近松が活躍した大阪・道頓堀から劇場をなくさないで

この方々が賛同しました
関角 直子さんと19名の他の方が最近賛同しました。

署名活動の主旨

1626年から芝居町として発展し、私達の時代まで中座、角座、浪花座、朝日座などが並んだ道頓堀。その歴史の古さはブロードウェイの倍以上、ロンドン・ウエストエンドを凌ぎ、来年400年を迎えます。

大阪松竹座はその道頓堀に残る唯一の大劇場です。歌舞伎、松竹新喜劇、OSK日本歌劇団、STARTO俳優の公演拠点などとして多くの人に愛され、このまちに文化の香りを運び続けてきました。誠に感謝しております。外国人観光客が増大する中、日本文化の発信は貴重で、今後益々重要になってくると思われます。

しかし、貴社・松竹株式会社様は8月28日、「大阪松竹座(劇場)での興行は2026年5月公演をもって終了し、その後地下店舗も含めたビルを閉館」「閉館後の建物の計画は検討を進めており現時点では未定」と発表されました。劇場の再開場について触れられておらず波紋を呼んでいます。

地価及び諸費用の高騰を考えれば、劇場単体のビルの存続は合理的でなくなりつつあるのは理解でき、建て替え・複合ビル化はやむを得ませんが、必ず劇場として復活して頂きますようお願い致します。

道頓堀の芝居町が無ければ、近松門左衛門の活躍も、忠臣蔵など歌舞伎・文楽の三大名作の誕生も、丸本歌舞伎の人気も、歌舞伎発祥で現在は世界で使われている舞台装置(回り舞台、セリなど)も、なかったかも知れません。

日本人のこころ、生活、ことばは、このまちから大きな影響を受けました。それも劇場の街だったからです。このまちから劇場を絶やさないよう、重ね重ねお願い申し上げます。

 

この活動を応援します

河内厚郎 文化プロデューサー (メッセージ有り)

村上もとか 漫画家 『JINー仁ー』『侠医冬馬』作者

海野 浩 電脳和風 歌舞伎ユーチューバー 敵対的ではない株主共同提案受付中

桂吉坊 落語家(メッセージ有り)

大島真寿美 直木賞作家(メッセージ有り)

豊竹若太夫 文楽太夫(メッセージ有り)

ご注意 署名は無料でできます。有料で応援広告ができます。

         近松が活躍した大阪・道頓堀から劇場をなくさないで

         発信者
         道頓堀ミュージアム並木座 山根秀宣
         大阪市中央区道頓堀1-1-6

         別途 紙の署名も実施中 (送付の際は上記へ)

         このサイトPR用貼り紙

メッセージ

豊竹若太夫 文楽 太夫の最高峰切り語りを務める。:
道頓堀。それは、かつて近松門左衛門が書き上げたばかりの脚本を持って走り、竹本義太夫の語りに人々が熱狂し、辰松八郎兵衛が出遣いで観客を驚かせ、竹本座と豊竹座がしのぎを削り、三大名作が次々に上演される等、世界にも類を見ない芝居文化が花開いた、奇跡の地です。その長い歴史を今に伝える最後の存在「松竹座」が、今、消えようとしています。これは、一企業の話ではなく、地球レベルの文化の問題として、考えなければならないのではないでしょうか?次世代に道頓堀芝居文化をバトンタッチしていくために、ぜひ署名にご協力をお願いいたします。 


大島真寿美 直木賞作家 受賞作「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」で芝居町道頓堀を活写:
道頓堀は芝居町であった、という記憶を繋いでいくことが、町に膨らみをもたらします。

道頓堀に最後に残った劇場として、大阪松竹座は大きな役割を果たしてきました。私は何度もここで歌舞伎を観ました。かろうじて、道頓堀に芝居を見に行くという体験ができたのです。 次の世代にも、この記憶と体験を渡していきたい。

 道頓堀から芝居の灯を消さないことを願います。

               大島真寿美

桂吉坊 上方落語家:
かれこれ二十数年前。噺家になったばかりの僕に、道頓堀は気安い所ではなく「大人の町」に思えたものです。浪花座には大御所の先輩方の看板、中座は芝居で、落語は襲名や大きな会の時だけ、あちこちのお店は師匠方の行きつけと、それは畏れと憧れの町でもありました。  今はなき中座に初めて入ったのは、襲名興行の手伝いで楽屋から。薄暗い舞台裏に重ねられた芝居の書割り(背景)、吊り道具。舞台袖から見えた舞台の明るいこと華やかなこと。先輩が何も知らない僕に藤山寛美先生の楽屋がココやで、と案内してくれた事。道頓堀を歩く大師匠の米朝を「米朝さんや」と囁く声、バッタリ出会う漫才の師匠と「おお、アンタまだ浪花座出てんのんかいな」「出てまんがなァ」と言いながら別れる姿に、この町に認められる藝人になりたいと思ったものです。  舞台があり、お客様がおいでになる町がある。道頓堀は、まさにそうして栄えて来た町ではないでしょうか。その何れもが欠けては、道頓堀の魅力と歴史は語れません。また及ばすながら芸界の末席をけがす者としましても、これからも我々の憧れ目指す舞台であり町であり続けていただきたい、道頓堀に芝居の灯が消えることのないよう、切にお願いする事であります。 桂吉坊 拝


河内厚郎 文化プロデューサー
高層ビルになってもよいから低層階には劇場を残してほしいです。松竹座が建て替えられる折、旧松竹座の建物を残すよう建築史家たちが運動したのに応じ、凱旋門のフォルムをした正面ファサードなど旧館の一部を残すことになって、収容人員が大幅に削られ、収入面でマイナスとなりました。あのとき一から建て直せていれば、建物もあと数十年もったでしょう。伝統芸能を上演する劇場は民間企業の力だけでは運営が難しく、東京の国立劇場が長期閉場中の今、国が松竹座を買い取って運営することも検討してほしい。そのためにも芝居町・道頓堀の伝統を維持する国民的な機運が高まることを期待したいです

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関角 直子さんと19名の他の方が最近賛同しました。

署名活動の主旨

1626年から芝居町として発展し、私達の時代まで中座、角座、浪花座、朝日座などが並んだ道頓堀。その歴史の古さはブロードウェイの倍以上、ロンドン・ウエストエンドを凌ぎ、来年400年を迎えます。

大阪松竹座はその道頓堀に残る唯一の大劇場です。歌舞伎、松竹新喜劇、OSK日本歌劇団、STARTO俳優の公演拠点などとして多くの人に愛され、このまちに文化の香りを運び続けてきました。誠に感謝しております。外国人観光客が増大する中、日本文化の発信は貴重で、今後益々重要になってくると思われます。

しかし、貴社・松竹株式会社様は8月28日、「大阪松竹座(劇場)での興行は2026年5月公演をもって終了し、その後地下店舗も含めたビルを閉館」「閉館後の建物の計画は検討を進めており現時点では未定」と発表されました。劇場の再開場について触れられておらず波紋を呼んでいます。

地価及び諸費用の高騰を考えれば、劇場単体のビルの存続は合理的でなくなりつつあるのは理解でき、建て替え・複合ビル化はやむを得ませんが、必ず劇場として復活して頂きますようお願い致します。

道頓堀の芝居町が無ければ、近松門左衛門の活躍も、忠臣蔵など歌舞伎・文楽の三大名作の誕生も、丸本歌舞伎の人気も、歌舞伎発祥で現在は世界で使われている舞台装置(回り舞台、セリなど)も、なかったかも知れません。

日本人のこころ、生活、ことばは、このまちから大きな影響を受けました。それも劇場の街だったからです。このまちから劇場を絶やさないよう、重ね重ねお願い申し上げます。

 

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河内厚郎 文化プロデューサー (メッセージ有り)

村上もとか 漫画家 『JINー仁ー』『侠医冬馬』作者

海野 浩 電脳和風 歌舞伎ユーチューバー 敵対的ではない株主共同提案受付中

桂吉坊 落語家(メッセージ有り)

大島真寿美 直木賞作家(メッセージ有り)

豊竹若太夫 文楽太夫(メッセージ有り)

ご注意 署名は無料でできます。有料で応援広告ができます。

         近松が活躍した大阪・道頓堀から劇場をなくさないで

         発信者
         道頓堀ミュージアム並木座 山根秀宣
         大阪市中央区道頓堀1-1-6

         別途 紙の署名も実施中 (送付の際は上記へ)

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豊竹若太夫 文楽 太夫の最高峰切り語りを務める。:
道頓堀。それは、かつて近松門左衛門が書き上げたばかりの脚本を持って走り、竹本義太夫の語りに人々が熱狂し、辰松八郎兵衛が出遣いで観客を驚かせ、竹本座と豊竹座がしのぎを削り、三大名作が次々に上演される等、世界にも類を見ない芝居文化が花開いた、奇跡の地です。その長い歴史を今に伝える最後の存在「松竹座」が、今、消えようとしています。これは、一企業の話ではなく、地球レベルの文化の問題として、考えなければならないのではないでしょうか?次世代に道頓堀芝居文化をバトンタッチしていくために、ぜひ署名にご協力をお願いいたします。 


大島真寿美 直木賞作家 受賞作「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」で芝居町道頓堀を活写:
道頓堀は芝居町であった、という記憶を繋いでいくことが、町に膨らみをもたらします。

道頓堀に最後に残った劇場として、大阪松竹座は大きな役割を果たしてきました。私は何度もここで歌舞伎を観ました。かろうじて、道頓堀に芝居を見に行くという体験ができたのです。 次の世代にも、この記憶と体験を渡していきたい。

 道頓堀から芝居の灯を消さないことを願います。

               大島真寿美

桂吉坊 上方落語家:
かれこれ二十数年前。噺家になったばかりの僕に、道頓堀は気安い所ではなく「大人の町」に思えたものです。浪花座には大御所の先輩方の看板、中座は芝居で、落語は襲名や大きな会の時だけ、あちこちのお店は師匠方の行きつけと、それは畏れと憧れの町でもありました。  今はなき中座に初めて入ったのは、襲名興行の手伝いで楽屋から。薄暗い舞台裏に重ねられた芝居の書割り(背景)、吊り道具。舞台袖から見えた舞台の明るいこと華やかなこと。先輩が何も知らない僕に藤山寛美先生の楽屋がココやで、と案内してくれた事。道頓堀を歩く大師匠の米朝を「米朝さんや」と囁く声、バッタリ出会う漫才の師匠と「おお、アンタまだ浪花座出てんのんかいな」「出てまんがなァ」と言いながら別れる姿に、この町に認められる藝人になりたいと思ったものです。  舞台があり、お客様がおいでになる町がある。道頓堀は、まさにそうして栄えて来た町ではないでしょうか。その何れもが欠けては、道頓堀の魅力と歴史は語れません。また及ばすながら芸界の末席をけがす者としましても、これからも我々の憧れ目指す舞台であり町であり続けていただきたい、道頓堀に芝居の灯が消えることのないよう、切にお願いする事であります。 桂吉坊 拝


河内厚郎 文化プロデューサー
高層ビルになってもよいから低層階には劇場を残してほしいです。松竹座が建て替えられる折、旧松竹座の建物を残すよう建築史家たちが運動したのに応じ、凱旋門のフォルムをした正面ファサードなど旧館の一部を残すことになって、収容人員が大幅に削られ、収入面でマイナスとなりました。あのとき一から建て直せていれば、建物もあと数十年もったでしょう。伝統芸能を上演する劇場は民間企業の力だけでは運営が難しく、東京の国立劇場が長期閉場中の今、国が松竹座を買い取って運営することも検討してほしい。そのためにも芝居町・道頓堀の伝統を維持する国民的な機運が高まることを期待したいです

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2025年9月20日に作成されたオンライン署名