2023年の「防災の日」に追悼文を出して #ヘイトクライムを抑止しよう


2023年の「防災の日」に追悼文を出して #ヘイトクライムを抑止しよう
署名活動の主旨
私たちは、東京都知事がずっと出してきた関東大震災でのヘイトクライム犠牲者への追悼文を、小池都知事がやめてしまったことを問題だと感じて、2023年こそはなんとかしたいと思っている東京在住の市民たちです。
この署名は、都知事に9月1日(防災の日)に起きたヘイトクライムの被害者への追悼文をだしてもらうことで、犯罪の抑止のために尽力してほしいと要求するものです。
9月1日が「防災の日」に指定されたのは、1923年のこの日に関東大震災が起きたからだということはよく知られています。でもその時に、デマによって数千人の朝鮮人が虐殺されたことを知る人は少ないかもしれません。その犠牲者を悼み、1973年に都立横網町公園に朝鮮人犠牲者追悼碑が建立され、その碑の前で以後毎年9月1日に追悼式典が行われてきました。その式典に歴代の東京都知事は追悼文を寄せてきました。
ところが、小池都知事は2017年から式典に追悼文を寄せることをやめてしまいました。私たちは2023年の追悼式典にあたり、都知事に追悼文を送るよう求めます。
長くこの問題に取り組んでいる一般社団法人ほうせんかの西崎さんに賛同コメントをいただきました。
西崎雅夫(関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を發掘し追悼する会、一般社団法人ほうせんか)
「静かな、厳かな追悼式典を行いたいだけなのに、それができなくなってもう5年になります。
こうした事態を引き起こすきっかけを作ったのは小池都知事です。公人である知事の影響力は良くも悪くもとても大きく、歴史の流れを変えてしまうことすらあります。後から「あの時がヘイトクライムの出発点だった」と言われることのないよう、知事には追悼の辞送付を行うよう強く望みます。」 (全文は末尾に掲載)
なぜ、私たちが追悼文の送付を求めるかの理由を3点にまとめました。
(以下、文章やリンク先の一部に、実際の差別表現が含まれます。注意してご覧ください。)
①現在、ネット上でもリアルの場でもヘイトスピーチが広まってしまい、その影響でヘイトクライムが起こってしまっている状況があること
例えば、京都での放火事件
ウトロ地区放火で懲役4年判決“身勝手で独善的” 京都地裁 (NHK)
「ヤフコメ民をヒートアップさせたかった」在日コリアンを狙った22歳。ウトロ放火事件“ヘイトクライム”の動機とは(BuzzFeed)
他にもさまざまな事件が起こっています。
「コロナ入り残りカスでも食ってろ」在日コリアン館長にまた脅迫文書、ヘイトクライムに怒り(東京新聞)
徳島の民団本部に脅迫状、赤い文字で「次は実弾」 ヘイトクライムか (朝日新聞)
JR赤羽駅に差別落書き 在日朝鮮人中傷か(産経新聞)
②自治体の長がヘイトクライムを非難することには、犯罪抑止の効果があること
ヘイトクライムは発生のロジックが研究されており、影響力のある立場の人(行政区分のトップ、政治家、言論人、有名人など)が非難することで、抑止できるとされています。世界各国でヘイトクライムが起きた時に、そのような人たちが声明を出したり、記者会見をするのはそのためです。さらに法律などで特に禁じることができれば、さらに効果が期待されます。
バイデン大統領「アメリカの魂の汚点だ」銃乱射事件を強く非難(NHK)
米大統領「沈黙は共謀」アジア系へのヘイト対策法が成立(朝日新聞)
国連事務総長“ヘイトクライム”多発で声明(日テレ)
③都市直下地震が予想されている東京において、過去の大規模な犯罪行為の発生をくり返さないために、日頃の準備が重要であること
内閣府の中央防災会議が2008年にまとめた「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」の中では、流言が差別意識と結びつき犯罪として発露したと指摘されています。現在も地震が起こったあとには、デマ情報やヘイトスピーチがネット上で多くみられます。(社説)ヘイトデマ 「許さない」を着実に(朝日新聞)
今年5月には、東京都の「首都直下地震等による東京の被害想定」が10年ぶりに見直され、都の直下地震への危機感が感じられます。現在では関東大震災(1923年9月1日)のときよりも、さらに早く情報伝達される環境となっており、現在のヘイトスピーチの広まりを考えると、大規模な犯罪行為の発生につながる恐れを感じます。
映画監督の黒澤明は関東大震災発災当時12歳で、そのとき何が起こったかを書き残しています。
【下町の火事の火が消え、どの家に手持ちの蝋燭がなくなり、夜が文字通りの闇の世界になると、その闇に脅えた人達は、恐ろしいデマゴーグの俘虜になり、まさに暗闇の鉄砲、向う見ずな行動に出る。[略]関東大震災の時に起こった、朝鮮人虐殺事件は、この闇に脅えた人間を巧みに利用したデマゴーグの仕業である。私は、髭を生やした男が、あっちだ、いやこっちだと指差して走る後を、大人の集団が血相を変えて、雪崩のように右往左往するのをこの目で見た。
焼け出された親類を捜しに上野へ行った時、父が、ただ長い髭を生やしているからというだけで、朝鮮人だろうと棒を持った人たちに取り囲まれた。私はドキドキして一緒だった兄を見た。兄はニヤニヤしている。その時、「馬鹿者ッ!」と、父が大喝一声した。そして、取り巻いた連中はコソコソ散っていった。
町内の家から一人ずつ、夜番が出ることになったが、兄は鼻の先で笑って、出ようとしない。仕方がないから、私が木刀を持って出ていったら、やっと猫が通れるほどの下水の鉄管の傍へ連れていかれて、立たされた。ここから朝鮮人が忍びこむかも知れない、というのである。
もっと馬鹿馬鹿しい話がある。町内の、ある家の井戸の水を飲んではいけないというのだ。何故なら、その井戸の外の塀に、白墨で書いた変な記号があるが、あれは朝鮮人が井戸へ毒を入れた目印だというのである。私はあきれ返った。何をかくそう、その変な記号というのは、私が書いた落書きだったからである。
私は、こういう大人たちを見て、人間というものについて、首を捻らないわけにはいかなかった。】(黒澤明『蝦蟇の油ーー自伝のようなもの』岩波書店、1984年)
バイデン大統領や国連事務総長が行ったように、犯罪行為の否定姿勢を明確にすることは、都民の安心な暮らしを守る都知事にとっての重大な義務であると考え、追悼文の送付を要求します。
「追悼文の送付」は極めて予算のかからない施策でありながら、犯罪・ヘイトクライムの抑止が期待できます。「追悼文の送付」を東京都知事に求めたい方は、署名をお願いいたします。
私たちは、都議会に対して、都知事に追悼文の送付をするように要求してほしいという内容の陳情もしくは請願を提出する予定です。この署名は、その「理由」の中に、多くの市民が送付を求めている証左として、署名数を記載させていただきます。ネット署名いただいた方の、お名前やご住所などは、議会への提出物には含まれません。
以下、いただいた賛同文を掲載いたします。
「ネット署名賛同に寄せて」
西崎雅夫(関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を發掘し追悼する会、一般社団法人ほうせんか)
「関東大震災の時、何が起きたのか」が知りたくて、私は長年証言を集めてきました。直接聞いた話もあれば、自伝などで知った話もあります。その中から墨田区北部にあった旧四ツ木橋での目撃証言を二つ紹介します。
ひとつは地元に住んでいた浅岡重蔵さんの証言。これは直接聞いた話だけに印象深いものでした。
「四ツ木橋の下手の墨田区側の河原では、10人ぐらいずつ朝鮮人をしばって並べ、軍隊が機関銃でうち殺したんです。まだ死んでいない人間を、トロッコの線路の上に並べて石油をかけて焼いたですね。そして、橋の下手のところに三カ所ぐらい大きな穴を掘って埋め、上から土をかけていた。」
(ほうせんか編『増補新版・風よ ほうせんかの歌をはこべ』ころから、2021年)
もうひとつは、喜劇役者の伴淳三郎さんの自伝から。当時15歳だった伴さんは浅草の蔵前で住み込みで働いていましたが、地震の後の火災に囲まれ危い所を、偶然通りかかった荷馬車に助けられて旧四ツ木橋まで乗せてもらうことができました。翌2日にそこで見た「地獄絵図」が自伝で語られています。
「朝鮮の人と思われる死体が地面にずらーっと転がっている。その死体の頭へ、コノヤロー、コノヤローと石をぶっつけて、めちゃめちゃにこわしている。生きた朝鮮の人を捕えると、背中から白刃を切りつける。男はどさりと倒れる。最初、白身のように見えた切り口から、しばらくして、ピャーッと血が吹くんだ。俺はそれを目撃して震え上がっちゃった。
そうこうしているうちに、映画館へ朝鮮の人が逃げ込んだといって騒いでいる。それってんで皆で追っかける。朝鮮の人はたまらず屋根へ逃げのびる。それを下から猟銃で、バババーンと打ち落とす。その死体をめがけて群集が殺到する。手に手に持った石を、死体めがけて投げつける。死体はたちまちハチの巣のようにメチャメチャになってしまう。
まあ、ひでぇもんだった。日本人は、こうした昔の残虐行為を忘れちゃったのかね。」(伴淳三郎『伴淳のアジャパー人生 芸道・色道50年』徳間書店、1975年)
なぜ毎年9月1日に都立横網町公園で「朝鮮人犠牲者追悼式典」が行われているのか、もうおわかりでしょう。証言にもあるように、デマによる大虐殺(ジェノサイド)が東京も含む各地で多発したからです。この追悼式典は1973年から行われ、東京都知事が毎年「追悼の辞」を寄せてきました。「二度と繰り返してはならない」という強い意思を、都知事も主催者・参列者と共有してきたのです。私はそれが当然で、ずっと続くものと思っていました。
しかし2017年3月、東京都議会で自民党議員が知事に追悼の辞の送付を取りやめるよう迫り、知事は「適切に判断します」と答えました。そして8月25日の記者会見で、知事は追悼の辞の送付取りやめを発表しました。その時の知事の発言は次のようなものでした。
「基本的に関東大震災という大きな災害があり、そして、それに付随した形で、関連した形でお亡くなりになった方々っていうのは、国籍を問わず多かったと思っております。その意味で3月そして9月の大法要ということについては、全ての方々に対しての慰霊を行っていくという点については変わりがないわけでございます。[略] 私は今回は、全ての方々への法要を行っていきたいという意味から、今回特別な形での追悼文を提出をするということは控えさせていただいたということでございます。」
この発言には関東大震災時の朝鮮人虐殺がヘイトクライム・ジェノサイドであったという認識のかけらも見えません。
この年から朝鮮人犠牲者追悼式典は異様な様相を見せるようになりました。知事の追悼の辞送付取りやめに勢いづいた勢力が、追悼式典会場のすぐ脇で同時刻にヘイトスピーチを垂れ流す集会を開き、会場周辺は警官隊に取り囲まれるようになりました。静かな、厳かな追悼式典を行いたいだけなのに、それができなくなってもう5年になります。
こうした事態を引き起こすきっかけを作ったのは小池都知事です。公人である知事の影響力は良くも悪くもとても大きく、歴史の流れを変えてしまうことすらあります。後から「あの時がヘイトクライムの出発点だった」と言われることのないよう、知事には追悼の辞送付を行うよう強く望みます。
*****
都知事は、ヘイトクライム犠牲者への追悼文を2023年9月1日に行われる追悼式典に送付してください。

14,336
署名活動の主旨
私たちは、東京都知事がずっと出してきた関東大震災でのヘイトクライム犠牲者への追悼文を、小池都知事がやめてしまったことを問題だと感じて、2023年こそはなんとかしたいと思っている東京在住の市民たちです。
この署名は、都知事に9月1日(防災の日)に起きたヘイトクライムの被害者への追悼文をだしてもらうことで、犯罪の抑止のために尽力してほしいと要求するものです。
9月1日が「防災の日」に指定されたのは、1923年のこの日に関東大震災が起きたからだということはよく知られています。でもその時に、デマによって数千人の朝鮮人が虐殺されたことを知る人は少ないかもしれません。その犠牲者を悼み、1973年に都立横網町公園に朝鮮人犠牲者追悼碑が建立され、その碑の前で以後毎年9月1日に追悼式典が行われてきました。その式典に歴代の東京都知事は追悼文を寄せてきました。
ところが、小池都知事は2017年から式典に追悼文を寄せることをやめてしまいました。私たちは2023年の追悼式典にあたり、都知事に追悼文を送るよう求めます。
長くこの問題に取り組んでいる一般社団法人ほうせんかの西崎さんに賛同コメントをいただきました。
西崎雅夫(関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を發掘し追悼する会、一般社団法人ほうせんか)
「静かな、厳かな追悼式典を行いたいだけなのに、それができなくなってもう5年になります。
こうした事態を引き起こすきっかけを作ったのは小池都知事です。公人である知事の影響力は良くも悪くもとても大きく、歴史の流れを変えてしまうことすらあります。後から「あの時がヘイトクライムの出発点だった」と言われることのないよう、知事には追悼の辞送付を行うよう強く望みます。」 (全文は末尾に掲載)
なぜ、私たちが追悼文の送付を求めるかの理由を3点にまとめました。
(以下、文章やリンク先の一部に、実際の差別表現が含まれます。注意してご覧ください。)
①現在、ネット上でもリアルの場でもヘイトスピーチが広まってしまい、その影響でヘイトクライムが起こってしまっている状況があること
例えば、京都での放火事件
ウトロ地区放火で懲役4年判決“身勝手で独善的” 京都地裁 (NHK)
「ヤフコメ民をヒートアップさせたかった」在日コリアンを狙った22歳。ウトロ放火事件“ヘイトクライム”の動機とは(BuzzFeed)
他にもさまざまな事件が起こっています。
「コロナ入り残りカスでも食ってろ」在日コリアン館長にまた脅迫文書、ヘイトクライムに怒り(東京新聞)
徳島の民団本部に脅迫状、赤い文字で「次は実弾」 ヘイトクライムか (朝日新聞)
JR赤羽駅に差別落書き 在日朝鮮人中傷か(産経新聞)
②自治体の長がヘイトクライムを非難することには、犯罪抑止の効果があること
ヘイトクライムは発生のロジックが研究されており、影響力のある立場の人(行政区分のトップ、政治家、言論人、有名人など)が非難することで、抑止できるとされています。世界各国でヘイトクライムが起きた時に、そのような人たちが声明を出したり、記者会見をするのはそのためです。さらに法律などで特に禁じることができれば、さらに効果が期待されます。
バイデン大統領「アメリカの魂の汚点だ」銃乱射事件を強く非難(NHK)
米大統領「沈黙は共謀」アジア系へのヘイト対策法が成立(朝日新聞)
国連事務総長“ヘイトクライム”多発で声明(日テレ)
③都市直下地震が予想されている東京において、過去の大規模な犯罪行為の発生をくり返さないために、日頃の準備が重要であること
内閣府の中央防災会議が2008年にまとめた「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」の中では、流言が差別意識と結びつき犯罪として発露したと指摘されています。現在も地震が起こったあとには、デマ情報やヘイトスピーチがネット上で多くみられます。(社説)ヘイトデマ 「許さない」を着実に(朝日新聞)
今年5月には、東京都の「首都直下地震等による東京の被害想定」が10年ぶりに見直され、都の直下地震への危機感が感じられます。現在では関東大震災(1923年9月1日)のときよりも、さらに早く情報伝達される環境となっており、現在のヘイトスピーチの広まりを考えると、大規模な犯罪行為の発生につながる恐れを感じます。
映画監督の黒澤明は関東大震災発災当時12歳で、そのとき何が起こったかを書き残しています。
【下町の火事の火が消え、どの家に手持ちの蝋燭がなくなり、夜が文字通りの闇の世界になると、その闇に脅えた人達は、恐ろしいデマゴーグの俘虜になり、まさに暗闇の鉄砲、向う見ずな行動に出る。[略]関東大震災の時に起こった、朝鮮人虐殺事件は、この闇に脅えた人間を巧みに利用したデマゴーグの仕業である。私は、髭を生やした男が、あっちだ、いやこっちだと指差して走る後を、大人の集団が血相を変えて、雪崩のように右往左往するのをこの目で見た。
焼け出された親類を捜しに上野へ行った時、父が、ただ長い髭を生やしているからというだけで、朝鮮人だろうと棒を持った人たちに取り囲まれた。私はドキドキして一緒だった兄を見た。兄はニヤニヤしている。その時、「馬鹿者ッ!」と、父が大喝一声した。そして、取り巻いた連中はコソコソ散っていった。
町内の家から一人ずつ、夜番が出ることになったが、兄は鼻の先で笑って、出ようとしない。仕方がないから、私が木刀を持って出ていったら、やっと猫が通れるほどの下水の鉄管の傍へ連れていかれて、立たされた。ここから朝鮮人が忍びこむかも知れない、というのである。
もっと馬鹿馬鹿しい話がある。町内の、ある家の井戸の水を飲んではいけないというのだ。何故なら、その井戸の外の塀に、白墨で書いた変な記号があるが、あれは朝鮮人が井戸へ毒を入れた目印だというのである。私はあきれ返った。何をかくそう、その変な記号というのは、私が書いた落書きだったからである。
私は、こういう大人たちを見て、人間というものについて、首を捻らないわけにはいかなかった。】(黒澤明『蝦蟇の油ーー自伝のようなもの』岩波書店、1984年)
バイデン大統領や国連事務総長が行ったように、犯罪行為の否定姿勢を明確にすることは、都民の安心な暮らしを守る都知事にとっての重大な義務であると考え、追悼文の送付を要求します。
「追悼文の送付」は極めて予算のかからない施策でありながら、犯罪・ヘイトクライムの抑止が期待できます。「追悼文の送付」を東京都知事に求めたい方は、署名をお願いいたします。
私たちは、都議会に対して、都知事に追悼文の送付をするように要求してほしいという内容の陳情もしくは請願を提出する予定です。この署名は、その「理由」の中に、多くの市民が送付を求めている証左として、署名数を記載させていただきます。ネット署名いただいた方の、お名前やご住所などは、議会への提出物には含まれません。
以下、いただいた賛同文を掲載いたします。
「ネット署名賛同に寄せて」
西崎雅夫(関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を發掘し追悼する会、一般社団法人ほうせんか)
「関東大震災の時、何が起きたのか」が知りたくて、私は長年証言を集めてきました。直接聞いた話もあれば、自伝などで知った話もあります。その中から墨田区北部にあった旧四ツ木橋での目撃証言を二つ紹介します。
ひとつは地元に住んでいた浅岡重蔵さんの証言。これは直接聞いた話だけに印象深いものでした。
「四ツ木橋の下手の墨田区側の河原では、10人ぐらいずつ朝鮮人をしばって並べ、軍隊が機関銃でうち殺したんです。まだ死んでいない人間を、トロッコの線路の上に並べて石油をかけて焼いたですね。そして、橋の下手のところに三カ所ぐらい大きな穴を掘って埋め、上から土をかけていた。」
(ほうせんか編『増補新版・風よ ほうせんかの歌をはこべ』ころから、2021年)
もうひとつは、喜劇役者の伴淳三郎さんの自伝から。当時15歳だった伴さんは浅草の蔵前で住み込みで働いていましたが、地震の後の火災に囲まれ危い所を、偶然通りかかった荷馬車に助けられて旧四ツ木橋まで乗せてもらうことができました。翌2日にそこで見た「地獄絵図」が自伝で語られています。
「朝鮮の人と思われる死体が地面にずらーっと転がっている。その死体の頭へ、コノヤロー、コノヤローと石をぶっつけて、めちゃめちゃにこわしている。生きた朝鮮の人を捕えると、背中から白刃を切りつける。男はどさりと倒れる。最初、白身のように見えた切り口から、しばらくして、ピャーッと血が吹くんだ。俺はそれを目撃して震え上がっちゃった。
そうこうしているうちに、映画館へ朝鮮の人が逃げ込んだといって騒いでいる。それってんで皆で追っかける。朝鮮の人はたまらず屋根へ逃げのびる。それを下から猟銃で、バババーンと打ち落とす。その死体をめがけて群集が殺到する。手に手に持った石を、死体めがけて投げつける。死体はたちまちハチの巣のようにメチャメチャになってしまう。
まあ、ひでぇもんだった。日本人は、こうした昔の残虐行為を忘れちゃったのかね。」(伴淳三郎『伴淳のアジャパー人生 芸道・色道50年』徳間書店、1975年)
なぜ毎年9月1日に都立横網町公園で「朝鮮人犠牲者追悼式典」が行われているのか、もうおわかりでしょう。証言にもあるように、デマによる大虐殺(ジェノサイド)が東京も含む各地で多発したからです。この追悼式典は1973年から行われ、東京都知事が毎年「追悼の辞」を寄せてきました。「二度と繰り返してはならない」という強い意思を、都知事も主催者・参列者と共有してきたのです。私はそれが当然で、ずっと続くものと思っていました。
しかし2017年3月、東京都議会で自民党議員が知事に追悼の辞の送付を取りやめるよう迫り、知事は「適切に判断します」と答えました。そして8月25日の記者会見で、知事は追悼の辞の送付取りやめを発表しました。その時の知事の発言は次のようなものでした。
「基本的に関東大震災という大きな災害があり、そして、それに付随した形で、関連した形でお亡くなりになった方々っていうのは、国籍を問わず多かったと思っております。その意味で3月そして9月の大法要ということについては、全ての方々に対しての慰霊を行っていくという点については変わりがないわけでございます。[略] 私は今回は、全ての方々への法要を行っていきたいという意味から、今回特別な形での追悼文を提出をするということは控えさせていただいたということでございます。」
この発言には関東大震災時の朝鮮人虐殺がヘイトクライム・ジェノサイドであったという認識のかけらも見えません。
この年から朝鮮人犠牲者追悼式典は異様な様相を見せるようになりました。知事の追悼の辞送付取りやめに勢いづいた勢力が、追悼式典会場のすぐ脇で同時刻にヘイトスピーチを垂れ流す集会を開き、会場周辺は警官隊に取り囲まれるようになりました。静かな、厳かな追悼式典を行いたいだけなのに、それができなくなってもう5年になります。
こうした事態を引き起こすきっかけを作ったのは小池都知事です。公人である知事の影響力は良くも悪くもとても大きく、歴史の流れを変えてしまうことすらあります。後から「あの時がヘイトクライムの出発点だった」と言われることのないよう、知事には追悼の辞送付を行うよう強く望みます。
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都知事は、ヘイトクライム犠牲者への追悼文を2023年9月1日に行われる追悼式典に送付してください。

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