裁判所は優生手術被害者の声に耳を傾け公正な判決を!

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〇私たちの署名

 子どもを産むか産まないかを国に決定される、生まれて良い命と生まれてはいけない命を国が選別する、そのような法律があったことを知っていますか。

 2018年1月30日、旧優生保護法下での強制不妊手術を受けた被害者の方が、国に謝罪と補償を求めて裁判を起こしました。2019年5月28日仙台地方裁判所にて、全国で最初の判決が下されましたが、原告の請求を全て棄却しました。

2019年5月30日に原告が仙台高等裁判所に控訴したことを受け、私たち「強制不妊訴訟不当判決にともに立ち向かうプロジェクト」「優生手術被害者とともに歩むみやぎの会」は、「仙台高裁が旧優生保護法をめぐる国賠訴訟で被害者の声に耳を傾け公正な判決を下すこと」を求める署名を行います。

国に対して、旧優生保護法によって被害を受けた方々に、誠意ある謝罪と十分な補償をすることを求める署名を行っています。

 

〇優生保護法とその被害

 優生保護法は、1948年、第二次世界大戦後の日本で作られ、1996年まで続いた法律です。「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことと「母性の生命健康を保護すること」を目的としていました。遺伝性の病気や知的障害者などへの不妊手術と、刑法で堕胎罪となる人工妊娠中絶を例外的に認める、人口政策のための法律でした。

前半の目的は、人間の命を生まれてくるべきものと生まれてくるべきでないものとに区別する優生思想に基づいています。この法律によって、障害や遺伝する病気をもつ人などに、子どもをつくることをできなくする手術(不妊手術)やおなかの胎児が生まれなくなる手術(妊娠中絶)を受けさせることが認められていたのです。

 これらの手術には、本人の同意を必要とする場合と、本人の同意を必要としない場合がありました。「遺伝性精神病」や「遺伝性精神薄弱」、「遺伝性身体疾患」など遺伝性疾患とされた場合は本人はもちろん誰の同意もいらず、非遺伝性の「精神病又は精神薄弱」の場合は保護義務者の同意があれば本人の同意はなくても、都道府県優生保護審査会の審査を経ることによって不妊手術を受けさせることが認められていました。

 仙台の原告の飯塚淳子さん(仮名)は、実際には「精神薄弱」ではなかったにもかかわらずそのように「判定」され、父親が無理矢理同意させられて手術させられたものと推測されます。16歳のときに、何も知らされず連れていかれた病院で麻酔を打たれ、手術を受けさせられ、後に親が手術のことを話しているのを聞いて、自分の身に起こったことを知ったのです。原告の佐藤由美さん(仮名)は、遺伝性ではないことが明らかなのに遺伝性だという診断をされ、15歳のときに手術されています。原告の東二郎さん(仮名)も、遺伝性ということにされ、18歳のときに施設の人に病院に連れて行かれ、さらに脱腸の手術という嘘の理由を告げられて不妊手術をされています。本人の意思に反して手術を行うための強制の方法として、「身体の拘束」や「麻酔薬使用」、「欺罔(ぎもう=だますこと)」といった手段も公的に認められており、上記のように恣意的な診断や判定もあったと考えられます。

 日本では、第二次世界大戦が終わるまで、人口を増やす政策をとってきました。しかし戦後は、食料不足等の問題が生じました。そこで国は、生まれる子どもの数を抑制するために「産児調節」を進めました。一方で、人口に占める障害者や病気の人の割合が高まると「逆淘汰」につながるという差別的な考えから優生保護法を制定しました。そして、障害者や病気の人への強制不妊手術や妊娠中絶を実施したのです。被害者の数は約84,000人にのぼるとされています。また、優生保護法にすら違反するレントゲン照射や子宮摘出、睾丸摘出なども行われていたことが明らかになっています。被害者の方々は、国から「劣っている」「弱い」「不幸である」と決めつけられ、子どもをもつかもたないかを自分で決める権利を奪われました。

(優生保護法についての詳細は当プロジェクトのHPをご参照ください。)

 

〇声を上げることができなかった被害者

優生保護法のもとで、優生思想は日本の社会に深く入りこみ、障害は不幸なものだという考え方が広がっていました。その中で被害者が声を上げることはとても難しいことでした。1972年に、優生保護法の改悪案が国会で話し合われました。これをきっかけに、脳性マヒの障害当事者団体や女性団体などが反対運動を起こし、国と社会に強く訴え、「優生」の考え方に対する批判意識が生み出されました。国連からの非難も受け、1996年にようやく優生保護法は改正され、優生条項の削除と母体保護法への名称変更がなされました。(優生保護法の改正の経緯についての詳細は当プロジェクトのHPをご参照ください。)

 

〇判決について

 1996年の旧優生保護法改正後、「優生手術に対する謝罪を求める会」が国に調査と謝罪と補償を求めてきました。しかし、国は当時の手術は合法的に行われたとして、調査も謝罪も補償も行いませんでした。

 裁判が始まるきっかけとなったのは、宮城県の優生手術被害者の飯塚淳子さん(仮名)が日本弁護士連合会(日弁連)に「わたしの人権をとりもどしてほしい」と訴えたことでした。

 これをうけて、2017年に日弁連が、優生保護法のもとでおこなわれた手術などへの補償などをもとめる意見書(「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な措置を求める意見書」)を発表しました。さらに、これをニュースで知った宮城県の佐藤由美さんと義理のお姉さんの路子さん(ともに仮名)が宮城県にはたらきかけると、由美さんが15歳の時に子どもができなくなる手術をした記録がみつかりました。そして、由美さんは国を相手に裁判に踏み切りました。その後、全国から被害者が立ち上がり、現在では全国で20人の被害者が国を相手に裁判で闘っています。

 宮城県の原告の飯塚淳子さんと佐藤由美さんは、国の違法行為により損害を受けたことを理由として、損害賠償金の支払いを求めていました。しかし、2019年5月28日の判決では、「国にとって被害回復の法律を作ることが明白でなかった」ことや「被害から20年たっており、損害賠償を求めることができない」ことなどを理由に、被害者の請求をすべて棄却しました。これに対して、原告の2人は、判決を不服とし、5月30日に仙台高裁に控訴、現在原告弁護団とともに裁判の準備を進めています。

(判決の詳細については当プロジェクトのHPをご参照ください。)

 

〇ご協力をお願いします

 裁判所には、当事者の方々の声に耳を傾けてもらいたいです。原告の方々の思い、私たちの思いを裁判所に届けましょう!

 ぜひ、ご協力をお願いします。

*署名の本文はこちら(PDFテキスト版

<呼びかけ団体>

強制不妊訴訟不当判決をともに立ち向かうプロジェクト

優生手術被害者とともに歩むみやぎの会

 

<協力団体・賛同団体・賛同人>

DPI女性障害者ネットワーク

DPI日本会議

みやぎアピール大行動実行委員会

優生手術に対する謝罪を求める会

板倉有紀(秋田大学高齢者医療先端研究センター特任講師)

片岡龍(東北大学大学院文学研究科教授)

小松丈晃(東北大学大学院文学研究科教授)

徳川直人(東北大学大学院情報科学研究科教授)

直江清隆(東北大学大学院文学研究科教授)

藤野豊(敬和学園大学人文学部教授)

横関理恵(東北大学高度教養教育・学生支援機構特任助教)

柳原敏明(東北大学大学院文学研究科教授)

山本勝美(優生手術に対する謝罪を求める会、片方さん支援会議)