あまりに見え透いた出来レースである。安倍晋三前首相に任意で事情聴取し、その言い分を丸のみして安倍本人は不起訴、秘書一人が裁判にもかけられず略式起訴100万円の罰金。これでやったフリ捜査終了だと。これまでも各種のスクープ報道がなされてきた通り、検察最高責任者の林真琴検事総長は内部でのスキャンダルを官邸に握られて裏取引材料にされ、河井克行夫妻の選挙買収資金を提供した安倍・自民党の交付罪疑惑にもフタをするなど数多の疑惑を自己保身のために見逃してきた。
今回林検察が不起訴の理由とした「政治資金収支報告者の記載内容を把握していたという共謀を認める証拠はない」は、安倍晋三の説明だけが根拠であり、「特別捜査」した影も形もない。現に「安倍事務所にもホテルニューオータニに対しても家宅捜索もせず、安倍秘書によるホテル関係者へのドーカツ・強要罪の立証なども手つかずである。」(本澤二郎・「日本の風景」3945号2020年12月25日付け)
当然のことながら野党やマスコミからは刑事責任はともかく、総理大臣職にあった「政治責任」「道義的責任」を問う声が高くなっているが、「自分は何も知らなかった、すべて秘書がやったこと」という言い訳が受け入れられたとしても絶対に免れることのできぬ決定的な2つの責任が厳然として存在する:
1. 管理責任
仮に自分がまったく知らず、秘書がすべて勝手にやったことだというなら、まず問われるのが監督者としての管理責任である。一般社会では、部下の罪であってもトップが引責辞任するのが常識である。側近の違法、不当な行為に全く気づかぬような間抜け人間が行政府の長として国政を操り、長きにわたって国家、国民を欺き続けてきたのが現実だとするなら背筋が寒くなる。その管理責任の重さを徹底糾弾すべきである。
2. 結果責任
8年に及ぶ安倍政権では事あるごとに「百の言葉より一の結果」、「政治は結果」などと高言してきた。たとえ秘書をシッポ斬りしたとしても現実に国会で118回も虚偽答弁を重ねて国民を愚弄してきた「結果責任」は消せぬ。「知らなかった」の言い訳で許されるなら、刑法に規定されている「故意または過失により」の「過失」は無用のものではないか。知らなかったことが過失であろうとも結果責任としての罪は負わねばならぬものである。そもそも「知らなかった」の供述が真実がどうかを追及するのが「特捜」の責務ではないか。林検察の職務怠慢と言わざるをえない。
先の本澤二郎氏は「血税を使っての政府主催行事を安倍個人の選挙運動に悪用した公選法違反事件が桜事件の核心である。同時に、それは公金を目的外に使用した財政法違反事件でもある。林検察は、ここから逃げてしまっている。(中略) 法治主義は法の下の平等が原則である。人によって裁きが異なる今の林検察は国民と政治屋特権層を区別して恥じない。権力の走狗に堕した検察と断罪できる」と述べています。 本日の議院運営委員会で虚偽答弁の弁明をした安倍晋三は野党からの「選挙民への利益供与だ」という指摘に対して「自分は買収しなければ当選できないような小物ではない」とばかりに強弁したが、これがとんだ墓穴掘り。桜を見る会招待に引っ掛けて、前日に自民党地方議員を大量に研修会に呼び自己アピールした2018年は3選をかけた自民党総裁選の年だった。これが「公金を目的外に使用した」利益供与でなければ何なのか。
「私の雇用主は国民です」との信念に命をかけた近畿財務局の赤木俊夫さんとは対極にあり、政権にひれ伏す林真琴検事総長の「不適格性」を訴える「検察官適格審査会」申し立てキャンペーンにさらに多くの皆さまの署名をお願いいたします。
2020年12月25日

