Actualización de la petición日本の国家に芸術・文化予算の10倍の増額を求め、総予算の1% for ARTを実現させよう!お陰様で本日個展最終日です。最終日は午後5時までです。銀座1丁目ギャラリー杉野にて永井雅人個展好評開催中
永井 雅人Nukuiminamicho, Japón
28 nov 2025

ギャラリー杉野を訪れた方がメッセージと簡単なテキスト紹介を寄せて下さいました。このようなご紹介はとてもありがたいことです。

美術家や芸術家の活動が少しでも理解され、また尊敬される日本社会であって欲しいと思います。 Kさん、ありがとうございました!

https://www.facebook.com/photo?fbid=10234139950534481&set=pcb.10234140002895790&locale=ja_JP

以下テキストより引用

【銀座で「永井雅人展─Textures 2」を観ました】
銀座並木通り一丁目にある画廊・ギャラリー杉野で「永井雅人展─Textures 2」を観ました。
永井さんは目黒在住の美術家・版画家で、意欲的な作品でさまざまな受賞歴があり、また、子ども向けのワークショップで、次世代の美術文化の発展に貢献しています。
[二つの表現手段]
永井さんの作品は版画と絵画、いずれも抽象的な作品です。今回、版画(銅版画)はモノクローム、絵画はカラフルに描かれています。
深い思想・哲学が込められているようでもあり、そのような理屈にとらわれない自由さも感じられ、産みの苦しみを経てようやく抜け出した「解脱の境地」のようでもあり、湧き上がる衝動・パッションに従いつつ冷静にコントロールして作り上げたようでもあり.....。


[版画作品]
版画作品には、表面に謎の記号が刻み込まれているようです。それは言葉なのか、言葉以前の感情の発露なのか、何も修飾していない独立した修飾語なのか。岩を割って砕いて並べるシジフォスの神話。
手前のほうでは動きやざわめきが感じられ、抽象版画のはずなのに、ドラマが描かれているような気がしてしまいます。戦争の後に広がるがれきと焼け野原が描かれているような錯覚に一瞬おちいりました。多分、永井さんにはそんな意図はないと思うのですが。一度観て、振り返ってもう一度観ると、また別のものに見えてきます。絶えず形が変わる「モノクロームの万華鏡」のようです。
その向こうには、奥行が感じられます。立体感というか、重層的というか、奥には何か、深淵な世界が広がっているような気さえします。平面に刷られた版画のはずなのに、遠近法など用いられていないはずなのに。

[絵画作品]

絵画作品を観ていて、創作時における永井さんの筆致は迷いがなく、絶えずスピーディに動き続けていたのではないかと想像しました。筆致は心の投影。それがしかるべきときに止まり、乾いて、定着する。すべての創作時間と、そのときの心の動きが、作品に刻み込まれているようです。


画面に塗られた絵具はおもにアクリル絵の具だそうですが、それ以外の絵具や絵具以外のものも混ぜたり、複雑に駆使して描かれているみたいです。濃く描かれたり、淡くうっすらと描かれたり、厚塗りでザラザラになったり薄塗りでサラサラだったり、さらに盛り上がってゴツゴツだったりツルツルだったり。
それらはレコードの溝になり、まるで表面から音楽が流れてくるようです。この絵画はレコードと蓄音機なのかもしれません。


特筆すべきは色彩の鮮やかさ。色を混ぜない点描のように、独立したそれぞれの色が調和して、唯一無二の世界が描かれます。


[生きることの手触り]


今回の永井雅人展、副題はテクスチャー。絵画において、テクスチャーアートとは、平面なのに分厚く塗られた絵具によって立体感がある芸術のことです。しかし、本展のフライヤー(チラシ)に書かれた永井さんのコメントを読むと、
版画という「触感(テクスチュア)」に出会ったことこそが、すべての制作の出発点となりました。
とあります。さらに、
「生きることの手触り」を「Textures(テクスチュアズ)」というテーマのもとで表現しています。
と書かれています。


抽象作品というのは現実を描かない作品だと思われるかもしれませんが、抽象化することで実感、生きることの手触りが「抽出」されるものなのかもしれません。
「生きることの手触り」を、これからも永井雅人さんは探り続けることでしょう。
「永井雅人展─Textures 2」は、本日11月29日(土)17時まで、東京都銀座並木通りにあるギャラリー杉野で開催されます。
今日までです!
#永井雅人 #版画 #美術 #絵画 #ギャラリー杉野 #銀座 #並木通り

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