
条件付きの再開が決まりました。これは実行委員会の仮処分という最後の手段をとり、展示、作品、企画の責任を全うした事、数々の誹謗、中傷、批判にさらされながら、再開のみを勝ち取るため、ぶれずに筋を通した努力のたまものと思います。したがって、この署名はもう必要ではなくなった、という見方もあります。しかし、皆様の署名を頂いた再開に向けての問題として、文化庁、萩生田文科大臣が助成を取り辞め、名古屋、河村市長も名古屋の助成を辞めると仄めかしています。しかも、今回の再開は、検証委員会が、実行委員会メンバーの意見を誰一人も聞かないというアンフェアな状態で検証が行われ、一方的に右傾な解釈、歴史修正的な従軍慰安婦問題(女性尊厳蔑視)を排除、また天皇肖像を燃やす映像は、天皇批判ではないという、もう一つの天皇制強化の解釈で、天皇、及び、天皇制を考える事は、棚上げされました。でも、再開のよって、観る、知る、考える、議論するは最低限保たれた事は、大村知事、津田ディレクターの事実上の検閲、という結果はなくなった事になります。同時に浮上したのは、国が検閲を宣言した事です。ただし、ここで疑問を呈しておきます。「表現の不自由・その後」展に再開に批判的な美術系の人々、政治的イデオロギーだ、キュレーションが悪い、作品の質が悪い、アートではない、の批判、非難のオンパレードが、文化庁が助成チェック、検閲すると宣言したら、翻り、「撤回しろ」のオンパレード。この違いはどこからくるのでしょうか?表現という同じ土俵で行われる自由の行為を国家権力が検閲した発端・原因は、あからさまな「表現の不自由・その後」中止の圧力、電凸であったのです。なぜここに、問題共有、共感、共闘ができないのか、理解に苦します(電凸は自民政治家も関与していました)。
というような、まだまだ今後の禍根を残す問題を抱えています。・再開合意・の勝ち取りは、予断の許さない状況が続いているという意味で、何度も申して恐縮ですが、もう少し署名の続けてみます。
なお、明日、日比谷で実行委員の小倉利丸さんが、再開合意について報告を致します。
以下は、朝日新聞記事、コピペです・・・以下、記事全文・・・
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)で、中止になっていた企画展「表現の不自由展・その後」の実行委員会が30日、展示再開を求めた仮処分を取り下げ、10月6~8日に再開することで芸術祭実行委員会と合意した。中止前の状態での再開にこだわっていた企画展実行委は、どんな形で再開すると合意したのか。
脅迫→展示中止→補助金不交付「あしき前例」 不自由展
記者団の取材に応じた企画展実行委の代理人・中谷雄二弁護士によると、芸術祭実行委側から30日朝に大村秀章知事が公表した再開への4条件の提示があった。①犯罪や混乱を誘発しないように双方協力する②安全維持のため事前予約の整理券方式とする③開会時のキュレーション(展示内容)と一貫性を保持し、(来場者に)エデュケーションプログラムなど別途実施する④県庁は来場者に(県の検証委の)中間報告の内容などをあらかじめ伝える――の四つで、中谷弁護士は、「この内容で和解しましょう、と申し入れました」と説明する。
その上で、③のキュレーションの一貫性について、中谷弁護士は「同じ場所で作品を動かさないという趣旨ではなく、同じ部屋の中で個々の作品を動かすことはあり得るが、その範囲であって、一貫性、同一性を崩すことはしないと確認した」と述べた。展示は、慰安婦を表現する少女像や昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品など16作家の23作品が集められていたが、それらをまとめた企画展としての「一体性」は維持された、とみているという。
取材に同席した企画展実行委のフリー編集者の岡本有佳さんによると、「(作品の移動など)もちろん作家の了解を得ないといけないが、(作品の)維持と(展示)方法の改善の可能性を含むという意味だ」という。企画展実行委の一人、美術批評家のアライ=ヒロユキさんも「作品が集まった一体性というのがこちらのキュレーションのひとつの眼目で、それが今回の和解では担保された」と説明している。
ログイン前の続きまた、芸術祭実行委が挙げる「エデュケーションプログラム」についても、「お客様の満足度の向上が主眼だ」(アライさん)という。元々、企画展に関するトークイベントや作家との交流イベントも計画しており、そうしたことを具体的に詰めていくことになると主張している。
企画展は、脅迫やテロ予告を含む大量の電凸(とつ)(電話による攻撃)で中止に追い込まれた。再開条件の①の「犯罪や混乱を誘発しないよう双方協力」についても、中谷弁護士は「県庁等の警備に対する警察の協力を得て、万全の体制で臨むと(芸術祭実行委側から)申し入れられ、協力していくということ」と解説。岡本さんは「中止直後よりも電話の応対対策は進んでいると聞いている。私も毎日会場にいようと思うし、対策に現場の職員と一緒に対応したい」と話した。