
この度は、DV・虐待の問題をいっしょに考えてくださってありがとうございます。
今日は、本文の提言3で主張させていただいた「片親疎外」という概念の誤りとその言葉が子どもの福祉に深刻な弊害を及ぼしている現状についてお話させて下さい。
【「片親疎外」とは】
「片親疎外」という言葉を聞いたことがありますか。
この言葉が使われる典型的な例を一つ挙げます。
「突然配偶者が子どもを連れて家を出て行った。自分は何もしていない。何も問題はなかった。」
→(ネットで似たような状況の人やその支援者の情報を得て)「片親疎外は虐待だ!誘拐だ!未成年者略取罪で訴えろ!」
しかし、ちょっと考えてみてください。子どもを連れて別居することは、環境の変化への対応や金銭面での負担等大きな苦労を伴います。理由もなくそんなことをするでしょうか。
その場にいたら辛くて苦しくてもはや耐えられない状況だったから勇気を出して逃げたのだ、という可能性もあるのではないでしょうか。そして、その状況には「DV・虐待」が潜んでいるかもしれません。
「片親疎外」は、DV・虐待から子連れ避難した親を誹謗中傷するだけでなく、委縮させてDV・虐待から逃れにくくする危険な言葉なのです。
【提唱者ガードナー】
片親疎外症候群PAS(Parental Alienation Syndrome)とは、1980年代にアメリカの児童精神科医リチャード・ガードナーが作り出した概念です。
ガードナーとはどのような人物でしょうか。スイスの団体CIDE(子どもの尊厳のための国際委員会)によれば、次のようなエピソードがあります。
・ガードナーが片親疎外症候群を作った目的は、性的虐待を行った親がそれを否定する虚偽の主張の証拠とするためではないかと論争されています。
・ガードナー自身も小児性愛者的な行動をとっており、信ぴょう性の低い説明で彼自身を正当化しようとしたと言われています。
・片親疎外症候群は精神医学や心理学の分野で有効と認められたことはありません。ガードナー自身も酷評され、最後に発狂し自殺に至るまでに、片親疎外症候群を放棄すべきでした。
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「片親疎外」には裏付けとなる分析は存在せず、科学的根拠はありません。
そこにあるのは、子どもが親に拒否的な態度をとるのは同居親による子どもの洗脳であり、それは虐待にあたるという偏った信念のみです。
【海外での弊害】
ここで最も問題になるのはDV・虐待ケースの場合です。子どもが親に拒否的な態度をとった場合、その原因が洗脳であるかどうか判断する方法は何もないにもかかわらず、加害親によって「片親疎外」が主張されるからです。
フランスでは、2013年に最高司法裁判所の判決でこの概念が採用され、以来、虐待や小児性愛で訴えられた父親を弁護するためのシステム化されたツールとなってしまいました。そして、現在に至るまで、DVの発見を妨げていると言われています。
また、アメリカ人法学者ジョアンマイヤーの研究によれば、「片親疎外」が主張されたケースでは裁判官がDV・虐待を認定する確率が大幅に減るそうで、この言葉の影響力に比例する弊害の大きさが懸念されます。
最近では、「片親疎外」による被害が深刻な国の一つであるイギリスで、家庭裁判所が自ら任命した自称心理学の専門家による「片親疎外」理論を採用した結果、一人の母親が監護権を失い、上訴も却下されたという事件がありました(2022年12月)。
また、フランスでは、性的虐待を訴えた娘が行政によって保護されず、母親が子どもを連れてスイスへ逃げた結果、5年と25,000ユーロの罰金を科されたということが問題視され、署名活動や政治家を巻き込む大きな運動に発展しています。
【日本での弊害】
面会交流の調停や審判で、子どもが別居親に会いたいかどうか聞かれ、「会いたくない」と答えた場合、同居親による悪影響だと決めつけられ、会うことを促されるのは「片親疎外」に類する考え方です。「会いたくない」=「片親疎外」と安直に結び付けてしまえば、子どもの意思は打ち消されてしまいます。
Kids Voice Japanが募集した国連人権理事会(The Women's Coalition)アンケートによれば、面会交流の調停や審判を経験したDV虐待を訴える女性51名の内33名が「片親疎外」という言葉で別居親から非難され、裁判官や調停委員から加害親と対等に話を聞かれなかったり、DV・虐待を訴えたにもかかわらず見逃したり過小評価されたりした、と回答しています。
会いたくないという気持ちに反して面会交流を強制された子どもたちは、心に深い傷を負い、PTSD、抑うつ、不登校などに結び付くケースも多いです。また、強制された人間関係であるがゆえに、長期的に見ればかえって別居親とうまくいかなくなる子どももいます。目先の面会交流を強行することによる取り返しのつかない弊害を、面会交流を命令する権限を持つ裁判所には理解していただきたいです。「片親疎外」は、子どもの現在の気持ちを理解し、将来にわたる利益を考える努力を放棄しかねない危険性を持つ言葉であり、考え方です。
【根絶に向けて】
・アメリカ心理学会『片親引き離し症候群に関する声明』(2008年)
「片親引き離し症候群」という用語の使用に懸念を表明
・欧州評議会『家庭内暴力と親権が女性と子供に与える影響に関する決議』(2021年10月)
EU加盟国に片親疎外と類する概念の使用禁止勧告
法律で片親疎外の使用を禁止しているにもかかわらず、家裁で片親疎外に基づいた理論が使われていることを指摘
・欧州評議会『GREVIO 第三次総合報告書』(2022年6月14日)
DV・虐待の最小化が「片親疎外」概念の使用の増加と密接に関係している危険性を指摘
・国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の 欧州評議会に対する片親疎外とそれに類する概念の使用禁止を求める勧告(2022年10月)
・ 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR) 『国連専門家がブラジル新政府へ女性への暴力と片親疎外の法律を廃止することを求める』(2022年11月4日)
・国連『「片親疎外」あるいはそれに類似する概念の乱用がDV被害者への二次被害へとつながっている情報についての提供を呼びかけ(2022年12月15日締切)』
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以上のように、「片親疎外」という言葉は、子どもの言葉の価値を軽視し、子どもの意思の存在を否定するものです。それにもかかわらず、この言葉が使われ続け、子どもの福祉の侵害や人権の無視が行われている現状をどうか知ってください。そして、この言葉が無自覚あるいは加害的な意図をもって使われ続けている理由を考えてみてくださるようお願い申し上げます。
「片親疎外の発明は、典型的なミソジニストに表面的な知識をつけ、結果として、被害者の証言が真剣に受け取られなくなっている。」(Pierre-Guillaume Prigent、Gwénola Sueur,『片親疎外という疑似理論で得をするのは誰か?』)