日航ジャンボ機事故の真相を明らかにすべく再調査をして下さい!

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[NEWS] 上毛新聞2020.7.31付 に「再調査署名運動」が掲載されました!

皆さん、35年前に起きた日航ジャンボ機墜落事故をご存知でしょうか?  ------ ”いまもって世界最悪”の飛行機事故です!

これまで、関係する書物が各界から出版され、その種類も数知れず。そのなかでも近年10万部を突破したベストセラーさえもあります。さらには、その本がもとになり、インターネット上でも、読者によるYoutubeが作られ、数多くの人がコメントを寄せ、現在進行形の事件なんです。

というのも、この1985年8月12日起きた日航ジャンボ機墜落事故には、数多くの疑問が今もなお残っているからです。

そして、この程、重大な新証拠として「外務省公文書」も見つかりました!
それは、35年前の日航123便墜落日から僅か2日後、なんと、米国レーガン首相が中曽根首相へあてた緊急FAXであり、“件名”が“日航機墜落事件”として記されています。当時、全報道が“事故”扱いのなか、外務省のみが“事件”とし、この件を「事故ではなく事件」としていた事になります。(青山透子氏 新刊[日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす]に掲載)

こうした新事実の発見も、不屈の調査により、今でも起こっております。

私は昨年、東京「早稲田大学」で開かれた7.16シンポジウムを皮切りに、遺族等関係者と繫がり、真相究明にのりだし、関係本も15冊以上読みました。

《 関連動画 》

日航機墜落事故・日本語  Change.org / 再調査要求署名へのご協力を! https://www.youtube.com/watch?v=0ickGX-8vPE&t=13s

日航機事故で遺族が提訴(2021年3月26日)
https://www.youtube.com/watch?v=4aDIIy4IZYg

1995年番組 https://www.youtube.com/watch?v=AB_Vysfgzuo
17年目証言① https://www.youtube.com/watch?v=b_rEDdP
17年目証言②③ https://www.youtube.com/watch?v=HGjpDW
油圧喪失での不時着実績 https://www.youtube.com/watch?v=

《 不可解な点 》
・事故当日、日本政府は、墜落後20分で現場に到着した米軍からの救援を断り、口止めして救助を翌日まで遅らせた。
・米軍情報により墜落位置を知りながら、氏名不詳110番通報「長野県ぶどう峠に墜落」を重視し、墜落位置誤報を6回流し現地住民からの通報を無視して現地入りを阻止した。
・事故調は、墜落から14年で事故の全資料1tを「情報公開法」施行直前に廃棄した。
・事故調の後継:運輸安全委員会は、墜落から26年後、遺族会 幹部らを招き「事故調査報告書の解説書」の資料作りに参加させ仮説を吹込んだ。(解説集会 資料に隔壁破壊説の矛盾を認めた文書も)
・この1年後、事故原因仮説の「隔壁破壊説」解説集会が、遺族会に実施された後、遺族会「8.12連絡会」は20年続けてきた「原因究明」を止め、「慰霊の会」になり下がってしまった

・墜落前、一般人50人、自衛隊1人が公式発表にない空の異変目撃
・墜落現場での不自然な回収物
・乗客のよる「飛翔体」の写真
・医師のよる炭化遺体に対する「2度焼き」発言
・2015年発見された「相模湾残骸」を無視
・墜落地で後部圧力隔壁を早期に破壊
・マスコミも公正報道責務を放棄し真実隠蔽に協力
等、ほかにも多数あり

《 政府‟圧力隔壁隔壁説”に対する不審点 》
1.機内で急減圧が無かった証拠となる事実(長い霧発生/低温化/大風等なし、操縦士ノーマスク、耳肺異常なし)
2.123便 垂直尾翼へ18時24分35秒「ドーン」と同時に発生した「異常外力」への軽視(調査報告書-付録に記載)
3.これまで事故調査で重視しててきた証言、特に“生存者 落合氏”『急減圧はなかった』証言を無視

《 遺族への法的補償金“未払い”が判明 》
日航は、事故早々の裁判もしてない時点で遺族へ「補償もどきの交渉」をし‟日航の言い値”で金銭を渡し交渉を終らせたが、2016年一遺族の確認の際『日航は加害者でなく無罪のため、あれは‟見舞金”だった』と文書通達した。
(事故5年後、前橋地検は『事故原因を修理ミスとするのは疑問』『事故原因不明のため不起訴処分・無罪』とした)
つまり、法的な犠牲者への補償金は‟今だに払われてない”のです。

要するに、この事故の実態が解明されぬまま放置され続けているのです。こんな事があってよいのでしょうか!

このままでは、亡くなられた520人の犠牲者の死も無駄になってしまいます。突然にして人生をことごとく引裂かれた3000人もの遺族のなかにも、心の底から慰霊する事すらできないでいる方も多くいるのです。

これまで、遺族は、過去に告訴を5回、署名26万人分を集め、民主党政権時代の当時、政府に嘆願しましたが、結局、誰も裁かれぬまま「不起訴処分」の形となってしまったのです。遺族は事故調査委員会の推論に対しても納得などしていないのです。でも、もう、その殆どが高齢のために奮起さえなくなって来ています。

その中で唯一、強靭的に原因究明を貫いてきた遺族がいます。O氏です。

私は2019年初めて8.12慰霊式典に参加し、O氏が自作の再調査訴求ビラを、遺族1人1人に渡し歩いている姿を目の当りにするや、涙がこぼれました!中には、拒否する遺族さえいました。

O氏は、事故後、長い年月かけて精神安定をさせた後、翻って、この真実究明にのりだしました。心のケアーが必要な遺族にもかかわらず、追及を深める活動がどれ程苦痛であったか計り知れません。そうして今、8.12連絡会ー123便墜落事故調査分科会を立上げました!この方との出会いが、原動力になりました。

また、独自の調査で、亡くなられた二家族6人の方が、私と繫がっていた事が判明致し驚きました。

これらの方々のためにも、全身全霊で立ち向かう決意をしました!

航空業界でも、公表された事故調査結果には、今もなお疑問を呈していて、2015年のニュースで相模湾海底の残骸が発見されたにもかかわらず、政府は、この35年ものあいだ、各界からの声に真摯に応える事も無く、再調査を拒み続けている。しかも、日航内でも、唯一、この事故だけが、生のボイスレコーダーの公開を行っていない。

私は、この4年間、多くの本を読み、墜落現場となった上野村でも調査し、ネット情報もくまなくチェックし、遺族やパイロットなど様々な方とも交流し、見えてきたのは、この事故の背後、とてつもない権力が働いていたという事でした。

いずれにしても、偽りのない真相が明らかになる事のみが、苦しみ抜いて亡くなわれていった520人の供養となるに違いないのです。

高齢化していく遺族のためはもちろん、私たちの「空の安全」を確立する為に、墜落35目の今年こそ、この問題に終止符を打つべく、再調査を政府に求めていきます!

[ 再調査のポイント ]
①外的要因により破壊された根拠となる機内からの飛翔体写真
②公式事故報告書での「隔壁破壊説」崩壊の根拠となる生存者の証言等および、32分飛行後急墜落した原因の未解析、墜落後多数いた生存者の未解析
③DFDRと目撃証言との矛盾
④墜落前における公式発表にない複数機の飛行目撃証言・文書
⑤墜落現場で撃墜された根拠となる「123便第4エンジンの墜落地点手間600m粉砕点在」・「他機等軍事残留物」・多くの目撃証言
⑥墜落後多数いた生存者を救助しなかった根拠となる生存者・検死医「二度焼き」証言・現地残留物・墜落直後登山者 証言
⑦2015年に相模湾海底で発見された123便の残骸物証および当時20日で打切った相模湾捜索の真意
⑧日航内部でも唯一秘匿とされる公式CVRの収録内容リークCVRとの比較検証(123便と横田基地との交信記録)
⑨操縦室で一人発見されなかった機長の身体と制服の存在
⑩公式生存者4人発見日に居たとされる他の生存者の目撃証言
⑪非公式に2011年(墜落26年後)遺族会幹部に対し4回行った「隔壁破壊説」固めへの誘導教育(「原因究明」を放棄させた経緯)
⑫米軍C130輸送機アントヌーチ氏が墜落後20分で現場到着したが救助中止・口止め命令の怪(傍受していた123便 横田基地着陸要請交信)
⑬米軍情報で墜落地点を知りながら、氏名不詳110番通報「長野へ墜落」等6回誤報、現地住民の通報無視および救助活動阻止の疑惑
⑭墜落日の夜NHKニュースで流された現地での自衛隊員射殺報道およびそれを誤報とした報道の経緯
⑮123便は垂直尾翼・油圧装置を破壊され操縦困難ではあったが、操縦ができ飛行が出来ていた事
⑯生存者の落合氏による墜落直前「前席で“悲鳴”後すぐ急降下」証言、と墜落直後の日航副社長の「日航機はミサイルで撃墜」告白の関係
⑰墜落場所で警察でない自衛隊が残骸・遺体を管理した経緯(自衛隊が墜落日夜から現地入りし、残骸や圧力隔壁切断・証拠品搬出した目撃証言あり)
⑱事故調が墜落から14年という早さで事故の全資料1トンの廃棄を、それも「情報公開法」施行直前に行った経緯

以上