
脳性まひ児の出産補償制度拡⼤ 「理不尽」と嘆く⺟たち
毎⽇新聞 202.12.22
出産時のトラブルで脳に重い障害を負った⾚ちゃん の家族に総額3000万円が⽀払われる国の「産科医療補 償制度」が1⽉に改正され、補償対象が広がる。安⼼・ 安全な出産を願う妊婦やその家族にとっては喜ばしいことだが、過去の個別審査で補償の対象外とされた⼦ には新基準が適⽤されない。このため、新旧制度の 「はざま」で補償が受けられずに⽣活が困窮し、重い 障害がある⼦を育てながら蚊帳の外に置かれ苦しむ家族たちがいる。24⽇には親らが国などに新基準と同等の補償を要望する。お産補償をめぐるその実態は ――。【⾸都圏取材班/賀川智⼦】
「補償あれば、⼈⽣変わっていた」
「補償されていたら⼈⽣も変わっていました」
そう話す兵庫県の⼥性(45)は3⼈きょうだいの次男(10)が出産時に脳性まひになった。妊娠32週4⽇の早産で、出⽣体重は2016グラム。てんかん、重度知的障害もあり、トイレや⼊浴など⽇常⽣活に全介助が必要な重症⼼⾝障害児だ。
ところが、当時の基準では33週以降の新⽣児が補償の対象で、⼥性の週数32週ではさらに「個 別審査」が必要とされた。そして7カ⽉後、「アプガースコア(出産直後の新⽣児の健康状態を表す指数)が⾼い」「低酸素が認められない」などとして補償対象外とされてしまう。
⽣活が⼀変した。住宅ローン返済の⾜しにするため、⻑男が幼稚園に⼊ったらパート、就学 後はフルタイムと考えていたが、現実は厳し かった。リハビリ、通院、療育施設……。毎⽇のように次男に付き添う必要があった。
「時間が拘束されるシフト制勤務はできな い」。特別⽀援学校に⼊学後の現在はデイサービスの合間に不動産の営業をしているが、週2⽇が限界だという。週末も飲⾷店で働いて仕事を掛け持ちしても⼿取りは⽉7万円程度で、フルタイム勤務を想定した場合の半分以下になってし まう。
⼀⽅で、出費はかさむ。
成⻑した次男を⾞に乗せるのが負担になり、3年前に福祉⾞両を購⼊した。⾼額な新⾞はあき らめネットで新古⾞を探したが300万円もし、 貯⾦を取り崩した。次男の成⻑に伴い⾞の買い 換え費⽤もかかる。
「お⾦の不安が尽きない」。次男の⽤具を買えば家庭は1割負担だが、⼀旦全額を⽴て替え払いし、振り込みは数カ⽉後ということがある。 「まとまったお⾦が出て⾏くと途端に家計が苦しくなる」。経済的困窮は家庭内の不和も⽣み、⼦どもの将来設計で夫との関係がギクシャクし、思春期の⻑男(15)と⻑⼥(12)への⼼への影響も⼼配だ。
制度改正で補償対象は28週以降に緩和される。⼥性は「当事者として複雑な気持ちがありますが、補償拡⼤は⼦どもたちにとって喜ばし い」と評価する⼀⽅、新制度なら補償される次男のことを思うと理不尽さも感じる。そして成⻑していく次男を思うとやるせない。
「医学的根拠がない基準で審査され、補償されない家族や⼦どもは制度の被害者です。お⾦に困らなかったら、⼼の余裕を保てたとも思います。過去のルールと済ますのでなく、実際に⼦どもたちとの暮らしは続いているので救済策を考えてほしい」
悲しみとストレスと…夫の過労や蒸発も
「私たちは2度苦しめられています」と話すのは和歌⼭県に住む中⻄美穂さん(41)だ。「⼀ 度は⼦どもの脳性まひで悲しみ、さらに補償の対象外にされてストレスにさらされている」 中⻄さんは5年前、妊娠28週5⽇で出産した次男が重い脳性まひになった。やはり、個別審査の対象となり、審査開始から半年後、郵送で結果が届いた。A4の紙1枚に補償対象外であることと、低酸素状況を⽰す値やアプガースコアなどがその理由として記されていた。
「こんな紙1枚送られても……。経緯や議事録がほしい」
機構側に連絡すると「(審査した)医者の個⼈情報になるから」と断られた。その対応に「元々は私の個⼈情報」と思ったという。
リハビリや⼊院の付き添いなどスケジュールの⼤半は次男の予定で埋まる。出費もかさみ、将来の不安は尽きない。そして、補償対象になっていたら⽣活は今とは違っていたと思う。
⼦の障害を知り夫が蒸発、夫が過労で倒れて⼀⼈で3児を育てている⺟親……。個別審査で補償対象外となった知り合いの家庭の状況は深刻で、みんなが割り切れない気持ちを抱え続けているという。
過去の審査基準「医学的合理性なし」
なぜ、中⻄さんのように⼦どもが補償対象外とされ、苦しむ家族がいるのだろうか。基準変更の背景には、09年創設の同制度の運⽤の中で明らかになった課題がある。
「個別審査では約半数が補償対象外」「同じような病態でも対象判断が分かれる不公平感があ る」「医学的に不合理な点があり、現場の実態に即していない」
このため20年9⽉から、制度を運営する⽇本医療機能評価機構内で周産期医療の専門家らが制 度⾒直しの検討をしたところ、過去に補償対象外となった事例のほとんどが補償された事例と医学的背景は共通していることが分かった。そして報告書の中で、これまでの個別審査基準を「医学的な合理性がない」と結論づけた。22年1⽉からの新基準はこれに基づくものだ。
こうした経緯や結論から、中⻄さんは⾃分が運営する障害児の親のサポート団体「サードプレ イス」のネットワークを通じて、過去の個別審査で補償対象外とされた脳性まひの⼦の保護者らに呼びかけ、「産科医療補償制度を考える親の会」を発⾜させた。中⻄さんらは24⽇に国と機構に要望書を提出する予定だ。
その中で、補償対象外とされた約500⼈について新基準と同様の補償のほか、脳性まひの⼦がいる家族の⽣活実態に⽿を傾ける場も設けるよう求める。
機構は過去分の補償に難⾊
これに対し機構側は1⽉からの基準変更を「周産期医療が進歩し、エビデンス(根拠)が蓄積される中での改定」と説明する。そのうえで、「これまでの基準が間違っていたからという改定ではなく、その時点では正しかった」と強調し、さかのぼっての補償はできないとの⽴場だ。
また、機構によると、保険の制度設計上、年次によって補償内容が異なる契約を出産を控えた妊婦と結んでおり、「そもそも09年より前は制度そのものがなかった」と指摘する。
機構の担当者は「できる限りの補償はしたいが、制度は当事者間の紛争防⽌という目的もある。(対象外になった)保護者のみなさんが⼤変な環境で苦労されているのも承知しているので、私どもとしても苦しい」と話す。
機構が⾔うように「親の会」の求めには無理があるのだろうか。医療を巡る訴訟に詳しい堀康司弁護⼠は「ほぼすべてのお産施設が加⼊し、新⽣児の脳性まひの原因を多くの産科医が知る機会になった」と制度の意義を強調する。
そのうえで、過去の個別審査で対象外とされた新⽣児の保護者らへの補償を「元々脳性まひの⼦の家族のために使うために集めたお⾦。合理性がない基準で排除してしまった結果の是正のために⽤いることはあっていいのではないか」と理解を⽰す。
⼀⽅、遡及(そきゅう)しての補償に難⾊を⽰す機構側には「排除された⼈たちの現在の⽣活を考えることも制度のあるべき姿」と指摘し、「本来、基準⾒直しの過程でも過去に思いが⾄らなければいけない。仕⽅ないで終わりなら、困っている⼈の顔が⾒えていない」と話す。
そして、堀弁護⼠は「対象外の⼦が脳性まひになった原因を分析していないので、医療の質向上のために今からでもすべきだ」と提⾔する。
⽀援の新しい枠組みの検討を
救済⼿順として堀弁護⼠は「まず除外された⼦と家族の実情を把握することが重要。その上で新基準と同等に⽀援する新たな枠組みを検討すべきだ」としている。また、機構側には剰余⾦があるが、その活⽤策について「医学的に不合理な基準で⽣じたギャップを埋めるため使うことは制度本来の目的に合致したもの。社会の コンセンサスも得られるはず」と話す。
「お⾦が⾜りないわけではなく、新たなノウハウもいらない。⾒直しの過程で何も議論されな かったのは残念だが、今からでも検討すべきだ。」
産科医療補償制度
2009年に国が創設。公益財団法⼈・⽇本医療機能評価機構が運営する。1分娩(ぶんべん)あ たりの掛け⾦は現⾏1万6000円で、対象になった新⽣児の補償額は総額3000万円。補償対象は ⾚ちゃんがおなかにいる週数(在胎週数)と出⽣体重で分かれ、現⾏(15年改正)の主な基準で は①32週以上1400グラム以上は審査なく対象②28週以上32週未満は医師らによる「個別審査」 で分娩中の低酸素が確認できなければ対象外(先天性を除くなどの他の補償基準もあり)。専門家らの検討を踏まえ、22年1⽉からは28週以降の出産であれば個別審査が廃⽌され、補償対象が広がる。旧基準で補償対象外となり、新基準では補償対象となる脳性まひ児は全国に約500⼈い るという。