逗子 持田遺跡を無くさないで!― 都市計画決定前の十分な調査と情報公開を求めます #長柄桜山古墳


逗子 持田遺跡を無くさないで!― 都市計画決定前の十分な調査と情報公開を求めます #長柄桜山古墳
署名活動の主旨
神奈川県逗子市、葉山町で進められている「三浦半島中央道路」および関連するトンネル計画により
現在、持田遺跡を含む貴重な埋蔵文化財・住居跡が、市民に十分に知らされないままに山ごと失われようとしています。
持田遺跡は、単なる「古い土地」ではありません。
県内最大級を誇る「国指定文化財」長柄桜山古墳群の存在とともに、桜山丘陵一帯が歴史的に重要な場所であると公式に記載されています。
過去の調査では、弥生時代より人々が暮らしていた痕跡=住居跡や生活の跡が確認されており、この土地が、長い年月にわたり人の営みとともにあったことを物語っています。
しかし現在、この重要な遺跡について、都市計画が決定される前に、十分な調査が行われていない。
調査内容や文化的価値が、市民にほとんど知らされていない。
「工事ありき」で計画が進められている。
という深刻な問題があります。
一度、都市計画が決定され、工事が始まってしまえば、
遺跡や住居跡は二度と元には戻りません。
これは「一部の人の問題」ではなく、この地域に暮らす私たち全員、そして未来の世代の問題です。
道路は後からでも造れます。
しかし、失われた歴史と文化は、二度と取り戻せません。
私たちは、以下のことを強く求めます。
①都市計画決定 前に持田遺跡および周辺地域の十分な文化財調査を行うこと
②調査結果を、市民にわかりやすく公開すること
③文化財保護の観点から、計画の是非を改めて検討すること
どうか、この声を行政に届けるため、署名にご協力ください。
未来の子どもたちに、「なぜ守らなかったのか」と問われない選択を、今ここで一緒にしてほしいのです。
【逗子の自然と歴史遺産を考える会】
~持田遺跡について
持田遺跡(桜山5丁目、現在の療育教育総合センター付近)は、弥生時代から奈良平安時代にわたる大規模な集落の跡です。これまでの発掘調査で、多くの竪穴住居跡や土器などが出土しました。平成30年2月23日付けで、「持田遺跡出土の石製装身具及び玉作関係資料 9点」が市重要文化財に指定されました。
[考古資料9点]
石釧1点、大形管玉1点、管玉2点、勾玉3点、
管玉未成品1点、石片1点
[時代]
古墳時代前期後半(4世紀後半)丹沢産と思われる石材で作られた石釧(腕輪)と大形の管玉は、当時の有力者が自らの威信を示すもので、古墳に副葬されるのが通常ですが、集落跡からの出土は大変希少です。また、管玉の未完成品や破片の存在から、この周辺で玉作りが行われていたことがわかります。これらの石製品類は、県内最大級を誇る長柄桜山古墳群の存在とともに、桜山丘陵一帯が歴史的に重要な場所であったことを示しており、古墳の被葬者像を考えるうえで、また他の地域との間で物や技術がどのように交流したのかを解明するうえで、大きな役割を果たす貴重な資料です。
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署名活動の主旨
神奈川県逗子市、葉山町で進められている「三浦半島中央道路」および関連するトンネル計画により
現在、持田遺跡を含む貴重な埋蔵文化財・住居跡が、市民に十分に知らされないままに山ごと失われようとしています。
持田遺跡は、単なる「古い土地」ではありません。
県内最大級を誇る「国指定文化財」長柄桜山古墳群の存在とともに、桜山丘陵一帯が歴史的に重要な場所であると公式に記載されています。
過去の調査では、弥生時代より人々が暮らしていた痕跡=住居跡や生活の跡が確認されており、この土地が、長い年月にわたり人の営みとともにあったことを物語っています。
しかし現在、この重要な遺跡について、都市計画が決定される前に、十分な調査が行われていない。
調査内容や文化的価値が、市民にほとんど知らされていない。
「工事ありき」で計画が進められている。
という深刻な問題があります。
一度、都市計画が決定され、工事が始まってしまえば、
遺跡や住居跡は二度と元には戻りません。
これは「一部の人の問題」ではなく、この地域に暮らす私たち全員、そして未来の世代の問題です。
道路は後からでも造れます。
しかし、失われた歴史と文化は、二度と取り戻せません。
私たちは、以下のことを強く求めます。
①都市計画決定 前に持田遺跡および周辺地域の十分な文化財調査を行うこと
②調査結果を、市民にわかりやすく公開すること
③文化財保護の観点から、計画の是非を改めて検討すること
どうか、この声を行政に届けるため、署名にご協力ください。
未来の子どもたちに、「なぜ守らなかったのか」と問われない選択を、今ここで一緒にしてほしいのです。
【逗子の自然と歴史遺産を考える会】
~持田遺跡について
持田遺跡(桜山5丁目、現在の療育教育総合センター付近)は、弥生時代から奈良平安時代にわたる大規模な集落の跡です。これまでの発掘調査で、多くの竪穴住居跡や土器などが出土しました。平成30年2月23日付けで、「持田遺跡出土の石製装身具及び玉作関係資料 9点」が市重要文化財に指定されました。
[考古資料9点]
石釧1点、大形管玉1点、管玉2点、勾玉3点、
管玉未成品1点、石片1点
[時代]
古墳時代前期後半(4世紀後半)丹沢産と思われる石材で作られた石釧(腕輪)と大形の管玉は、当時の有力者が自らの威信を示すもので、古墳に副葬されるのが通常ですが、集落跡からの出土は大変希少です。また、管玉の未完成品や破片の存在から、この周辺で玉作りが行われていたことがわかります。これらの石製品類は、県内最大級を誇る長柄桜山古墳群の存在とともに、桜山丘陵一帯が歴史的に重要な場所であったことを示しており、古墳の被葬者像を考えるうえで、また他の地域との間で物や技術がどのように交流したのかを解明するうえで、大きな役割を果たす貴重な資料です。
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2026年1月3日に作成されたオンライン署名