知床岬における大規模太陽光パネル群の建設に反対します。7/10まで!

署名活動の主旨

北海道の東に突き出た知床半島。

知床の豊かな自然環境は後世に必ず残さなければならない、と保護を目的として1964年に国立公園に指定されました。
当時の国立公園は観光利用がほとんどで、保護を目的とした指定は非常に珍しいものでした。

海と陸の自然環境が密接に影響し合い、多様な生物相と生物間相互作用に支えられた豊かな生態系を形成しています。
その豊かな生態系が評価され、2005年に日本国内で初めて海洋を含む自然遺産に登録されました。


今年は国立公園指定60周年、そして来年には世界自然登録20周年を迎えます。


このような記念すべき年に、大規模工事を伴う携帯電話基地局とその電力供給のための太陽光パネル群が、7,000㎡あまりの敷地(サッカーコートとほぼ同等の広さ)に建設される計画が明らかになりました。

貴重な自然草原を掘削してケーブルを埋める敷地などを加えると総計 10,000 m²を超えるものです。

強風が吹く地域のため、3mを超える壁を建設して囲む計画だそうです。

環境が破壊されるだけでなく、壁や太陽光パネルによって景観も損なわれてしまうのです。雄大な知床の自然をみにきて、船から見える世界遺産地域に太陽光パネルや高い壁が並んでいるとどう感じるでしょう。


知床岬は、簡単には立ち入ることができない雄大な自然が残されており、貴重な動植物が数多く生息しています。
長い長い年月をかけて育まれてきた環境を破壊するのは一瞬ですが、復元することは非常に困難です。

太陽光パネルは永久的なものではありません。
太陽光パネルが故障し、ゴミとなった場合はどこに保管するのでしょうか?これ以上地球上にごみを増やすことは次世代へ素晴らしい環境ではなく、負の遺産を残すことになりかねません。


太古から続き先人たちが守ってきた土地へ、必要とは思えない開発の手を加えることには到底賛成はできません。
斜里町長からはすでに携帯電話基地局工事の見直しを求める声明が出されていますが、知床の地を先人たちから引き継ぎ、守り、次の世代へと残していかなければならない私たち地元住民も反対の意思を強く表明し、その手段として署名活動を行います。

安全面には必要なのではないか、何が問題なのか、さまざまな疑問やご意見があると思います。

下記にいくつかQ&Aを載せましたので読んでみてください。

 

知床岬携帯電話基地局問題Q&A

▶︎きちんと調査されて問題がないから決定されたのでは?何が問題なのですか?

→驚くべきことですが、科学的調査は行われていません。周辺には様々な動植物が生息しています。
また、今年の3月末に鹿児島県で発生したメガソーラー火災では鎮火までに20時間を要しました。
知床岬で火災が起こってしまった場合、すぐに対応できる機関がありません。大規模な山火事につながる可能性もあります。

 

▶︎岬付近で活動する人にとっては携帯電話がつながる方が安全・安心なのではないか?

→知床岬付近をフィールドにお仕事をされている方や、そのような方を家族に持つ方にとって知床岬の突端まで携帯の電波が届くようになるということは安心材料にはなるでしょう。
しかしながら、現状でも知床岬のわずか1〜2km手前までは通話可能な状態となっており、予定されている既存の基地局の強化でさらに電波状況は良くなるはずです。また、新規に計画されている羅臼側のニカリウス基地局が稼働すればさらに通話範囲が拡大するそうです。
知床岬付近で操業する漁船に関しては、ほとんどが漁業無線か船舶電話を搭載しており、または搭載していない磯舟で岬突端部まで行く漁業者はごくわずかです。
陸部で活動する方達は、そのほとんどが自然保護や環境保全業務に従事しています。彼らは野外活動のエキスパートでもあり、自己の安全管理には十分な能力を有していることに加え、そのような業務のために自然環境を破壊するというのは本末顛倒です。

また、私たちはカバーエリアの拡大や基地局の増強・建設そのものには反対はしていません。
前述の理由から、今大急ぎで知床岬で携帯電話を通じさせる必要性はないと考えています。
今後の携帯型衛星通信等の進歩が期待できる中での性急な太陽光パネル群の建設に反対し、環境を破壊しない、最小限に抑える方法の模索を求めるものです。

 

▶︎観光遊覧船の事故のような悲劇がまた起こるのではないか?

→2022年4月に発生した知床遊覧船の沈没事故に関して、我々地元住民も心を傷めております。被害にあわれた方々と、そのご家族の皆様が少しでも安らげるようになることを祈らない日はありません。
事故に関連付けて基地局の建設を推進する声もありますが、事故の発生は観光船運行会社の杜撰な安全管理体制に問題があり、携帯電話の電波がつながることによって防げたものではありません。国交省は、すでに安全のために義務づける法定無線設備から携帯電話を除外して、船舶電話や他の無線設備の設置を義務付けています。船舶の安全対策と携帯を通話可能にすることは関係がありません。
 

▶︎事故被害者のご家族の気持ちを考えると反対とはいえません。

→事故にあわれた方は、おそらく知床の雄大な自然への期待を少なからず抱いて乗船されたことと思います。
景色・自然を損ねるこの事業が進められる理由として、被害にあわれた方々やそのご家族を引き合いに出すことは、的を得ていないと感じています。
被害者の方、ご家族の方の傷が癒えることはないと思いますが、見たいと思っていた自然・景観を守って行くことで慰霊の一つになることを望んでいます。

 

本ページでの署名は7月10日までで締め切ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

知床の自然を愛する住民の会

会長 午来 昌(ごらい さかえ)よりメッセージ
知床に生きる私たちはその誇りを捨てず、自然を守る責任があります。自然を優先して守ってきたからこそ、知床には豊かな海と森があり、私たちはその恩恵を受けてきたはずです。この小さな活動が大きく育つよう、皆さまご協力どうぞよろしくお願いいたします。

午来 昌 プロフィール
1936(昭和11)年、開拓農家の三代目、8人兄弟の長男として北海道斜里町ウトロに生まれる。
15歳のとき父を山の造材飯場で亡くし、以後母と共に一家の農業を支える。知床の山を愛し、10代の後半から本格的な山歩きを始め、全国から知床を訪れる研究者や登山家、マスコミ、映像会社などのガイドも務めた。
1967年から83年まで、斜里町議会議員。その間、田中角栄の「日本列島改造論」に代表される開発最優先の社会潮流に異議をとなえながら、「知床100平方メートル運動」や知床における自然保護運動の中心メンバーとして活動。
1986年、林野庁北見営林支局が知床国有林の伐採計画を発表すると、いち早く反対運動を展開。87年4月の町長選に自然保護派のリーダーとして出馬。大激戦を制して斜里町長に就任した。
町長一期目は、日本がバブル景気に狂奔した時代。町に持ち込まれたさまざまなリゾート計画を阻止。
93年からは知床の世界自然遺産への登録をめざして活動。多くの関係者や町民と力を合わせ、2005年7月、その夢を実現させる。
2007年4月、5期20年にわたる町長職を勇退。生まれてから今日まで知床の大地に深く根差し、日本と世界を見すえる目と思考力を磨いてきた。
現在も、自然保護や地球環境問題を軸にした発言と行動を続けている。

著書『大地の遺産 知床からのメッセージ』(2007年/響文社刊)より

 

署名活動成功!
46,062人の賛同者により、成功へ導かれました!

署名活動の主旨

北海道の東に突き出た知床半島。

知床の豊かな自然環境は後世に必ず残さなければならない、と保護を目的として1964年に国立公園に指定されました。
当時の国立公園は観光利用がほとんどで、保護を目的とした指定は非常に珍しいものでした。

海と陸の自然環境が密接に影響し合い、多様な生物相と生物間相互作用に支えられた豊かな生態系を形成しています。
その豊かな生態系が評価され、2005年に日本国内で初めて海洋を含む自然遺産に登録されました。


今年は国立公園指定60周年、そして来年には世界自然登録20周年を迎えます。


このような記念すべき年に、大規模工事を伴う携帯電話基地局とその電力供給のための太陽光パネル群が、7,000㎡あまりの敷地(サッカーコートとほぼ同等の広さ)に建設される計画が明らかになりました。

貴重な自然草原を掘削してケーブルを埋める敷地などを加えると総計 10,000 m²を超えるものです。

強風が吹く地域のため、3mを超える壁を建設して囲む計画だそうです。

環境が破壊されるだけでなく、壁や太陽光パネルによって景観も損なわれてしまうのです。雄大な知床の自然をみにきて、船から見える世界遺産地域に太陽光パネルや高い壁が並んでいるとどう感じるでしょう。


知床岬は、簡単には立ち入ることができない雄大な自然が残されており、貴重な動植物が数多く生息しています。
長い長い年月をかけて育まれてきた環境を破壊するのは一瞬ですが、復元することは非常に困難です。

太陽光パネルは永久的なものではありません。
太陽光パネルが故障し、ゴミとなった場合はどこに保管するのでしょうか?これ以上地球上にごみを増やすことは次世代へ素晴らしい環境ではなく、負の遺産を残すことになりかねません。


太古から続き先人たちが守ってきた土地へ、必要とは思えない開発の手を加えることには到底賛成はできません。
斜里町長からはすでに携帯電話基地局工事の見直しを求める声明が出されていますが、知床の地を先人たちから引き継ぎ、守り、次の世代へと残していかなければならない私たち地元住民も反対の意思を強く表明し、その手段として署名活動を行います。

安全面には必要なのではないか、何が問題なのか、さまざまな疑問やご意見があると思います。

下記にいくつかQ&Aを載せましたので読んでみてください。

 

知床岬携帯電話基地局問題Q&A

▶︎きちんと調査されて問題がないから決定されたのでは?何が問題なのですか?

→驚くべきことですが、科学的調査は行われていません。周辺には様々な動植物が生息しています。
また、今年の3月末に鹿児島県で発生したメガソーラー火災では鎮火までに20時間を要しました。
知床岬で火災が起こってしまった場合、すぐに対応できる機関がありません。大規模な山火事につながる可能性もあります。

 

▶︎岬付近で活動する人にとっては携帯電話がつながる方が安全・安心なのではないか?

→知床岬付近をフィールドにお仕事をされている方や、そのような方を家族に持つ方にとって知床岬の突端まで携帯の電波が届くようになるということは安心材料にはなるでしょう。
しかしながら、現状でも知床岬のわずか1〜2km手前までは通話可能な状態となっており、予定されている既存の基地局の強化でさらに電波状況は良くなるはずです。また、新規に計画されている羅臼側のニカリウス基地局が稼働すればさらに通話範囲が拡大するそうです。
知床岬付近で操業する漁船に関しては、ほとんどが漁業無線か船舶電話を搭載しており、または搭載していない磯舟で岬突端部まで行く漁業者はごくわずかです。
陸部で活動する方達は、そのほとんどが自然保護や環境保全業務に従事しています。彼らは野外活動のエキスパートでもあり、自己の安全管理には十分な能力を有していることに加え、そのような業務のために自然環境を破壊するというのは本末顛倒です。

また、私たちはカバーエリアの拡大や基地局の増強・建設そのものには反対はしていません。
前述の理由から、今大急ぎで知床岬で携帯電話を通じさせる必要性はないと考えています。
今後の携帯型衛星通信等の進歩が期待できる中での性急な太陽光パネル群の建設に反対し、環境を破壊しない、最小限に抑える方法の模索を求めるものです。

 

▶︎観光遊覧船の事故のような悲劇がまた起こるのではないか?

→2022年4月に発生した知床遊覧船の沈没事故に関して、我々地元住民も心を傷めております。被害にあわれた方々と、そのご家族の皆様が少しでも安らげるようになることを祈らない日はありません。
事故に関連付けて基地局の建設を推進する声もありますが、事故の発生は観光船運行会社の杜撰な安全管理体制に問題があり、携帯電話の電波がつながることによって防げたものではありません。国交省は、すでに安全のために義務づける法定無線設備から携帯電話を除外して、船舶電話や他の無線設備の設置を義務付けています。船舶の安全対策と携帯を通話可能にすることは関係がありません。
 

▶︎事故被害者のご家族の気持ちを考えると反対とはいえません。

→事故にあわれた方は、おそらく知床の雄大な自然への期待を少なからず抱いて乗船されたことと思います。
景色・自然を損ねるこの事業が進められる理由として、被害にあわれた方々やそのご家族を引き合いに出すことは、的を得ていないと感じています。
被害者の方、ご家族の方の傷が癒えることはないと思いますが、見たいと思っていた自然・景観を守って行くことで慰霊の一つになることを望んでいます。

 

本ページでの署名は7月10日までで締め切ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

知床の自然を愛する住民の会

会長 午来 昌(ごらい さかえ)よりメッセージ
知床に生きる私たちはその誇りを捨てず、自然を守る責任があります。自然を優先して守ってきたからこそ、知床には豊かな海と森があり、私たちはその恩恵を受けてきたはずです。この小さな活動が大きく育つよう、皆さまご協力どうぞよろしくお願いいたします。

午来 昌 プロフィール
1936(昭和11)年、開拓農家の三代目、8人兄弟の長男として北海道斜里町ウトロに生まれる。
15歳のとき父を山の造材飯場で亡くし、以後母と共に一家の農業を支える。知床の山を愛し、10代の後半から本格的な山歩きを始め、全国から知床を訪れる研究者や登山家、マスコミ、映像会社などのガイドも務めた。
1967年から83年まで、斜里町議会議員。その間、田中角栄の「日本列島改造論」に代表される開発最優先の社会潮流に異議をとなえながら、「知床100平方メートル運動」や知床における自然保護運動の中心メンバーとして活動。
1986年、林野庁北見営林支局が知床国有林の伐採計画を発表すると、いち早く反対運動を展開。87年4月の町長選に自然保護派のリーダーとして出馬。大激戦を制して斜里町長に就任した。
町長一期目は、日本がバブル景気に狂奔した時代。町に持ち込まれたさまざまなリゾート計画を阻止。
93年からは知床の世界自然遺産への登録をめざして活動。多くの関係者や町民と力を合わせ、2005年7月、その夢を実現させる。
2007年4月、5期20年にわたる町長職を勇退。生まれてから今日まで知床の大地に深く根差し、日本と世界を見すえる目と思考力を磨いてきた。
現在も、自然保護や地球環境問題を軸にした発言と行動を続けている。

著書『大地の遺産 知床からのメッセージ』(2007年/響文社刊)より

 

意思決定者

松本 剛明
松本 剛明
総務大臣
伊藤 信太郎
伊藤 信太郎
環境大臣
青山 豊久
青山 豊久
林野庁長官
鈴木 直道
鈴木 直道
北海道知事
山内 浩彰
山内 浩彰
斜里町長
オンライン署名に関するお知らせ
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2024年5月31日に作成されたオンライン署名