

フレディ・マーキュリーに関する質の良い洋書の日本語翻訳本の出版をしてほしい❣️目標は1000人以上


フレディ・マーキュリーに関する質の良い洋書の日本語翻訳本の出版をしてほしい❣️目標は1000人以上
署名活動の主旨
40年来の熱狂的QUEENファンのフレディ・マーキュリー考・SOMEBODY TO LOVE The life ,death and legacy of Freddie Mercury(Matt Richards & Mark Langhtrone著)に見たもの、また、この著書を日本語出版する必要性について。
私は1976年、高校一年生の時にイギリスのロックバンドQUEENの楽曲Killer Queenに脳天パンチをくらってからの熱狂的な40年来のQUEENファンである。
そのリードボーカリスト、フレディ・マーキュリーの半生を描いた映画ボヘミアン・ラプソディーが日本での興行収入100億円を突破したことは記憶に新しい。彼らの楽曲の素晴らしさは言うに及ばないが、なぜ、こんなにもレジェンド・オブ・ロックンロール、フレディ・マーキュリーは人を魅了するのか。SOMEBODY TO LOVE The life ,death and legacy of Freddie Mercury で読んだ内容などから長年のファンの目線で読み解いてみたいと思う。
彼について書かれた本は数多くある、言葉の壁があり、日本語になっているものはそう多くない。絶版になったものもある、日本語になったそのほとんどを読んだが、個人的感想は、どれも暴露本の域を出ない、中にはスター周辺の空気からチリを集めてきたような、読むに値しないものもあった。
今回私が日本語翻訳本の実現に情熱を持っている本、SOMEBODY TO LOVE The life ,death and legacy of Freddie Mercuryはそれらとは明らかに一線を画している。著者はこの本をエイズを啓蒙するために著したと語っている。その書評は、「クイーンファンの書庫には必ずおかれるべき本」であり、海外での評価は高い。
膨大な資料を読み込み、医学論文まで参照して、おそらくかなりの時間を費やして調査し、エイズウイルスの起源やパンデミックに至る過程、どのようなルートでフレディがデッドリーウイルスHIV-1にいつどこで暴露し、発症したかなどが詳細に述べられているのにはとても驚いた。また、史実に基づき、ゲイの方達へのおそるべき迫害の歴史も紐解かれている。
私は医療従事者(薬剤師)であるが、今やエイズは死の病ではないが、その患者数は確実に増加しており、大病院にはエイズ外来がある。私はことあるごとに、世界規模でエイズと闘うチャリティー財団Mercury Phoenix Trustへの寄付を呼び掛けている。話はそれたが、エイズ問題もさることながら、この本には、今まで日本で読まれた、ジャーナリストや元スタッフ、元恋人によるゴシップや派手なスターの生活にフォーカスした本には書かれていない、フレディの素顔、苦悩、弱さまでも見事に著されている。
フレディ・マーキュリー(本名ファルーク・バルサラ)は1946年9月5日、当時イギリス領だったアフリカのザンジバル島のストーンタウンで裕福な家庭の第一子としてこの世に生を受けた。8歳からはインドの寄宿学校で約10年間過ごしているが、この事は、親の愛情を必要とする少年にとっては児童虐待に等しいと本の中で専門家が言及している。
フレディが18歳の時、ザンジバル革命が起き、バルサラ一家は島を追われ、着の身着のままでロンドンに移住した。彼が周囲に溶け込むために必死に努力した様子は読んでいてあまりにもけなげで、思わず「頑張れフレディ!」と声を上げてしまった。ザンジバルでの裕福な生活は一変し、アルバイトをしながら学生生活を送っていたが、お金がなくて靴には穴が空いていたという。のちに恋人メアリーと出会い、その別れと生涯続く友情までも詳細につづられている。
彼は移民の子、という十字架を背負うことになる、また、自らのセクシュアリティーで非常に苦悩していた様子も描かれている。両親は敬虔なゾロアスター教徒であり、彼自身もイニシエーションを受けているが、ゾロアスター教徒にとって、自らをゲイと認めることは死罪を意味する。性的マイノリティという十字架もさらに背負い、子供時代に空いた大きな心の穴という重い楔は、彼の行動を大きく左右したと思われる。この幾重にも重なった十字架を抱えながらも、彼は誰におもねることなく、音楽評論家の酷評にも屈せず(何故かQueenはメディアに嫌われ続けた)、創造性の泉を枯らすことなく、自分を信じ、貫き通し、常にロックという音楽の定義を広げ続けた。(汚いジーンズとTシャツを着て観客を無視して演奏していれば良いというロックの常識を変え、ビジュアルでも聴衆を魅了し、繋がり、ロックにバレエやオペラの要素を取り入れるなど)。有名なフレディ語録にBe yourself,no matter what people say.という言葉があるが、彼の生き様を物語っている。
彼はバッハやモーツアルトに匹敵する天才だと私個人的には思うが、メロディが上から右から左から降ってきていたという。まさにレジェンド・オブ・ロックンロールの没後28年が経ち、いまだに世界中の人を魅了し続けているという事実、この秘密は何なのだろう、そして彼のこの強さはどこから来るのだろうか、それを知りたくて仕方がない。その秘密にこの本で触れることができるのでは、と思う。今まで日本語で読むことが出来なかったファンがのどから手が出るほど知りたい情報がこの本には満載されている。
私は素人画家の端くれで、憧れのフレディ・マーキュリーを日々描いているが、彼は本当に美しい、DIVINE、DIVAと称されるこの妖艶な男子をこの世に生み出した神様の意図はいったい何なのだろうといぶかってしまう。描いていると、被写体のエネルギーがダイレクトに伝わってくることがしばしばあるが、あまりにも美しい彼の苦悩を感じて涙してしまうこともあった、ほとばしるエネルギーを感じ、生きる力をもらうこともある。
自らの心の大きな穴を埋めるためにあらゆる嗜癖に走り、アルコール、ドラッグ、買い物、セックス、恋愛関係依存に陥り、ロック界で有名な酒池肉林のド派手なパーティーを開き、ニューヨークのゲイ・シーンに浸りエイズウイルスに感染していく過程を読むと、私には、彼が自らの命の灯火が尽きる日を知っていて、緩慢な自殺を試みていたのではと思えてならない。長生きなどしたくない、と自ら語っていた通り、45歳で太く、短く人の何倍も生きた人生の幕を閉じた。
これだけの心の暗がりを抱えていたら、被害者意識に陥ってひねくれた人生を送る可能性は十分にあっただろうに。常に愛にあふれ、人に優しく、ユーモアに満ち、笑顔を絶やさず人に感動と勇気と力を与え続けたその人生は称賛に値する。
ウエンブリー・スタジアムで86年に行われた最後のライブでの雄姿を描いた時は涙が最後まで止まらなかった。
スイスのモントルーのレマン湖のほとりには、彼の銅像が立っているが、いまだに毎年生誕祭がおこなわれ世界中からファンが集まっている。彼の生誕地ザンジバルから最後に住んでいたロンドンの豪邸を行くファンの聖地巡りツアーまである。フレディ人気はとどまるところを知らない。
私のように、長年QUEENに魅了されつづけ、フレディのすべてを知りたいと思うファンは世界中に星の数ほどいるだろう。特に日本はQUEEN人気とその飛翔の火付け役だったので、50代を中心に熱狂的なファンはいまだに非常に多い。映画ボヘミアン・ラプソディー以降はファン層が広がり今や若者をも虜にしている。この著書SOMEBODY TO LOVE The life ,death and legacy of Freddie Mercuryはフレディ・マーキュリーのすべてを知りたいと思うファンの欲求に応えるものであると思われ、QUEENファンでなくとも、彼の人生を知り、勇気と力を得る人は多いと思われる。私にとって、自分らしく生きるとは何か、に深く想いを致すきっかけとなり、強く背中を押してくれた一冊である。日本語翻訳を是非とも実現していただきたいと思っている。

署名活動の主旨
40年来の熱狂的QUEENファンのフレディ・マーキュリー考・SOMEBODY TO LOVE The life ,death and legacy of Freddie Mercury(Matt Richards & Mark Langhtrone著)に見たもの、また、この著書を日本語出版する必要性について。
私は1976年、高校一年生の時にイギリスのロックバンドQUEENの楽曲Killer Queenに脳天パンチをくらってからの熱狂的な40年来のQUEENファンである。
そのリードボーカリスト、フレディ・マーキュリーの半生を描いた映画ボヘミアン・ラプソディーが日本での興行収入100億円を突破したことは記憶に新しい。彼らの楽曲の素晴らしさは言うに及ばないが、なぜ、こんなにもレジェンド・オブ・ロックンロール、フレディ・マーキュリーは人を魅了するのか。SOMEBODY TO LOVE The life ,death and legacy of Freddie Mercury で読んだ内容などから長年のファンの目線で読み解いてみたいと思う。
彼について書かれた本は数多くある、言葉の壁があり、日本語になっているものはそう多くない。絶版になったものもある、日本語になったそのほとんどを読んだが、個人的感想は、どれも暴露本の域を出ない、中にはスター周辺の空気からチリを集めてきたような、読むに値しないものもあった。
今回私が日本語翻訳本の実現に情熱を持っている本、SOMEBODY TO LOVE The life ,death and legacy of Freddie Mercuryはそれらとは明らかに一線を画している。著者はこの本をエイズを啓蒙するために著したと語っている。その書評は、「クイーンファンの書庫には必ずおかれるべき本」であり、海外での評価は高い。
膨大な資料を読み込み、医学論文まで参照して、おそらくかなりの時間を費やして調査し、エイズウイルスの起源やパンデミックに至る過程、どのようなルートでフレディがデッドリーウイルスHIV-1にいつどこで暴露し、発症したかなどが詳細に述べられているのにはとても驚いた。また、史実に基づき、ゲイの方達へのおそるべき迫害の歴史も紐解かれている。
私は医療従事者(薬剤師)であるが、今やエイズは死の病ではないが、その患者数は確実に増加しており、大病院にはエイズ外来がある。私はことあるごとに、世界規模でエイズと闘うチャリティー財団Mercury Phoenix Trustへの寄付を呼び掛けている。話はそれたが、エイズ問題もさることながら、この本には、今まで日本で読まれた、ジャーナリストや元スタッフ、元恋人によるゴシップや派手なスターの生活にフォーカスした本には書かれていない、フレディの素顔、苦悩、弱さまでも見事に著されている。
フレディ・マーキュリー(本名ファルーク・バルサラ)は1946年9月5日、当時イギリス領だったアフリカのザンジバル島のストーンタウンで裕福な家庭の第一子としてこの世に生を受けた。8歳からはインドの寄宿学校で約10年間過ごしているが、この事は、親の愛情を必要とする少年にとっては児童虐待に等しいと本の中で専門家が言及している。
フレディが18歳の時、ザンジバル革命が起き、バルサラ一家は島を追われ、着の身着のままでロンドンに移住した。彼が周囲に溶け込むために必死に努力した様子は読んでいてあまりにもけなげで、思わず「頑張れフレディ!」と声を上げてしまった。ザンジバルでの裕福な生活は一変し、アルバイトをしながら学生生活を送っていたが、お金がなくて靴には穴が空いていたという。のちに恋人メアリーと出会い、その別れと生涯続く友情までも詳細につづられている。
彼は移民の子、という十字架を背負うことになる、また、自らのセクシュアリティーで非常に苦悩していた様子も描かれている。両親は敬虔なゾロアスター教徒であり、彼自身もイニシエーションを受けているが、ゾロアスター教徒にとって、自らをゲイと認めることは死罪を意味する。性的マイノリティという十字架もさらに背負い、子供時代に空いた大きな心の穴という重い楔は、彼の行動を大きく左右したと思われる。この幾重にも重なった十字架を抱えながらも、彼は誰におもねることなく、音楽評論家の酷評にも屈せず(何故かQueenはメディアに嫌われ続けた)、創造性の泉を枯らすことなく、自分を信じ、貫き通し、常にロックという音楽の定義を広げ続けた。(汚いジーンズとTシャツを着て観客を無視して演奏していれば良いというロックの常識を変え、ビジュアルでも聴衆を魅了し、繋がり、ロックにバレエやオペラの要素を取り入れるなど)。有名なフレディ語録にBe yourself,no matter what people say.という言葉があるが、彼の生き様を物語っている。
彼はバッハやモーツアルトに匹敵する天才だと私個人的には思うが、メロディが上から右から左から降ってきていたという。まさにレジェンド・オブ・ロックンロールの没後28年が経ち、いまだに世界中の人を魅了し続けているという事実、この秘密は何なのだろう、そして彼のこの強さはどこから来るのだろうか、それを知りたくて仕方がない。その秘密にこの本で触れることができるのでは、と思う。今まで日本語で読むことが出来なかったファンがのどから手が出るほど知りたい情報がこの本には満載されている。
私は素人画家の端くれで、憧れのフレディ・マーキュリーを日々描いているが、彼は本当に美しい、DIVINE、DIVAと称されるこの妖艶な男子をこの世に生み出した神様の意図はいったい何なのだろうといぶかってしまう。描いていると、被写体のエネルギーがダイレクトに伝わってくることがしばしばあるが、あまりにも美しい彼の苦悩を感じて涙してしまうこともあった、ほとばしるエネルギーを感じ、生きる力をもらうこともある。
自らの心の大きな穴を埋めるためにあらゆる嗜癖に走り、アルコール、ドラッグ、買い物、セックス、恋愛関係依存に陥り、ロック界で有名な酒池肉林のド派手なパーティーを開き、ニューヨークのゲイ・シーンに浸りエイズウイルスに感染していく過程を読むと、私には、彼が自らの命の灯火が尽きる日を知っていて、緩慢な自殺を試みていたのではと思えてならない。長生きなどしたくない、と自ら語っていた通り、45歳で太く、短く人の何倍も生きた人生の幕を閉じた。
これだけの心の暗がりを抱えていたら、被害者意識に陥ってひねくれた人生を送る可能性は十分にあっただろうに。常に愛にあふれ、人に優しく、ユーモアに満ち、笑顔を絶やさず人に感動と勇気と力を与え続けたその人生は称賛に値する。
ウエンブリー・スタジアムで86年に行われた最後のライブでの雄姿を描いた時は涙が最後まで止まらなかった。
スイスのモントルーのレマン湖のほとりには、彼の銅像が立っているが、いまだに毎年生誕祭がおこなわれ世界中からファンが集まっている。彼の生誕地ザンジバルから最後に住んでいたロンドンの豪邸を行くファンの聖地巡りツアーまである。フレディ人気はとどまるところを知らない。
私のように、長年QUEENに魅了されつづけ、フレディのすべてを知りたいと思うファンは世界中に星の数ほどいるだろう。特に日本はQUEEN人気とその飛翔の火付け役だったので、50代を中心に熱狂的なファンはいまだに非常に多い。映画ボヘミアン・ラプソディー以降はファン層が広がり今や若者をも虜にしている。この著書SOMEBODY TO LOVE The life ,death and legacy of Freddie Mercuryはフレディ・マーキュリーのすべてを知りたいと思うファンの欲求に応えるものであると思われ、QUEENファンでなくとも、彼の人生を知り、勇気と力を得る人は多いと思われる。私にとって、自分らしく生きるとは何か、に深く想いを致すきっかけとなり、強く背中を押してくれた一冊である。日本語翻訳を是非とも実現していただきたいと思っている。

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2019年10月19日に作成されたオンライン署名