Yoshimoto HiroyukiKatsushika-ku, Japón
9 oct 2026

ずっとお礼を書かなければと思っていました。でも書けませんでした。

気力も体力もなくなり、食事も喉を通らなくなり、夜は明け方に少し眠れればいいほうで。最初の頃は、たくさんの友人・知人やパパ友ママ友さんたちから頻繁に連絡が来ました。いまは2人の親友から毎日連絡がきます。私もこれほど時間がかかるとは思わなかった。数日前、娘の友達に偶然会った際にその子から出た言葉に絶句しました。

「〇〇(娘の名前)パパは、でぃーぶいしてたの?」

ああ、妻がママ友にそう話しているのだなとすぐに感じました。

「ううん、してないよ。DVって何か知ってるの?」と聞くと、

「ううん、知らない。ママが〇〇ママが言ってたって」。

そりゃ連絡も来なくなるし、LINEしても返事も来なくなる。

部屋に戻って悲しくて泣きました。もう誰に会うのも恐い。誰とも話したくない。誰にも会いたくない。何もできない。でも署名を始めた以上、ご賛同くださった皆さまにはご報告しなければならない義務があると思いました。

 

今日現在、ご署名954筆。

サイト閲覧数225,918回、シェア数1,150回、プロモーションご支援42回。

 

もう少しでご署名が1,000筆に達します。すでにマスコミの知人などを頼ってメディアにはいくつかプレゼンしています。1,000筆に達したら「子の連れ去り」に熱心に取り組んでくださっている国会議員の方々、法務省等に提出してまいります。ここまで様々な形でご協力くださった皆さまには深くお礼を申し上げます。ありがとうございます。

 

9歳だった娘を誘拐されて今日で575日。背は伸びただろうか、お友達はいるだろうか、毎日楽しく生活しているだろうか。娘を想う度に今でも涙が止まらなくなります。学校から帰ってくるとランドセルを背負ったまま私のところに来て、その日あったことを楽しそうに夢中で話す娘。寝る前は、一度私のベッドに横になり、様々な話や相談を聞き、寝る時には「お姫!」と言う娘の合図とともに私は娘をお姫様抱っこしてベッドへ連れて行く。そしておでこにキスをしてお休みをする。時々私の手を握って、眠れるまでそばにいて、と甘えてくる娘。か細く柔らかな掌の感触を今でも覚えています。一昨年はGWに北軽井沢にキャンプ、夏は4泊5日で御宿の海に。そしてちょうどこの10月の3連休は広島に旅行に行きました。私の父が戦争体験者だったので、私も小さい頃よく父に戦争の話を聞きました。それを語り継ぐことは私のひとつの役割だと思っていました。たまたま娘が学童から借りてきて読んでいたマンガが「はだしのゲン」だったので、「興味あるの?」と聞くとコクリと頷きました。ただ学童には全巻ないんだ、と言ったので全巻をプレゼントしました。まあ驚くほど熱心に読み漁っていました。20回は読み返していたと思います。それで、恐くない?と聞くと、広島に行ってみたい、と答えたのです。夕暮れ、原爆ドームの前を流れる川辺に座って、小一時間原爆ドームを眺めていた娘の小さな背中。何かをきっと感じているのだろうと思っていました。しかし、調停では妻側から、私が戦争の話ばかりする、ハラスメントだとクレームが入り、認められました。家庭裁判所と言うところはデタラメで無茶苦茶なところでした。私がどんなに陳述書や反論書を書いても通りませんでしたが、妻側の主張や要望は全て通りました。面会交流(親子交流)調停も、月に一度手紙を書いていい、と言う内容で決まりかけ、申し立てを取り下げました。何故出ていく時に、「行きたくない、行きたくないよ」と私に抱きついてきた娘と月に一度の手紙を送ることしか認められなかったのでしょうか。それも読むも読まないも子どもの自由。返事は書かない、というもの。妻側のデタラメな主張だけが罷り通る場所でした。暴力も、ハラスメントも、したことなどないのに、あったかのように娘にまで記憶を擦り付け洗脳してしまった。でも想像してみれば、9歳の子が突然父親から連れ離され、知らない街で母と生きていくと言われたら、母親の顔色をうかがいながら母親の言うことに従うしかないのかもしれません。こうして私の離婚調停は不調で終わりました。家族と言う一番小さなコミュニティでこんな、学校で言えばいじめのような状態になるのなら、世界から戦争はなくならないのかもしれませんね。

 

これから離婚訴訟が始まります。調停では証拠調査をしませんが、訴訟ではすべてにおいて証拠が必要です。しかし闘う気力も今はありません。ありませんが無理やり戦場に連れ出されます。妻側はいま弁護士を4人雇っています。できればそのお金を娘に使ってほしかった。私には弁護士はいません。弁護士と言う人種を信じられなくなりました。ひとりで闘うつもりです。娘にはもう会えないのだと思います。救い出すことは限りなく難しくなりました。それでも娘のために最後の気力と知力を振り絞って闘います。娘は私の全てでした。そして娘は私の誇りです。来月娘は11歳になります。

多くの皆さまのご助力に改めてお礼申し上げます。ありがとうございます。

 

私はその小さく柔らかな手を離してしまった。

離したら永遠に会えなくなるなんて思わなかった。

 

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