〇図書館も大学も無料が当たり前の世の中へ
カール・マルクスは祖国を追われイギリスに家族で亡命した後、貧しい中で大英博物館の図書館に毎日通い資本論などの著書を書き上げたそうです。もし大英博物館が日本の博物館のように入場料を取っていたらどうなっていたのでしょうか。育児・家事を放棄しメイドに産ませた隠し子あり、大酒のみで稼ぎ(主に印税)を家に入れないヘビースモーカーは「家では執筆できない」とパブで安酒だけで何時間も粘りながら資本家の(想像上の)労働者への搾取についてあれこれ考えたのでしょうか。
まあそうなれば史実では労働者と殆どかかわることのなかったマルクスの思想にどう影響したか興味深いものです。ただこういうところで書き物や勉強すると必ず酔客に絡まれるので、おそらくたびたび妨害を受け
「やはりルンペンプロレタリアートは意識が低い」と再認識したかもしれません。
いまイギリスは経済も財政もよろしくないのですがなぜか公立の博物館や美術館は入館料無料、カネを取りません。意地の悪い見方をすると世界中からかき集めた文化財の返還を求められているので「我々は世界中の文化財の保存と維持を頼まれなくとも努めている。しかもただで世界中の人に公開している。お宅らの国はきちんと保管することすら難しいだろ」と反論するためなのではと思ったりしています。(イギリスの名誉のため付け加えるとイギリス産の芸術作品や文化財を収蔵した博物館や美術館も公立はタダなようです)
日本の公立の博物館や美術館でタダのところはなく大体1000円以下の民間に比べるとだいぶリーズナブルな価格設定とはいえ庶民から小銭を巻き上げます。世界を見渡すと結構公立の博物館や美術館はただのところが結構あります。(フランスやイタリアは大事な観光収入なので公立もカネを取っているようですが。)
しかし資本主義の宗主国アメリカでさえタダのところ(カリフォルニアサイエンスセンターとか)あるのに我が国はインバウンドの目玉にして政府が海外に売り込んでいるわけでもないのにカネをとるというのはどういうことでしょう。日本人は図書館にカネは払わないが博物館や美術館にカネを払うのは当たり前と思っているようです。
〇当たり前に「NOと言えるに日本」へ
ヨーロッパとかではタダで通えて日本も同様にタダにすべきものの最たるものが大学などの高等教育の学費です。なぜ図書館に通うのはタダなのに大学に通うのは生活に苦しい庶民からカネを巻き上げているのでしょうか。どちらも国民の生活水準を高めるのに必要なものなのに。わたしは大学に通うのに高い学費を払うのは当たり前ということに異議を唱えたいです。せめて無償化といわなくとも医療費のように3割くらいの自己負担などにすべくもっと政府が大学の財政的な支援をすべきです。そのためには(今まで「お知らせ」で何回か罵倒してきた)MMTを用いてでも国債を発行しまくって生活の苦しい庶民たちの大学の学費を肩代わりすべきです。ただし無償化は公平性の問題から反対意見が根強いと思います
〇大学無償化の反対意見へのベーシックサービス的回答
家庭の事情などで自分は大学に行けなかった、だから大学の無償化で税金を使われるのは不公平だ、大学へ行く人が相応の学費を払っていくべきだ、というもっともな反対意見があります。いわゆる応益負担というやつです。しかし大学などの高等教育がベーシックサービスとして無償化or3割負担となるのはリカレント教育も含まれるべきだと考えています。だからすべての人にメリットがあります。そして大学に進学しないという選択肢をとられた18~22歳の就労されている若者もその分社会保険料や所得税の免除など様々な優遇制度を導入すべきだと考えています。つまり働いたらその期間だけ丸ごと給料が自分の懐に入ってくるのです。あと無償化すれば奨学金も廃止出来て借りたものは返すのが当たり前という奨学金帳消しへの批判もそもそも無償化すればなくなります。
私たちの活動は当たり前だからとあきらめていた「よろしくない現状」が当たり前ではなく、民主主義の制度に参加を通じて変えることができることを示すことを目的としています。図書館無料は当たり前、大学も無料当たり前の世の中に変えましょう。憲法で保障されているはずの選択の自由を実現する術がベーシックサービスであるのです。

