

すでに多くのメディアで報じられていますが、先日5月14日にジャニーズ事務所が公式見解を発表しました。
あれから1週間が過ぎてしまいましたが、事務所見解について私が感じたことを整理しておきたいと思います。
1.ようやく・・
発表文面でも対応が遅くなったことへのお詫びをしていますが、本当に遅かった。
※4月12日の共同通信への返答コメントは具体事案に触れない一方通行の内容、4月21日に報道された文書は特定の取引先に向けて作られたものであることから、とても公式声明としてはカウントできるものではありませんでした。
2000年代の高裁判決からの数十年というスパンで見ても、3月頭のBBCの放送からの数か月というスパンで見ても、明らかに遅すぎた対応に「評価する」という言葉はとても使えません。
BBCの報道があってからの丸2か月間、ジャニーズ事務所は悶え苦しむ被害者や現役タレントやファンや世の中を目の当たりにしながらも、ずっと押し黙ってきたのです。
『昨今の報道に関して事務所として確認中です』の一言だけでも良かったのです。細切れでも不器用でもいいから、関係者へのリスペクトの姿勢をもっと早い段階で示してほしかった。
その点は非常に残念でなりません。
一方で、事態が動き始めたという点では、20年前と決定的に違う流れが今きています。
それが大きな救いです。
2.“故人だからわからない” は理由にならない
当事者が故人であることで困るとすれば「本人にヒアリングできない」「捜査機関や被害者から本人にアプローチする方法がない」点でしょうか。
ただ、私が逆に聞きたいのが『本人に聞けさえすればスムーズに解決していたのですか?』ということ。
本人に聞けるかどうかが重要であることは認識していますが、それが欠けると何も調べられないというのは、甘えやごまかしとしか思えません。
仮に「事実」と断定できないとしても、調査により「このような状況にあった可能性が高い/十分にある」という認識にはたどり着けるのではないでしょうか。
3.‘被害者への配慮’ を都合よく盾に使わないで
「調査段階で、本件でのヒアリングを望まない方々も対象となる可能性が大きいこと、ヒアリングを受ける方それぞれの状況や心理的負荷に対しては、外部の専門家からも十分注意し、慎重を期する必要があると指導を受けたこと」
を理由に、第三者委員会の設置は行わないと書かれています。
1つどうしても言いたいのが、『被害者の声を勝手に代弁しないでください』ということです。
私たち第三者は、本当の意味で彼らの代弁をすることはできません。なぜなら彼ら自身ではないからです。そして、無理やり彼らの代弁をすることが正義だとも思いません。
何を思って何を語るのかは、彼ら自身の選択。
私たち社会がするべきは、真摯に耳を傾けること、その一点です。
「深掘りされたくないから」「難しい問題だから」「向き合うのがつらいから」という気持ちを、「被害者のためを思って」という綺麗な言葉でカモフラージュしないでください。
何が起きたのか現状把握ができなければ、その先の謝罪も心のケアも再発防止対策も何もできません。問題が起きたときにまず現状把握が必要、というのは世の一般常識です。
多くの専門家と協力して全力で対応するのであれば、一方的に被害者の代弁をして調査を行わないという方向ではなく、最大限のケアにより負担を低減しながら調査を行う方向を模索するべきです。
「真摯に耳を傾けること」それが私たち社会が示せる最大のリスペクトだと、私は考えています。
4.当事者と社会が直接やり取りせざるを得ない状況がそもそも異常
これは事務所だけに対してというよりも、今の世の中の状況を含めて思うことです。
インターネット社会が発達し個人同士が容易にコミュニケーションをとれる現代では、ある程度仕方がない面もありますが、
当事者とされる人たちとそれ以外の社会の第三者が直接的に強い感情や攻撃的な言葉でやり取りをしている状況が、そもそも異常だと気づいてほしい。
本来ならそこには問題を解決しようとする別の ‘主体’ がいて、彼らが緩衝材となるはずだからです。
今は加害者とされる人物が亡くなっているため直接的に動けないのかもしれませんが、この問題は本当であれば、まずは捜査機関が介入して事情聴取等含めた捜査をおこなうべき事柄です。
そして捜査機関が直接動けなかったとしても、社会の中で運営され社会的責任を負う1企業として、会社関係者が責任を持って行動すべきでした。
14日の事務所発表で多少状況は前進しましたが、それまでの間は本来動いているべき ‘主体’ が明らかに欠落していました。
だから、当事者同士や当事者と社会が直接的で攻撃的なやり取りに巻き込まれてしまっていたのです。
以上です。