Petition updateいのちのバトンがつなげられる日本の移植医療システム整備と普及を!【移植医療普及のための署名】病気と生きるということ、医療の力/SNS一斉投稿キャンペーンについて
及川 幸子Japan
Oct 8, 2023

皆様からの賛同と拡散、change.orgへのご支援のおかげで10月8日現在 13,195名からの賛同をいただいております。
このオンライン署名活動を応援していただき、本当にありがとうございます。

引き続きよろしくお願い致します。

 

■病気と生きるということ事、医療の力

重い病気を患った時、健康に過ごされている方たちが当たり前にしていることが『できない』『難しいかも』そんな事があります。
例えば飲酒、禁食、食事制限、感染症への警戒などからの行動制限や、体力面で難しい、などなど・・・
しかし、移植医療に限らず、医療の力による『延命』や『生活改善』のおかげで『できない』『難しいかも』とされていたことが可能になることもあります。


今回のお知らせでは移植当事者の経験談から『病気と生きる人達に可能性を与える医療の力』についてお伝えしたいと思います。

 

◇心臓病のお子さん はるくんとれいちぇるさんのおはなし

【はるくんに出逢うまで】

はるくんの母親である私は、生まれつき心臓が悪く、幼少期に弁の手術を2回しました。手術の後も、運動制限などはありましたが、普通の暮らしをすることができていました。
私は小さい頃から子供なりに、自分は子供を持つことは難しいんだなと半分諦めていました。
しかし、結婚し子供が欲しい気持ちが強くなり、周りのサポート、そして、信頼する医療スタッフの皆さんが妊娠出産に向けて治療・管理してくださったおかげで、妊娠中も心不全に陥ることなく、息子を出産するとができ、感謝の気持で胸がいっぱいでした。

【心雑音がする】
息子を出産して2日目のことでした。医師から、「息子さんに心雑音がするので、今詳しい検査をしています。」と言われました。胸がドキドキし、嫌な予感がしました。妊娠前担当医から、私の病気は遺伝しないと言われていたけれど、ずっと不安はありました。
「大丈夫、大丈夫。。」と自分に言い聞かせていました、気を抜くと涙が溢れそうでした。
検査が終わり、医師から詳しい説明がありました。息子に見つかった病名は、弁の閉鎖不全、左室緻密化障害、卵円孔開存症、、、私と同じ病気も含まれていました。
先生から説明を聞いている間、なんとか自分を保っていましたが、病室に戻ってからは永遠と涙が溢れてきました。
息子に、旦那さんに、申し訳ない気持ちと、これからどうなってしまうのだろうという気持ちに押し潰されそうでした。神様って意地悪だなぁ、と何度も思いました。


【心不全で入院】
息子は体調が落ち着いており、無事に予定通り退院することができました。愛おしい息子の、慣れない授乳や寝かしつけなどで精一杯で、退院する頃には前を向いている自分がいました。
私自身の体調のこともあったため、実家にしばらくお世話になりながら、離れて暮らしていた旦那さんもお休みの日に会いに来て育児をしてくれていました。息子の通院をしながらも、不安はありましたがとても幸せな毎日を送っていました。
しかし、息子が2ヶ月を過ぎた辺りから、ミルクを飲む量が少なくなり、頻繁に大量に吐くようになってしまいました。赤ちゃんはよく吐くものと言われましたが、嫌な予感がして受診したところ、心不全となっており、そのまま緊急入院となりました。
心臓の状態から、息子はだいぶ苦しかったようで、無事に入院ができて少しホッとしている自分がいました。

入院した日、医師から言われたのは左室緻密化障害から拡張型心筋症に移行しつつあるという言葉でした。
家に帰り落ち着いてから、拡張型心筋症という病気を詳しく調べました。医療職であった私は、病名は知っていて、かなり重い心臓病だということも知っていました。
調べると、心臓移植しか方法はない、予後不良、という言葉が並び、やっぱり、、と頭が真っ白になり、夜中に一人で泣き続けたのを覚えています。数日間、魂が抜けたような状態が続き、両親にもかなり心配をかけたと思います。
しかし、両親、旦那さんの支えもあり、心臓移植について詳しく調べ始めました。渡航移植の可能性も考え、英語の勉強もしたいと参考書を買っている自分もいました。

 

【はるくん復活】
息子は医師や看護師さんの懸命な治療のお陰で、みるみるうちに元気になっていきました。最後の3週間は付き添い入院も許可されました。コロナの影響で、ずっと面会が週2回の10分のみだったため、とても幸せな息子との時間でした。
息子は持ち前の生命力で、3ヶ月ちょいで退院することができました。
退院してから、10種類程度のお薬を飲みながら、元気にスクスクと成長していく息子に感謝しかありませんでした。

 

【3人での新生活】
退院後の通院でも、息子の体調は落ち着いていたので、息子と旦那さんの待つアパートに戻り、3人での新生活をやっとスタートすることができました。
息子は毎日元気に動き回っており、私達のほうが必死な毎日を送っています(笑)。先日無事に、1歳の誕生日を迎えることができ、この幸せな毎日に感謝する日々です。


息子の病気が分かるまで、私は臓器移植について詳しく調べたこともなく、触れる機会もなかったように思います。たくさんの情報をネットやSNSで調べているうちに、日本での臓器移植についての問題がたくさんあることが分かりました。
そして、その問題を少しでも解決していこうと必死に活動している方々がたくさんいることも分かりました。
今の日本では、移植を受けるまでに身体がもたず、亡くなってしまう子供がたくさんいる事実を知って欲しいです。私はこの事実を知った時、最先端の医療技術を持つ日本でそんなことがあるのか、、、と衝撃を受けました。
しかし、他の国では当たり前のように移植ができ、生き延びている子供達がいます。
日本の倫理的思想、制度、医療機関やスタッフの問題、、たくさんの壁はありますが、みんなで声を上げていけば、難病の子供たちが安心して移植を受けられる、受けてからも幸せな生活を送られる未来は、きっとその先にあるはずです。
私達はそれを信じて、できる限りのことをしていきたいと思っています。

息子の心臓は、幸い今のところ落ちついていますが、進行性の病気のためいつ移植が必要な状態になるか分かりません。今後、私は息子のためならどんなことでもします。
少しでも、臓器移植に興味を持っていただけたら幸いです。

 


◇生体肝臓移植経験者 Nさんのおはなし

私の病気が原発性胆汁性胆管炎(PBC)だとわかるまで、約3年間消化器系の症状が様々出ていました。
腹痛、嘔吐、背中の痛み等。胆嚢内の胆汁が砂の様な状態になっていたり、肝臓が腫れたり、脾臓が腫れたり…それまで通院していた中核病院から大学病院へ転院して、PBCと診断されました。
その時に15年後はどうなっているか分からないと言われました。

先生の仰った通り15年後に移植となりました。

 

PBCと診断された後、入院し消化器系の様々な検査を受けました。PBC以外に病気が見つからなかったので、それ以後は、内服薬(ウルソ)で経過観察でした。
約7~8年後に痒みが出始めました。それまでは大きな体調不良はなく、軽い倦怠感と年に数回動けなくなり伏すくらいでした。

 

診断から7年後結婚して子供を授かりました。当時はPBCで子供を出産した例が殆ど無く、我が子は国内2例目でした。教授に診ていただいていましたが、PBCの患者の出産は初めてで、大変心配されていました。
無事出産できましたが、子育ては周りのお母さん達とは同じ様には出来ませんでした。見た目は健康そうなので、周りのお母さん達から怠け者、手抜き、子供を公園にも連れていかないなんて…という声も聞こえてきました。
でも、子供がいる幸せは私を支えてくれました。

 

5年後、第2子を出産したいと無謀な願いを主治医が了承してくれて出産しましたが、黄疸の数値が29に急上昇(正常値:0.2~1.2 mg/dL、黄疸:肝臓の機能障害により皮膚が黄色くなること)。
子どもの一ヶ月検診の日にそのまま40日間の入院。黄疸の数値は、7から下がりませんでした。

次男を出産して1年半後、徐々に悪化した黄疸の数値が30弱まで上昇。移植の選択肢しかないと言われ、都内の大学病院へ転院。余命半年との診断でした。

 

主人がドナーになれなかったので姉がドナーになってくれました。姉家族も快く受け入れてくれたこともあり、私は二人の幼い子供を残して死ぬことはできないと姉の決心に感謝して移植に臨みました。
姉は術後順調に回復し、子育てと仕事を両立する程元気になってくれたのが、何より嬉しいことでした。

 

移植から9年後、数回の肝生検を経て、慢性拒絶と診断されました。慢性拒絶になると2~3年後はどうなるか…ということで、脳死登録をして待機者となりました。
ですが、有難いことに14年経った今、データはずっとほぼ横這いで、なだらかに悪化している状況です。

 

移植手術を受けることで、幼かった子供達の成長を見守ることもでき、孫との楽しい時間も持てています。感謝しかありません。
移植医療は素晴らしいです。私と家族の人生を180度変えてくれました。
一方で免疫抑制剤の長期服用による副作用の弊害もあります。それでもやはり移植医療は素晴らしい医療だと断言します。

 

これまで長い間4つの大学病院でお世話になり、近所の病院でサポートをしていただいて、本当にたくさんの方々のご尽力によって今があります。
今生かされていることに感謝しながら、移植していただいた肝臓を大切にして人生を楽しく生きていきたいと思います。

 

 

以上、『病気と生きるということ事、医療の力』でした。

医療の進歩はもちろんですが、日々努力してくださる医療従事者の方たちの力はとても大きく、たくさんの患者に生きる希望を与えて下さっています。ありがとうございます。

 

次回のお知らせでは『臓器移植後の予後』についてお伝えしたいと思います。

 

 
■第24回 臓器移植推進国民大会のお知らせ

臓器移植推進国民大会を「ともに結ぶ いのちのリボン」と題し、広島県で開催します。オンライン配信により全国の多くの人たちが臓器移植医療について考え、理解を深めることを促します。

臓器提供されたご家族や心臓移植者が登壇するトークセッションや高校生によるスピーチコンテスト・演劇、地元で著名なアーティストの動画メッセージなどを予定しています。(PR TIMES グリーンリボンキャンペーン記事より)


日時:2023年10月21日(土) 13時30分~16時30分
開催形式:会場およびオンライン配信
会場:広島県民文化センター(広島県広島市)
主催:厚生労働省、広島県、JOT、(公財)日本腎臓財団、(公財)ひろしまドナーバンク

詳細はこちらをご覧ください↓

第24回臓器移植推進国民大会を開催します(広島県HP) 


イベントの名前は堅めですが、演劇や移植医療関係者の方たちなどの話によって移植医療について一般の方にも知っていただけるイベントになっているそうです。


よろしければ、会場または配信でご参加ください。

 

 

  ■10月16日SNS一斉投稿キャンペーンを開催します

10月16日はグリーンリボンデー(移植医療普及推進の日)です。

そこで 22:30から30分間 移植医療についてSNSで一斉投稿をすることで日本の移植医療についてたくさんの方に知っていただくキャンペーンを行います。

主にX(旧Twitter)で行いますが、その他SNSをされている方も参加いただけたら嬉しいです。

 

【日時】2023年10月16日(月) 22:30~23:00
【参加方法】X(旧Twitter)などでの投稿時に #臓器移植について話そう #グリーンリボン のハッシュタグをつけてツイート


例えばー

  • 移植や臓器提供について考えるきっかけなった出来事について
  • 移植医療について知りたいこと
  • ご自身やお知り合いの経験
  • 移植医療やドナー、支えてくれる家族、医療者の方たちへのメッセージ
  • 病気と闘う人へのエール 
  • グリーンリボンライトアップの画像

などを投稿

※この署名サイトのURL

https://www.change.org/Isyokuiryou

と署名について一言コメントを添えての投稿も大歓迎です

 

みなさんと移植について知ってもらうきっかけを作れたらと思います。

投稿・拡散のご協力をよろしくお願い致します!!

 

 

引き続きこの署名活動の拡散にもご協力をよろしくお願い致します。

 

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