教育企業の公教育参入に対する抗議


教育企業の公教育参入に対する抗議
署名活動の主旨
〇 人材派遣・研修事業を民間企業が行っている実態
私は、元小学校教員で英語専科教員の経験もさせて頂いた経験がありますが、ALT人材派遣会社などの教育企業が研修事業を請け負っていたり、ICT教育で民間企業の講師が派遣されていたりするなど、本来教員が中心となって行うべき教育活動に民間企業が参入されていることに疑問を感じ抗議致します。この動向は、教職員の専門性を軽視し、公教育の政治的中立を脅かすものとなっています。
〇 教育企業の後ろ盾に政治家がいることの問題
従来、政治的に中立の立場をとる教職員が、その公平性を担保しながら専門的な知識と技術もって教育活動を行うべきです。民間の教育企業の参入は、実際、専門性を持つ教職員の活躍の場を奪っており、本来活躍すべきである現職の教職員の働く意欲を低下させています。また、政治家などの後ろ盾がある人材が教育現場に紛れ込むと、教職員は、政治的なバックグラウンドのある職員に忖度をするしかなくなり、これまで行ってきた業務の遂行を妨げる状況に陥っています。
〇 教育企業に忖度する教育行政の実態
私は、このような教育行政を正すべく1年前に長年勤めていた小学校教員の仕事を辞め、今後、公教育がどうあるべきた考えて来ました。退職原因ともなった、現在の教育現場での経験をお話します。私が働いていた福岡県では、毎年、小学校教員採用試験で、英語の免許をもっている人を特別枠で10年以上採用していましたが、国主導で英語専科を配置しようとしている国の意向を察知して、福岡県が自分達で採用した英語の免許をもっている先生たちを集めて研修することはなく、その活用を先延ばしにしているといった実態が長く続いていました。国が考えている教育企業や人材派遣会社などの参入に忖度して、現職の先生をないがしろにしていると感じました。実際、私が、英語専科をしている間にも、私が専科を続けることができないように、県や町が別の英語専科を雇って、私の勤務校に送り込んできたり、情報交換をするための研修の場を作ってくれなかったりなど、妨害が疑われるようなことをされたこともあります。私はこのつらい経験を通して、国に忖度することなく、今いる人材をもっと活用する方向に向かって欲しいと強く願うようになりました。また、県の教育センターなどの研修も、以前は先生達で運営されていましたが、外部の企業が司会進行をしていたり、内容がマニュアル化されていたりしていることに大きな疑問をもちました。また、このように公教育を市場化する流れが続いて行いけば、公教育が政治活動に使われてしまう可能性を否定できず、断固、抗議しようという思いに至りました。
〇 今後も、政治的に後ろ盾のある人材を送り込む政策を続行
令和6年5月13日に出された「令和の日本型学校教育」を担う 質の高い教師の確保のための環境整備に関する 総合的な方策について (審議のまとめ・中央教育審議会初等中等教育分科会 )でも、今後も企業の参入や、外部人材の流入を積極的に行うように教育委員会に求める文言も見られ不安を感じます。プレッシャーをかけられた教育委員会が、現場に適任の教員がいても、国に忖度して、外部人材を採用することを選ぶ可能性があります。そのことは、せっかく「小学校で英語を教えたい。」「小学生にICTスキルを身につけさせたい。」と、そのことに夢と希望をもって勉学に励んできた若い教員の意欲を挫く結果を招いています。また、採用後も自己研鑽に励むなど目標にがんばってきた先生達に対して大変失礼な動きであると思います。国という大きな組織からこのような圧力をかけられることで、政治家が想定していたよりも遥かに大きなインパクトを現場に与えている現状があり、そのことを国にも自覚して頂く必要があると考えます。現場にいないと分からない問題点を国に知らせ解決策を導いていくことは大変重要です。教育委員会は、国に忖度をして、うまくいっている事例しか国に知らせません。現場の状況を正しく知らせることがまずは重要です。国という大きな組織が介入することで、実際に働いている現場の先生達とその施策を考える人との間に気持ちのずれや行き違いを招いています。人材の配置や研修の内容など、教員に一番近い行政機関である県や市町村などの自治体に判断を委ねて頂き、国よりももう少し小さな組織で意思決定をすることができるように、国を挙げての呼びかけを控えて頂くことが重要だなと感じています。
〇 教育委員会制度が抱える問題が国の介入を容易にしている実態
教育委員会制度にも問題があります。教育委員会事務局には、学校のカリキュラム作りや教育活動をサポートする「指導主事」ポストが置かれます。例外なく教員出身者が配置されるそうです。これに加えて教員人事を担当する管理主事、課長、部長、教育次長といった幹部職員にも教員出身者がいるそうです。また、都道府県では、全事務局職員の43%が教員出身者で、政令市で27.4%、市町村だと16.6%だそうです。県の教育委員会の全事務局の職員の約半数が教員出身者であることは、文科省とのつながりが深いということを意味しています。指導主事になるには多くの都道府県で管理職試験に合格する必要があり、その管理職試験には所属校長の推薦が必要となります。人材登用が都道府県教育委員会本庁ではなく、末端の学校に委ねられています。本社人事が機能していないことは、大変問題で、私が署名活動の中で指摘している「英語の免許をもっている人をいなかったことにして、本当はいる人材の活用を先延ばしにする」ことも、この構造により可能になっています。
まず、国に忖度する文科省が、教育企業や団体などの優遇策または、その出身者の優遇策を作ります。その文科省に忖度する教育委員会は、指導主事を通してその政策の実行をするように学校現場に伝えます。その教育委員会の方針に従い、または教育委員会に忖度して各学校長は、その方針を実行します。このような構造を取ることでその責任は、各学校長に分散させることができます。このことが、10数年にわたって福岡県が「英語科の教員を活用することを先延ばしにして時間稼ぎをすること」を可能にしてきたのだと思います。だから、指導主事は、「あまり英語が得意な先生がいない小学校」を前提に、国主導の英語専科の必要性を訴えることに違和感を覚えない人、すなわち国に忖度できる人ばかりになります。実際、英語の授業研修の後のまとめの会では、「私達は、英語が得意ではありませんが、この研修に取り組むことで、できるようになりました。」と述べることが慣例化されていました。その状況を作り出すことが使命となってしまっていたのです。そのような状況の中、当然学校長は、「英語教育を自ら推進していくことができる教員に英語を担当させるのは、国主導の専科の活躍の場を奪うことになるので、やめておこう。」という発想になり、各学校に自分で英語教育を推進できそうな先生がいると、いろいろと理由をつけて英語担当から外してきました。そうやって上に忖度することができる人の中から選ばれて上がってきた指導主事の中から、指導要領を作成する文科省の調査官が選ばれていることを考えると文科省と教育委員会の結びつきは相当に深いです。文科省と教育委員会が協力関係を築くことで、どんな事実も作り上げることが可能になります。現実に小学校英語教育を担当していた調査官は、教育委員会の指導主事と一体となって国主導の英語専科が活躍できるような仕組みづくりをしながら小学校英語教育を推進していました。一度、文科省のホームページの「お問い合わせ」欄に「小学校にいる現職の英語科の人が、英語の授業をすることができていない現状を伝えた上で、英語の授業ができるように制度設計をして下さい。」とお願いのメッセージを書いて送信したことがありますが、それに対する回答を文科省から頂くことはなく、その後制度設計がなされることもありませんでした。その数日後に、県の教育委員会の相談窓口の電話番号が書かれた紙が全職員の机上に配られたことがあります。この机上に置かれた紙を見て「困ったことがあっても文科省に相談するな。県の教育委員会に言ってくれ。」と言われているのような気持になりました。そのように感じるほど、タイミングがよすぎたのです。それと同時期に校長会も開かれていました。その校長会から帰ってきた当時の校長先生は、とても慌てていて、私に向かって「本当に、あなたは、もう。」と言いました。その言葉で、その校長会と私が文科省に送ったメッセージが無関係ではないと思うようになりました。もし、私が考えたことが真実であれば、校長会も文科省の工作に協力していたことになると思います。
このような偽装工作や口止めを行っても、文科省は常に安全な場所に身を置くことができます。なぜなら、教育委員会は、事実上の出先機関ではありますが、本当の意味で、制度設計上の出先機関ではないからです。そのため、教育委員会と文科省が一緒に協力して行ったことでも、問題が生じればそのような進め方をしてきた教育委員会のせいにできます。さらに、文科省に忖度してきた教育事務所や学校長の責任にできます。本当に都合のいい制度です。
その文科省をさらにコントロールしている官邸や各省庁は、無理難題や筋が通らないことを押し付けても、最後は責任のがれができるので、自分達の都合である、政治家としての票集めに教育現場を加担させるようなことが平気でできるのだと思います。このような、責任逃れが簡単にできる状況から脱却するために教育委員会制度の廃止や見直しが必要ではないかとさえ思っています。また、県が県費採用の先生達の人事に直接介入できるように「本社人事」可能にする必要もあります。例えば、英語専科を選ぶ場合にも学校長に選ばせるのではなく、県に一括してその人員配置の規定を決めてもらうことが大事だと思います。県でルールを決めることで、国に忖度して、一生懸命それに合わせてでっちあげをする必要がなくなり、学校長の精神的な負担も軽くなるでしょう。そもそも県という大きな組織が、組織として偽装工作をすれば大問題になりますが、今回の場合は、各学校長に責任が分散しているので「忖度をした学校長が悪い。私達は、そのようなことを言ったことはない。」と言われれば言い逃れをできるような状況を作り出しています。責任の所在をはっきりさせないことで得をしているのは、教育委員会、教育事務所、文科省、各省庁、そして官邸です。一番被害を受けているのは、それらの機関に忖度して、偽装工作をさせられている学校長です。すべての責任は、学校長の責任になりますが、その指示をしているのは、それ以外の機関です。意思決定の場と責任の所在が別の場所になっていることが、無理な要求をしやすい状況を生んでいます。
もう、でっち上げをしたり、口止めをしたりする文化は終わりにしないといけません。教育委員会制度の見直しまたは廃止となるとより大きな問題になります。現場の改善をするためには退職した私ではなく、現職の先生たちが声をあげないかぎり無理なことだと思います。私の考えを押し付けるつもりはありませんが、全国にいる先生達が、政治家の票集めのために、うそをつき続ける必要はありません。本当のことを国に率直に伝えるべきです。
教育基本法第14条第2項に明記されている「法律に定める学校は、特定の政党を支持し又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」という原点に立ち返ることが大切です。
今後予想される、政治的バックグラウンドを持つ人や、企業や団体から支援を受けている人が、優先的に教育現場に入ってくることが、教育現場で政治活動を可能にしてしまうことを問題にして、よく考えていかなくてはなりません。一人では声をあげにくくても、みんなで声をあげることはできると思います。匿名でもいいので現職の先生達の署名のご協力をお願いしたいです。また、教職員ではないけれども、このような教育現場のありように疑問を持たれた方も、匿名でも構いませんので、この署名にご協力を頂けたらと思います。
〇 この署名活動の重要性
教育企業は、営利団体であり、政治的に中立であることに疑問をもっているということが私の1番の主張です。公教育が政治的に利用されることは、断じて許されるものではありません。経済的な利益を優先する一部の企業が、教育の質を落としたり、教育の内容をゆがめたりする可能性が否定できない以上、反対の声を上げるべきだと思います。ご賛同いただける方が、より多く集まり、今後この流れを止めることができることを切に願ってこの署名を始めました。ぜひ私達と一緒に、公教育の政治的利用に反対する声を届けましょう。ご署名をよろしくお願いします。
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署名活動の主旨
〇 人材派遣・研修事業を民間企業が行っている実態
私は、元小学校教員で英語専科教員の経験もさせて頂いた経験がありますが、ALT人材派遣会社などの教育企業が研修事業を請け負っていたり、ICT教育で民間企業の講師が派遣されていたりするなど、本来教員が中心となって行うべき教育活動に民間企業が参入されていることに疑問を感じ抗議致します。この動向は、教職員の専門性を軽視し、公教育の政治的中立を脅かすものとなっています。
〇 教育企業の後ろ盾に政治家がいることの問題
従来、政治的に中立の立場をとる教職員が、その公平性を担保しながら専門的な知識と技術もって教育活動を行うべきです。民間の教育企業の参入は、実際、専門性を持つ教職員の活躍の場を奪っており、本来活躍すべきである現職の教職員の働く意欲を低下させています。また、政治家などの後ろ盾がある人材が教育現場に紛れ込むと、教職員は、政治的なバックグラウンドのある職員に忖度をするしかなくなり、これまで行ってきた業務の遂行を妨げる状況に陥っています。
〇 教育企業に忖度する教育行政の実態
私は、このような教育行政を正すべく1年前に長年勤めていた小学校教員の仕事を辞め、今後、公教育がどうあるべきた考えて来ました。退職原因ともなった、現在の教育現場での経験をお話します。私が働いていた福岡県では、毎年、小学校教員採用試験で、英語の免許をもっている人を特別枠で10年以上採用していましたが、国主導で英語専科を配置しようとしている国の意向を察知して、福岡県が自分達で採用した英語の免許をもっている先生たちを集めて研修することはなく、その活用を先延ばしにしているといった実態が長く続いていました。国が考えている教育企業や人材派遣会社などの参入に忖度して、現職の先生をないがしろにしていると感じました。実際、私が、英語専科をしている間にも、私が専科を続けることができないように、県や町が別の英語専科を雇って、私の勤務校に送り込んできたり、情報交換をするための研修の場を作ってくれなかったりなど、妨害が疑われるようなことをされたこともあります。私はこのつらい経験を通して、国に忖度することなく、今いる人材をもっと活用する方向に向かって欲しいと強く願うようになりました。また、県の教育センターなどの研修も、以前は先生達で運営されていましたが、外部の企業が司会進行をしていたり、内容がマニュアル化されていたりしていることに大きな疑問をもちました。また、このように公教育を市場化する流れが続いて行いけば、公教育が政治活動に使われてしまう可能性を否定できず、断固、抗議しようという思いに至りました。
〇 今後も、政治的に後ろ盾のある人材を送り込む政策を続行
令和6年5月13日に出された「令和の日本型学校教育」を担う 質の高い教師の確保のための環境整備に関する 総合的な方策について (審議のまとめ・中央教育審議会初等中等教育分科会 )でも、今後も企業の参入や、外部人材の流入を積極的に行うように教育委員会に求める文言も見られ不安を感じます。プレッシャーをかけられた教育委員会が、現場に適任の教員がいても、国に忖度して、外部人材を採用することを選ぶ可能性があります。そのことは、せっかく「小学校で英語を教えたい。」「小学生にICTスキルを身につけさせたい。」と、そのことに夢と希望をもって勉学に励んできた若い教員の意欲を挫く結果を招いています。また、採用後も自己研鑽に励むなど目標にがんばってきた先生達に対して大変失礼な動きであると思います。国という大きな組織からこのような圧力をかけられることで、政治家が想定していたよりも遥かに大きなインパクトを現場に与えている現状があり、そのことを国にも自覚して頂く必要があると考えます。現場にいないと分からない問題点を国に知らせ解決策を導いていくことは大変重要です。教育委員会は、国に忖度をして、うまくいっている事例しか国に知らせません。現場の状況を正しく知らせることがまずは重要です。国という大きな組織が介入することで、実際に働いている現場の先生達とその施策を考える人との間に気持ちのずれや行き違いを招いています。人材の配置や研修の内容など、教員に一番近い行政機関である県や市町村などの自治体に判断を委ねて頂き、国よりももう少し小さな組織で意思決定をすることができるように、国を挙げての呼びかけを控えて頂くことが重要だなと感じています。
〇 教育委員会制度が抱える問題が国の介入を容易にしている実態
教育委員会制度にも問題があります。教育委員会事務局には、学校のカリキュラム作りや教育活動をサポートする「指導主事」ポストが置かれます。例外なく教員出身者が配置されるそうです。これに加えて教員人事を担当する管理主事、課長、部長、教育次長といった幹部職員にも教員出身者がいるそうです。また、都道府県では、全事務局職員の43%が教員出身者で、政令市で27.4%、市町村だと16.6%だそうです。県の教育委員会の全事務局の職員の約半数が教員出身者であることは、文科省とのつながりが深いということを意味しています。指導主事になるには多くの都道府県で管理職試験に合格する必要があり、その管理職試験には所属校長の推薦が必要となります。人材登用が都道府県教育委員会本庁ではなく、末端の学校に委ねられています。本社人事が機能していないことは、大変問題で、私が署名活動の中で指摘している「英語の免許をもっている人をいなかったことにして、本当はいる人材の活用を先延ばしにする」ことも、この構造により可能になっています。
まず、国に忖度する文科省が、教育企業や団体などの優遇策または、その出身者の優遇策を作ります。その文科省に忖度する教育委員会は、指導主事を通してその政策の実行をするように学校現場に伝えます。その教育委員会の方針に従い、または教育委員会に忖度して各学校長は、その方針を実行します。このような構造を取ることでその責任は、各学校長に分散させることができます。このことが、10数年にわたって福岡県が「英語科の教員を活用することを先延ばしにして時間稼ぎをすること」を可能にしてきたのだと思います。だから、指導主事は、「あまり英語が得意な先生がいない小学校」を前提に、国主導の英語専科の必要性を訴えることに違和感を覚えない人、すなわち国に忖度できる人ばかりになります。実際、英語の授業研修の後のまとめの会では、「私達は、英語が得意ではありませんが、この研修に取り組むことで、できるようになりました。」と述べることが慣例化されていました。その状況を作り出すことが使命となってしまっていたのです。そのような状況の中、当然学校長は、「英語教育を自ら推進していくことができる教員に英語を担当させるのは、国主導の専科の活躍の場を奪うことになるので、やめておこう。」という発想になり、各学校に自分で英語教育を推進できそうな先生がいると、いろいろと理由をつけて英語担当から外してきました。そうやって上に忖度することができる人の中から選ばれて上がってきた指導主事の中から、指導要領を作成する文科省の調査官が選ばれていることを考えると文科省と教育委員会の結びつきは相当に深いです。文科省と教育委員会が協力関係を築くことで、どんな事実も作り上げることが可能になります。現実に小学校英語教育を担当していた調査官は、教育委員会の指導主事と一体となって国主導の英語専科が活躍できるような仕組みづくりをしながら小学校英語教育を推進していました。一度、文科省のホームページの「お問い合わせ」欄に「小学校にいる現職の英語科の人が、英語の授業をすることができていない現状を伝えた上で、英語の授業ができるように制度設計をして下さい。」とお願いのメッセージを書いて送信したことがありますが、それに対する回答を文科省から頂くことはなく、その後制度設計がなされることもありませんでした。その数日後に、県の教育委員会の相談窓口の電話番号が書かれた紙が全職員の机上に配られたことがあります。この机上に置かれた紙を見て「困ったことがあっても文科省に相談するな。県の教育委員会に言ってくれ。」と言われているのような気持になりました。そのように感じるほど、タイミングがよすぎたのです。それと同時期に校長会も開かれていました。その校長会から帰ってきた当時の校長先生は、とても慌てていて、私に向かって「本当に、あなたは、もう。」と言いました。その言葉で、その校長会と私が文科省に送ったメッセージが無関係ではないと思うようになりました。もし、私が考えたことが真実であれば、校長会も文科省の工作に協力していたことになると思います。
このような偽装工作や口止めを行っても、文科省は常に安全な場所に身を置くことができます。なぜなら、教育委員会は、事実上の出先機関ではありますが、本当の意味で、制度設計上の出先機関ではないからです。そのため、教育委員会と文科省が一緒に協力して行ったことでも、問題が生じればそのような進め方をしてきた教育委員会のせいにできます。さらに、文科省に忖度してきた教育事務所や学校長の責任にできます。本当に都合のいい制度です。
その文科省をさらにコントロールしている官邸や各省庁は、無理難題や筋が通らないことを押し付けても、最後は責任のがれができるので、自分達の都合である、政治家としての票集めに教育現場を加担させるようなことが平気でできるのだと思います。このような、責任逃れが簡単にできる状況から脱却するために教育委員会制度の廃止や見直しが必要ではないかとさえ思っています。また、県が県費採用の先生達の人事に直接介入できるように「本社人事」可能にする必要もあります。例えば、英語専科を選ぶ場合にも学校長に選ばせるのではなく、県に一括してその人員配置の規定を決めてもらうことが大事だと思います。県でルールを決めることで、国に忖度して、一生懸命それに合わせてでっちあげをする必要がなくなり、学校長の精神的な負担も軽くなるでしょう。そもそも県という大きな組織が、組織として偽装工作をすれば大問題になりますが、今回の場合は、各学校長に責任が分散しているので「忖度をした学校長が悪い。私達は、そのようなことを言ったことはない。」と言われれば言い逃れをできるような状況を作り出しています。責任の所在をはっきりさせないことで得をしているのは、教育委員会、教育事務所、文科省、各省庁、そして官邸です。一番被害を受けているのは、それらの機関に忖度して、偽装工作をさせられている学校長です。すべての責任は、学校長の責任になりますが、その指示をしているのは、それ以外の機関です。意思決定の場と責任の所在が別の場所になっていることが、無理な要求をしやすい状況を生んでいます。
もう、でっち上げをしたり、口止めをしたりする文化は終わりにしないといけません。教育委員会制度の見直しまたは廃止となるとより大きな問題になります。現場の改善をするためには退職した私ではなく、現職の先生たちが声をあげないかぎり無理なことだと思います。私の考えを押し付けるつもりはありませんが、全国にいる先生達が、政治家の票集めのために、うそをつき続ける必要はありません。本当のことを国に率直に伝えるべきです。
教育基本法第14条第2項に明記されている「法律に定める学校は、特定の政党を支持し又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」という原点に立ち返ることが大切です。
今後予想される、政治的バックグラウンドを持つ人や、企業や団体から支援を受けている人が、優先的に教育現場に入ってくることが、教育現場で政治活動を可能にしてしまうことを問題にして、よく考えていかなくてはなりません。一人では声をあげにくくても、みんなで声をあげることはできると思います。匿名でもいいので現職の先生達の署名のご協力をお願いしたいです。また、教職員ではないけれども、このような教育現場のありように疑問を持たれた方も、匿名でも構いませんので、この署名にご協力を頂けたらと思います。
〇 この署名活動の重要性
教育企業は、営利団体であり、政治的に中立であることに疑問をもっているということが私の1番の主張です。公教育が政治的に利用されることは、断じて許されるものではありません。経済的な利益を優先する一部の企業が、教育の質を落としたり、教育の内容をゆがめたりする可能性が否定できない以上、反対の声を上げるべきだと思います。ご賛同いただける方が、より多く集まり、今後この流れを止めることができることを切に願ってこの署名を始めました。ぜひ私達と一緒に、公教育の政治的利用に反対する声を届けましょう。ご署名をよろしくお願いします。
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意思決定者
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2024年6月22日に作成されたオンライン署名