僕は以前、沢山の命達を見送りました
思い出すだけで涙が溢れます
その記憶の中で絶望を感じた事もありました
倒れていた猫ちゃんを見つけた近所の子供達が悲しい顔をして僕の所にやってきました
直ぐに病院に行かないといけない。その日は日曜日で休みの病院が重なっている中、やっと探し出し病院に
子供達も一緒に行き診察へ
僅か5分も経たない間に呼ばれ
助手の看護婦から
「もう手遅れだと思いますから検査するだけ意味がありませんよ。それでも治療を希望しますか?血液検査や薬の投与してもお金がかかるたけですが」
即答しました
自分には何もしてあげられないから助けてほしいと思いきたんですよ
今にも消えてしまいそうな命をお金がかかるから助けないとかなんなんだよ!
金だったら払ってやるよ!ここは病院なんだろ!!普段はここまで言わない僕も抑えられなくなっていました
子供達は泣いていました。余りにも悲しい冷たい言葉。
その日の夜、連れて帰った猫ちゃん(キズナ)は僕の目の前で呼吸を3回深くした後静かに目を閉じました
余りの悲しさで泣き叫んだ夜
その叫びに共鳴したかのように僕の周りだけに強い風が吹き始めた事は今も忘れません
僕も余りにも儚く、悲しい、悔しい気持ちでした
人間はその金のためなら命さえもビジネスにします
これが日本の現実
コンビニに立ち寄った時、野良ちゃんがお腹をすかせて鳴いていました
僕は直ぐにお店で猫缶を買いご飯をあげていると一緒にいた仲間が
よくそういう事できますよね。偉いですよ
「お金かかるのに」
その言葉を聞いてから僕は波長が全く合わないと思いそれから疎遠になりました
自分の口には100円でも良い物を口に入れたいが100円のご飯をあげる事すらできない
自分が生まれて今までどれくらいの金銭がかかったのか
この先、どれくらいのお金を自分のために投資するのか
その中の僅かな一握りさえもできないのかと思うと余りにも悲しい思いで一杯になった事もありました。
僕は一人でできる事はほぼありません
ですが、賛同して頂ける心ある皆様が一緒ならできない事ができる事になると思っています。
今回は自分の体験した一部を愚痴のような感じでお話してしまった事、申し訳ありません。
僕はブレずに声なき声を代弁していきたいと思っています
最後まで読んで頂きありがとうございました

