水戸大工町交差点に歩車分離式信号を導入してください


水戸大工町交差点に歩車分離式信号を導入してください
署名活動の主旨
2025年11月、3歳の娘(原田恵理香)が、青信号で横断歩道を渡ろうとしたとき、同じく青信号で左折してきた車の左前輪に巻き込まれて命を落としました。
同様の事故が二度と起こらないようにするために、事故現場となった水戸大工町交差点において、歩行者と車両のシグナルを分離する歩車分離式信号の導入を強く求めます。
この交差点は事故発生率が高く、対策の優先度が高い地点として行政機関からも指摘されています。
また損保協会によって、事故多発地点としてリストアップされていました。
事故後、緊急対策として事故現場の左折レーンに内側ゼブラの設置がされましたが、このような改善では、青信号巻き込み事故の再発防止を図ることはできません。
2025年1月、警察庁で歩車分離式信号の設置基準が23年ぶりに緩和され、過去に「歩車分離式信号であれば防げた事故が一件でも起きた」交差点は歩車分離式信号を検討すべきこととになっており、ここの大工町交差点はまさにその基準を満たします。
交通事故統計によれば、2021年だけでも歩行者が関与する事故は全国で約3万件発生しており、その多くが交差点での事故でした(警察庁交通局データより)。
2002年の警察庁の実証実験により、歩車分離式信号だと事故の発生件数が4割減少し、歩行者と車との事故が7割減少したとのことで、大きな効果が認められています。
1992年、八王子で同様の左折巻き込み事故で小学生のお子さんを失った長谷さんご夫妻が歩車分離信号について提唱し、事故現場の上川橋交差点を歩車分離化に導き、今に至るまで歩車分離式信号の普及に尽力されておられます。
2002年には水戸赤塚で同様の左折巻き込み事故が起こり小学生が死亡し、運転手は「自分も青信号だった」と裁判でも主張し続けました。この赤塚2交差点もその後遺族の運動により2008年に歩車分離化されました。
また、2004年には都内6か所で交通量の多い大型交差点が歩車分離化されました。この中には、同じく左折巻き込み事故で幼稚園児が死亡する事故が起きている交差点も含まれています。
2007年にはタレントの風見慎吾さんの小学生の娘さんも左折してきたトラックに轢かれて死亡し、現場は9年後に歩車分離化されました。
普及進まぬ歩車分離式信号 風見しんごさん(2016年産経新聞記事)
そして2015年に高崎市でも左折巻き込み事故で中学生が亡くなる事故が起き、この交差点もご遺族の活動により歩車分離化が最近実現しました。
高崎の交差点信号 歩車分離式10年経て実現(2025年12月)
2015年に多摩市で小学生が左折巻き込みで死亡する事故が起き、こちらも住民が署名活動を行い歩車分離化されました。
2019年には愛知県知立市で左折してきたトラックで20歳の女性が轢かれて死亡し、この交差点もご遺族の活動により歩車分離化が2022年実現しました。事故防止は「長女からの宿題」 (2023年朝日新聞記事)
歩車分離式信号であれば、お互いが信号を守る限り歩行者の横断中に車両が交差点内に入ってくることはありません。お互い信号を守っているのに対人事故が起きるという悲劇を防ぐことができ、信号を守っている限りドライバーも過失責任をほぼ負わずに済みます。
人の判断という「主観」ではなく、機械という「客観的な事実」によって人の行動を制御することができます。
歩車分離式信号は、歩行者が安心して街を歩ける環境を作ります。歩車分離式信号の導入により、対人事故のリスクを大幅に減少させ、車と歩行者の双方にとって安全な交通環境の実現が可能です。多くの先進国で導入され、効果が確認されているこのシステムは、日本の交通安全レベル向上に寄与することでしょう。
2002年の歩車分離式信号試験運用を経て、警察庁の歩車分離信号設置方針から24年が経過し、全国に10416基の歩車分離式信号があります。そこでは、スクランブル、歩行者専用現示、右左折車両分離、右折車両分離と様々な信号制御方式が考案され、その信号運用でも定時式や押しボタン式で、道路状況に応じた歩車分離方式信号が見られるようになりました。
渋滞が起きやすくなるという課題が指摘されていますが、その交差点の交通容量によって違うため一概に起きやすくなるとは断言できません。全国100カ所の試験運用での渋滞は、15.1kmから14.85kmとほぼ変わりませんでした。押しボタン式にするという手段もあり得ます。
茨城県警察・国土交通省に対し、大工町交差点への歩車分離式信号の設置へ向けた速やかな対策を講じてもらえるように、ご協力をお願いいたします。
14,850
署名活動の主旨
2025年11月、3歳の娘(原田恵理香)が、青信号で横断歩道を渡ろうとしたとき、同じく青信号で左折してきた車の左前輪に巻き込まれて命を落としました。
同様の事故が二度と起こらないようにするために、事故現場となった水戸大工町交差点において、歩行者と車両のシグナルを分離する歩車分離式信号の導入を強く求めます。
この交差点は事故発生率が高く、対策の優先度が高い地点として行政機関からも指摘されています。
また損保協会によって、事故多発地点としてリストアップされていました。
事故後、緊急対策として事故現場の左折レーンに内側ゼブラの設置がされましたが、このような改善では、青信号巻き込み事故の再発防止を図ることはできません。
2025年1月、警察庁で歩車分離式信号の設置基準が23年ぶりに緩和され、過去に「歩車分離式信号であれば防げた事故が一件でも起きた」交差点は歩車分離式信号を検討すべきこととになっており、ここの大工町交差点はまさにその基準を満たします。
交通事故統計によれば、2021年だけでも歩行者が関与する事故は全国で約3万件発生しており、その多くが交差点での事故でした(警察庁交通局データより)。
2002年の警察庁の実証実験により、歩車分離式信号だと事故の発生件数が4割減少し、歩行者と車との事故が7割減少したとのことで、大きな効果が認められています。
1992年、八王子で同様の左折巻き込み事故で小学生のお子さんを失った長谷さんご夫妻が歩車分離信号について提唱し、事故現場の上川橋交差点を歩車分離化に導き、今に至るまで歩車分離式信号の普及に尽力されておられます。
2002年には水戸赤塚で同様の左折巻き込み事故が起こり小学生が死亡し、運転手は「自分も青信号だった」と裁判でも主張し続けました。この赤塚2交差点もその後遺族の運動により2008年に歩車分離化されました。
また、2004年には都内6か所で交通量の多い大型交差点が歩車分離化されました。この中には、同じく左折巻き込み事故で幼稚園児が死亡する事故が起きている交差点も含まれています。
2007年にはタレントの風見慎吾さんの小学生の娘さんも左折してきたトラックに轢かれて死亡し、現場は9年後に歩車分離化されました。
普及進まぬ歩車分離式信号 風見しんごさん(2016年産経新聞記事)
そして2015年に高崎市でも左折巻き込み事故で中学生が亡くなる事故が起き、この交差点もご遺族の活動により歩車分離化が最近実現しました。
高崎の交差点信号 歩車分離式10年経て実現(2025年12月)
2015年に多摩市で小学生が左折巻き込みで死亡する事故が起き、こちらも住民が署名活動を行い歩車分離化されました。
2019年には愛知県知立市で左折してきたトラックで20歳の女性が轢かれて死亡し、この交差点もご遺族の活動により歩車分離化が2022年実現しました。事故防止は「長女からの宿題」 (2023年朝日新聞記事)
歩車分離式信号であれば、お互いが信号を守る限り歩行者の横断中に車両が交差点内に入ってくることはありません。お互い信号を守っているのに対人事故が起きるという悲劇を防ぐことができ、信号を守っている限りドライバーも過失責任をほぼ負わずに済みます。
人の判断という「主観」ではなく、機械という「客観的な事実」によって人の行動を制御することができます。
歩車分離式信号は、歩行者が安心して街を歩ける環境を作ります。歩車分離式信号の導入により、対人事故のリスクを大幅に減少させ、車と歩行者の双方にとって安全な交通環境の実現が可能です。多くの先進国で導入され、効果が確認されているこのシステムは、日本の交通安全レベル向上に寄与することでしょう。
2002年の歩車分離式信号試験運用を経て、警察庁の歩車分離信号設置方針から24年が経過し、全国に10416基の歩車分離式信号があります。そこでは、スクランブル、歩行者専用現示、右左折車両分離、右折車両分離と様々な信号制御方式が考案され、その信号運用でも定時式や押しボタン式で、道路状況に応じた歩車分離方式信号が見られるようになりました。
渋滞が起きやすくなるという課題が指摘されていますが、その交差点の交通容量によって違うため一概に起きやすくなるとは断言できません。全国100カ所の試験運用での渋滞は、15.1kmから14.85kmとほぼ変わりませんでした。押しボタン式にするという手段もあり得ます。
茨城県警察・国土交通省に対し、大工町交差点への歩車分離式信号の設置へ向けた速やかな対策を講じてもらえるように、ご協力をお願いいたします。
14,850
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2026年4月4日に作成されたオンライン署名