予測できないのに『予報士』?『気象予報士』という資格名称の変更を求めます

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署名活動の主旨

「気象予報士」という名称は、本当に今の時代にふさわしいのでしょうか?
私は日常的に天気予報を確認しています。しかし、「雨は降らない」と思っていたのに突然激しい雨が降る。大雨への警戒が呼びかけられていたのに、結果としてほとんど降らない。予報が短時間のうちに大きく変わる。

こうした経験を重ねるたび、私は以前から一つの疑問を抱いてきました。

これほど予測することが難しい自然現象を扱う国家資格に、なぜ「気象“予報士”」という名称が付けられているのでしょうか。

もちろん、私は「天気予報は100%当てるべきだ」と主張しているわけではありません。

むしろ逆です。

100%の予測などできないからこそ、「予報士」という名称が現在の仕事の実態を適切に表しているのか、一度立ち止まって考える必要があるのではないか。

私はそう考えています。

AIやスーパーコンピューターを使う時代でも、予測できないものがある
現在の気象予測は、人間の経験や勘だけによって行われているものではありません。

気象庁では、スーパーコンピューターによる数値予報をはじめ、機械学習などのAI技術も気象予測に活用されています。

さらに、線状降水帯の予測精度を高めるためには、気象庁のスーパーコンピューターだけでなく、スーパーコンピューター「富岳」まで活用した研究・開発が進められてきました。

それほど高度な科学技術を投入してもなお、気象庁自身が、線状降水帯は現状の観測・予測技術では正確な予測が困難であると説明しています。

これは気象予報士個人の能力不足を意味するものではありません。

そもそも気象という自然現象そのものに、大きな不確実性が存在するのです。

だからこそ私は疑問に思います。

AI、数値予報モデル、スーパーコンピューター、膨大な観測データを総動員しても正確な予測が難しい世界で、人間の資格だけを「予報士」と呼ぶことは、本当に適切なのでしょうか。

「予報士」という言葉が、一般の人に対して**「未来の天気を的確に言い当てる専門家」**という、実際以上の期待を抱かせてはいないでしょうか。

予報には、もともと「不確実性」があります
気象予報に不確実性があることは、単なる言い訳ではありません。

気象学や気象情報のコミュニケーションに関する研究でも、天気予報には本質的に不確実性があり、それを利用者にどのように伝えるかが重要な課題であることが長年研究されています。

私も、予報が外れることそのものを問題にしているわけではありません。

問題にしたいのは、

「予測には限界があります」と説明する一方で、国家資格の名称では「予報士」という言葉を使い続けることが、本当に国民にとって分かりやすいのか

という点です。

予報が確率や不確実性を伴う科学的判断なのであれば、そのことが社会に正しく理解されるよう、情報の伝え方だけでなく、専門家の名称そのものについても検証する余地があるはずです。

実は制度創設時にも「気象士」という考え方がありました
そして、これは決して突拍子もない提案ではありません。

気象予報士制度が創設される直前の1993年4月20日の参議院運輸委員会では、制度を検討した気象審議会答申の作成に関わった参考人から、興味深い証言がなされています。

当時の検討段階では、予報だけに限定するのではなく、気象について幅広く相談に応じる専門家として、「気象士」のような資格を考える意見もあったのです

さらに、その参考人は、当時の気象審議会答申にはそもそも「予報士」という言葉はなく、より広い範囲をカバーする「気象士」のような構想も考えられていたことを説明しています。

最終的には、社会への影響が特に大きい「天気予報」に一定水準の専門知識を保証する必要があるとの考えから、「気象予報士」という制度が成立しました。

つまり、

「本当に『予報士』という名称でよいのか」という論点そのものは、制度が生まれる段階から存在していたのです。

制度創設から30年以上。今こそ名称を再検討すべきではないでしょうか
気象予報士制度が創設されたのは1990年代です。

それから30年以上が経過しました。

当時とは比較にならないほどコンピューターの性能は向上し、観測衛星、気象レーダー、数値予報モデル、AIなど、気象予測を取り巻く技術は大きく進歩しています。

それでもなお、すべての気象現象を正確に予測することはできません。

むしろ技術が発達した現在だからこそ、

「気象予報とは未来を言い当てることではなく、不確実性を伴うデータを科学的に分析し、起こり得る現象を判断する仕事である」

という実態を、国民により正確に伝えることが重要なのではないでしょうか。

現在の気象予報士は、単に「明日は晴れか雨かを当てる人」ではありません。

数値予報資料や観測データを分析し、地域特性なども考慮しながら、科学的方法によって気象現象を予想する高度な専門家です。

だからこそ、その高度な専門性を「予報士」という一語だけで表現し続ける必要があるのか、改めて検討してほしいのです。

「気象士」「気象解析士」など、実態に即した名称を検討してください
私は、現在の「気象予報士」という国家資格名称について、

「気象士」
「気象解析士」

などを含め、現代の仕事内容と専門性をより適切に表現する名称への変更を検討することを求めます。

これは、気象予報士の方々を批判したり、その専門性や努力を否定したりするための署名ではありません。

むしろ反対です。

予測が難しい自然現象に対して、膨大なデータと専門知識を用いて分析を行っているからこそ、その仕事を単純に「天気を当てる人」と誤解されない名称にすることにも意味があると考えています。

そして、名称変更ありきで結論を決めるのではなく、

「『気象予報士』という名称が、現在の仕事内容を正確に表しているのか」
「国民に過度な期待や誤解を与えていないのか」
「より適切な資格名称は存在しないのか」

について、国土交通省・気象庁に正式に検証していただきたいのです。

私たちが求めること
国土交通省および気象庁に対し、次のことを求めます。

1.「気象予報士」という国家資格名称が、現在の気象予測の実態と専門家の役割を適切に表しているか検証すること。

2.名称が国民に与える印象や、気象予報に対する期待・理解について調査すること。

3.「気象士」「気象解析士」などを含め、より実態に即した資格名称への変更を検討すること。

4.必要と判断された場合には、気象業務法を含む関係制度の見直しを進めること。

制度創設時にも「気象士」という考え方が存在しました。

そして制度創設から30年以上が経過した今、気象予測を取り巻く技術も社会も大きく変わりました。

昔から「気象予報士」と呼ばれてきたという理由だけで、これからも同じ名称でなければならない理由はありません。

科学技術が進歩すれば、制度も変わります。

社会における情報の伝え方が変われば、言葉も変わります。

国家資格の名称についても、時代と実態に合わせて見直してよいはずです。

この問題提起に賛同していただける方は、ぜひ署名をお願いします。

 
参考資料
気象庁「気象予報士について」
気象庁「気象庁におけるAIの活用」
気象庁「線状降水帯による大雨災害の防止・軽減に向けて」
第126回国会 参議院運輸委員会 第4号(1993年4月20日)
Morss, Demuth & Lazo (2008), Communicating Uncertainty in Weather Forecasts: A Survey of the U.S. Public, Weather and Forecasting

意思決定者

金子恭之
国土交通大臣
気象庁長官
気象庁長官
野村 竜一

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