがあります。またそれとは別に、住居費や修習地への移転に必要な費用についても、国の制度として全国共通の支給ルールが用意されています。

もちろん、研修医は病院に雇用される労働者であり、司法修習生は同じ意味での雇用労働者ではないという相違はあります。それにしても、司法修習生と同様、国家試験に合格し、同じ国の制度に基づく2年間の初期臨床研修を受ける研修医については、勤務する病院によって年間収入では数百万円規模の差が生じていることには、市民感覚では腑に落ちないところがあります。

なぜ、医師を育てる制度では、このような全国共通の仕組みを作らなかったのでしょう?

そこで、本日は、2004年に現在の「臨床研修制度」が始まった頃に「タイムマシン」で移動して、どのようなプロセスを経て、「研修医の給与」が決められたのかを探ってみることにしましょう😊(少し長い話になりますので、お時間のない方は読み飛ばしていただいても全く差し支えありません)。

■24年前の会議室で、何が話されていたのでしょう?
時計の針を、2002年まで戻します。現在の臨床研修制度が始まる2年前です。

厚生労働省では、新しい制度をどのような仕組みにするのか、専門家による議論が続けられていました。
その記録は、現在でも厚生労働省のホームページに残されています。
そこで私は、「義務化された制度のもとで、研修医の給与を、誰が、どのように決めることになったのだろう?」
という素朴な疑問を持って、24年前の資料を一つずつ読んでみました。
すると、なかなか興味深い「意思決定のバトンリレー」が見えてきました。

■第1走者――2002年5月〜「国が処遇の基準を示す」〜:
まず、新制度の基本的な方向を示した2002年5月の「中間とりまとめ」を見てみましょう。
ここには、研修医が研修に専念できるようにするため、
「国は研修医の処遇の基準となる内容を示す」
という方針が明記されていました。
しかも、給与、勤務時間、休暇、当直、社会保険などを各研修施設が公表すること、さらに研修体制整備に必要な財源についても、国が助成の拡充や診療報酬での対応を含めて検討することが示されていました。
つまりこの時点では、「研修医をきちんと処遇し、そのために必要な財源についても国が関与する」
という大きな方向性が示されていたのです。
さて、ここから具体的な制度設計が始まります。

■ 第2走者――2002年6月〜「では、いくら支払うのか?」〜:
ところが、「適切な処遇を確保しましょう」と言うだけでは制度にはなりません。
当時の調査を見ると、驚くほど大きな違いがありました。

一般の臨床研修病院では月額平均約29万8千円。
それに対して大学附属病院では約15万5千円。
しかも私立大学附属病院では、平均約10万6千円でした。

同じ医師免許を持った若い医師が研修していても、勤務する場所によって大きな給与差が存在していたのです。そこで厚生労働省の「処遇等小委員会」で、「研修医に、最低限どの程度の給与を保障するのか」が具体的な問題になっていきます。

■第3走者――2002年7月18日〜「三つの選択肢が登場」〜:
私は、この日が非常に興味深い「分岐点」だったと思っています。
2002年7月18日。第2回「処遇等小委員会」が開催された日です。
ここで示された資料には、研修医の給与について、なんと三つの案が並んでいます。
案A:最低賃金額以上
案B:当時の研修医の給与水準を参考に、一定額以上
案C:他の職種などとの比較から適切な給与水準を設定し、一定額以上
という考え方です。
つまり、この段階では、「全国の臨床研修病院に適用する一定額以上の最低給与基準を設ける」という制度設計も、まだ選択肢の中に存在していたことになります。
さらに興味深いことがあります。この資料には、判断材料として、地域別最低賃金、現在の研修医給与、
大卒者の初任給、国家公務員の医師・看護師・薬剤師などの初任給、さらには医療職種別の給与水準まで掲載されています。
例えば当時の国家公務員の医師の初任給は月額24万1,900円。
一般の大卒初任給は19万5,100円。
つまり、「若い医師が研修に専念するためには、どの程度の経済的保障が必要なのか」
を、かなり具体的に検討していたことが分かります。

しかし、この「バトン」は、そのままゴールには向かいませんでした。

■第4走者――7月31日〜そして突然、三案から二案へ〜:
約2週間後の7月31日。
小委員会での議論を受けて、全体のワーキンググループに示された案を見ると、なぜか景色が変わっています。研修手当について残されていたのは、二つの案でした。
一つは、「最低賃金額以上」という案。
もう一つは、「その病院の勤務医の初任給との均衡を考慮する」という案です。
7月18日の資料にあった、「全国共通の具体的な最低保障額を設定する」という形の選択肢が姿を消しているのです。ここは、非常に重要なところだと思います。

ただし、誤解のないように申し上げておきますと、これをもって、「誰かが全国統一給与を潰した」などと単純に考えるべきではありません。全国には国立、公立、大学、民間などさまざまな病院があります。
給与体系も違います。財源も違います。研修医は教育を受ける立場であると同時に、診療に従事する労働者でもあります。簡単に全国一律の給与を決められる問題ではなかったのかもしれません。

それでも、歴史的事実として興味深いのは、7月18日には「全国共通の保障額」という考え方が選択肢として存在し、わずか13日の間に7月31日の段階では、それが採用案から外れていた、ということです。さらに重要なことは、この日の会議で主な論点になっていたことは、「研修医をきちんと処遇すべきか」ではありません。そこにはすでにかなりの合意がある。争点は「その費用を誰が負担するのか」だったように見えます。実際、複数の委員から、「国が給与を支えるべき」という意見がかなり強く出ています。

そしてバトンは、最後の走者へ渡ります。

■ 第5走者――8月14日〜現在につながる基本形へ:
8月14日の全体会議。
この日の会議でも、参加委員からは、研修医の処遇について国が財政的責任を果たすべきだとの意見が繰り返されていました。しかし、ここで示された「研修医の処遇について(案)」では、研修手当について次の考え方に一本化されました。
すなわち、「それぞれの臨床研修病院が、その病院の勤務医の初任給との均衡を考慮した研修手当を支払うよう努める」、そして、「少なくとも最低賃金以上を支払う」という考え方です。
お気づきでしょうか。
ここには、「全国の研修医に共通して○万円以上を保障する」という制度設計はなくなっています。
そして、国による財政支援を求める意見は繰り返されていましたが、それを全国共通の研修医給与の保障に結びつける仕組みも、ここには示されていません。

研修医の給与を、それぞれの病院の給与体系の中で決めていく――。
現在につながる基本的な考え方が、この時期に形作られていったことが分かります。

■ 私たちが「歴史の検証」を求めている理由:
ここまで24年前の資料を遡ってきましたが、私は、「2002年の判断は間違っていた」と言いたいわけではありません。まして、当時の委員のどなたかを批判したいわけでもありません。
むしろ、当時としては非常に難しい問題について、さまざまな立場の方々が真剣に議論されていたことが資料から伝わってきます。私が皆様と考えたいのは、その先です。

制度には必ず「分岐点」があります。
そして2002年の日本は、「全国共通の一定水準を国として保障する」という方向ではなく、「それぞれの研修病院が雇用者として給与を設定する」という方向へ進みました。
では、その選択から20年以上が経過した現在。その制度は、日本の医療に何をもたらしたのでしょう?

研修医の処遇は改善されたでしょうか?
給与の病院間格差はどうなったでしょうか?
若い医師が研修病院を選ぶ際に、給与や待遇はどの程度影響しているでしょうか?
そして何より――その仕組みは、医師の地域偏在や、その後の診療科選択に、どのような影響を与えてきたのでしょうか?

私は「影響した」と決めつけているのではありません。正直、分からないのです。
だからこそ、2004年の「臨床研修制度」施行後22年間のデータを使って、国として一度きちんと検証していただきたい。
それが、この署名活動でお願いしていることの一つなのです。

24年前の会議室にいた人たちは、2026年の日本を見ることはできませんでした。
しかし、私たちには見ることができます。だからこそ今度は、私たちの世代が現在の臨床研修制度が導入されてからの22年間を振り返り、
「次の20年の日本では、若い医師をどのような待遇のもとで育てるべきなのか」
を考える必要があるのではないでしょうか。

本日は「給与」という、ややセンシティブな話題となってしまいましたが、「給与などの待遇」と「そこで経験できる医療や教育内容」との間に大きな違いがあるとき、それが研修先の選択にどのような影響を及ぼし、ひいては将来の専門医の育成や配置にどのような影響を与えるのか――この点も検証する必要があると私は考えています。

はじめから大変難しく、生々しいテーマとなってしまいましたことにお詫びいたしますとともに、ぜひ、皆様のご意見・お考えも教えていただきたく存じます!!

署名サイトURL: https://c.org/BYfSxz9bvN

一戸辰夫(「若手がん治療医・血液内科医を支援する会」代表)[連絡先:tatsuo.ichinohe@icloud.com  いつでも皆様からの建設的ご批判・ご意見をお待ちしています]

 

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