

周防さんはある日の新聞報道で、痴漢事件が東京高裁で逆転無罪になったことを知りました。ところが、一審の有罪の証拠が被害者証言だけで、その証言を裏付ける客観証拠が何もないことに驚き、刑事司法の取材を始めました。すると裁判には、すべての証拠が提出されるわけではなく、検察官が有罪立証のために必要な証拠だけを提出していること等を知ります。「証拠隠し」、「人質司法」、「調書裁判」など、刑事裁判の問題点はたくさんありました。2007年公開の映画『それでもボクはやってない』はそんな経験と冤罪犠牲者との出会いで生まれた、日本の刑事裁判の現実を描く、裁判映画の金字塔です。その後、周防さんは市民としての立場で刑事司法改革に取り組むようになりました。
署名呼びかけ団体のひとつ「再審法改正をめざす市民の会」の共同代表も務めていらっしゃいます。周防さんの体験から来る法制審への不信感と、議員立法への大いなる期待をこめたメッセージをぜひお読みください。
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再審法改正を「法制審議会」には任せられません。
私は、2011年から2014年まで開かれた「法制審議会―新時代の刑事司法制度特別部会」の一般有識者委員として議論に参加しました。このときの法制審は「郵便不正事件」における検察不祥事(検察官による証拠の改竄及び違法な取調べ)をきっかけとして設けられ、「取調べの録音・録画」の法制化をメインテーマとするものでした。
検察庁は信頼を取り戻す必要がありましたから、真摯な反省のもと改革に積極的に取り組んでくれるものと思っていましたが、期待は裏切られました。
法制審議会・特別部会に集められたメンバーは、司法の専門家19名に、私や村木厚子さん(郵便不正事件の元被告人)など一般有識者7名という異例のものでした。ところが、その結果は、みなさんご存知のように、取調べの録音・録画の対象事件は裁判員裁判対象事件と検察官独自捜査事件のみという、2つ合わせても全事件の約3%という少なさ。さらに録音・録画されるのは、逮捕後の身柄拘束時の取調べのみで任意取調べは除外されました。もちろん参考人の事情聴取も対象外とされました。それに加えて、村木さんを始めとする一般有識者委員や弁護士が問題ありとした「人質司法」については、他の委員たちの「人質司法と言われる事実はない」という主張で無視されました。一人の裁判官委員に会議の休憩中に、「あなたは村木さんの勾留も人質司法ではないと言うのか」と詰め寄ったところ、「あなたは村木さんが無罪となって今ここにいるから、そういうことが言えるのだ。当時の判断として、勾留は当然のものだった」と珍しく感情をあらわにした強い口調で言い返えされてしまいました。村木さんを164日間にわたって勾留したことになんの反省もないのです。「再審法」に関しても、「再審における証拠開示のルール作り」が、再審開始決定と再審無罪判決を言い渡した経験のある裁判官委員から提案されたにも関わらず、後任の裁判官委員の「ルール作りは難しい」という否定的意見によって議論が深まることはありませんでした。その後、国会の要請もあって「再審における証拠開示」は継続して議論されるはずでしたが、法改正は1ミリも進みませんでした。
実は、法制審の委員になってほしいという依頼を日弁連から受けたときに、当時、法政大学法科大学院教授だった元裁判官の木谷明さんにご相談に伺いました。その時、木谷さんは特別部会の委員構成を見て、即座に「絶望的なメンバーですね」とおっしゃいました。そして私は、会議でそのことを実感することになったのです。法制審議会とは、検察にとって不都合となる法改正は絶対に実現しない、法務省の思いのままの土俵なのです。委員構成は、最終的に多数決で、法務・検察が落とし所と考えるところに必ず着地するように考えられています。今、開かれている「法制審議会―刑事法(再審関係)部会」は13名の委員の内、法改正に積極的な委員は弁護士委員の2名だけです。自らの過ちを決して認めることがない裁判官委員や法務・検察の委員、警察の委員、そして学者委員には、誤判・冤罪や再審についての研究者は一人もおらず、いつもの法制審のお馴染みの学者メンバーを中心に法務・検察のバックアップをする学者たちばかりです。更に、私が参加した法制審とは違って、非法律家の有識者委員もいなければ、村木厚子さんのように冤罪の被害者として裁判を経験した委員もいません。こんな不公正な委員構成は、まさに絶望的としか言いようがありません。
先の国会で提出された「再審法改正」の法案は、超党派議員連盟による調査、研究、議論を通して、最後は法律の専門家たちによって練り上げられたものです。「司法問題は票にならない」と言われ、真剣に取組む議員が少ない中、与野党を問わず多くの議員が「再審法改正」に取り組んで法案提出にこぎつけたのです。与党の中にも最後まで積極的に法案提出に奮闘された方も多数いますが、法務省のロビー活動によって党としてまとまることができませんでした。ぜひ、この法案を秋の臨時国会で議論し、大正時代から変わらずにきた法律の改正を実現してほしいと強く願います。
法務・検察、警察、裁判所は法改正に消極的です。おそらく、議員立法が実現すれば、より多くの冤罪が発見され、裁判のやり直しが行われるようになるからでしょう。そうなれば、組織として、これまでの責任を問われることになります。消極的になるのは当然なのかもしれません。ただし、冤罪被害者、弁護士はもちろんのこと、現場で再審請求と向き合う裁判官、検察官にも、再審法の改正は大歓迎されるでしょう。今までは再審に関する法律がほとんどなかったので、自らの創意工夫で行うしかありませんでした。裁判官は、自らの良心に従って積極的に取り組み、何年もかけて再審開始の判断をしても、上級審でその判断が覆れば、その後の出世に影響すると言われています。だからこそ、通常審と違って自分のキャリアになんのプラスにもならない再審には消極的にならざるをえないと言われてきました。再審法が改正されれば、裁判官は、まさに憲法や法律、自己の良心に従って独立して各事件の判断をできるようになるのです。検察官も、法律があれば、なんで無罪方向の証拠を開示したんだとそのやり方を上司に批判されることもなく、法律に従って仕事をすることで、正しい判断が導かれるようになるのです。「再審法改正」の実現は、多くの人にとって歓迎されるものなのです。歓迎しないのは、法務・検察、警察、裁判所といった個人ではない「組織」だけなのです。
このまま法制審に「再審法改正」を任せていれば、法務・検察という組織にとって有利な「再審法改悪」が実現してしまいます。
企業の不祥事の際、第三者委員会を設け、検証がするのが当たり前となっています。ところが、刑事司法の世界では、袴田事件や福井事件が再審無罪となり、検察官の不正が明らかになっても、第三者委員会による検証は行われていません。これら事件を検証する第三者委員会こそ国会で立ち上げなければなりません。刑事司法に関する法令こそ、立法府がイニシアチブを取るべきなのです。
それを実現するためにも、一人でも多くの人に現状を知っていただき、「再審法改正」を実現するために賛同の声をあげていただきたいと思っています。
こころより署名をお願い致します。
◯周防正行 映画監督、「再審法改正をめざす市民の会」共同代表。監督作に『シコふんじゃった。』や『Shall we ダンス?』があるが、2007年公開の『それでもボクはやってない』以降、映画制作だけでなく、刑事司法改革に積極的に取り組む。刑事司法の取材歴は23年になる。