Petition update「あなたの病気を診られる専門医が、この地域にはいません」〜国民に必要な医師の育成を求めるための緊急署名!!

【オフトーク(Off-talk)・医学教育についてのひとりごと・その5】:医師を育てる制度は、誰のためにあるのでしょうか?―松永正訓先生の『大学病院の正体』を読んで

一戸 辰夫Hiroshima, Japan
Oct 15, 2026

本署名活動を温かくご支援いただいている皆様へ

秋も深まり、朝夕には少し肌寒さを感じる季節となりました。
異常とも思える気候の変化が続いていますが、不思議なことに、毎年この季節になると、どこからともなく金木犀(キンモクセイ)の甘い香りが漂ってきます。その香りにふと足を止め、子どもの頃に戻ったような、懐かしい気持ちになるのは、私だけでしょうか。

さて、そんな秋の一日、つい最近出版されたばかりの一冊の本を手に取り、私自身が若い医師だった頃のことを、あらためて思い出す機会がありました。
『大学病院の正体 手術、人事、教育、研究のすべて』(中公新書ラクレ、2026年10月)という本です。著者は、小児外科医であり、数多くの著作を世に送り出しておられる松永正訓先生。
大学病院の診療、研究、教育、そして医師たちの働き方について、長年のご経験をもとに、率直な言葉で綴られた一冊です。

私が特に興味深く読ませていただいたのは、卒後臨床研修制度と、若い医師たちの進路選択について論じられた部分でした。実は、松永先生は、2004年に始まった現在の卒後臨床研修制度について、廃止すべきであるという、たいへん明確なご意見を述べておられます。

私自身は、直ちに制度を廃止すべきかどうかについて、まだ結論を出してはいません。
しかし、松永先生が投げかけておられる問いには、いろいろと考えさせられました。

■ 若い医師を育てることは、誰の仕事なのでしょうか?
かつて、多くの若い医師たちは、医学部を卒業すると、自分が志した診療科の先輩医師たちのもとで研修を始めました。もちろん、その時代の教育がすべて優れていたわけではありません。医局によって教育の質には大きな違いがあり、長時間労働や不合理な慣行も存在していました。

しかし、そこには一つの大切な仕組みがありました。
先輩医師が後輩医師を育て、その後輩がやがて一人前になり、さらに次の世代の若者を育てていくという、専門医療を継承する仕組みです。
松永先生は、ご自身が若い頃、先輩医師たちが手取り足取り指導してくれた経験を紹介されています。
なぜ、そこまで熱心に教えてくれたのでしょうか。
それは、若い医師が育つことが、その診療科全体の力になるからです。
この指摘を読んで、私は少し考え込んでしまいました。
私たちは、若い医師たちに医学を教えることを、いつの間にか、定められた教育課程をこなすこととして考えるようになってはいないでしょうか。
本来、若い医師を育てることは、将来の患者さんを守ることでもあるはずです。

■ 2年間の初期臨床研修は、何をもたらしたのでしょうか?
2004年に現在の卒後臨床研修制度が始まってから、すでに22年が経過しました。
この制度には、医師が幅広い基本的診療能力を身につけるという、大切な理念があります。
私も、その理念自体を否定するつもりはありません。
しかし、制度が始まってから長い年月が経過した今、私たちは、その成果だけでなく、当初は予想していなかった影響についても、冷静に検証する必要があるのではないでしょうか。

例えば、若い医師たちが専門診療に本格的に取り組み始める時期は、以前と比べてどう変わったのでしょう。数週間から数か月という比較的短い期間で、さまざまな診療科を経験することは、専門医を育てる側の教育のあり方に、どのような影響を与えたのでしょう。
そして、何よりも重要なことがあります。
若い医師たちは、いつ、どのような理由で、ある診療科を将来の選択肢から外しているのでしょうか。
私たちは、そのことを本当に知っているのでしょうか。

■ 医師たちの「やりがい」は、どこへ行ったのでしょうか?
松永先生の著作には、もう一つ、印象に残った指摘があります。
それは、皆様もよくご存じの、近年、医学部を卒業した若い医師たちが、美容外科などの自由診療の世界へ進む例が増えているという問題です。松永先生は、若い医師たちが高い収入や働きやすさを求めて進路を選ぶことについて、率直な疑問を投げかけておられます。

しかし、私は、この問題について、若い医師たちだけを批判することには慎重でありたいと思います。
そもそも、私たち先輩医師は、若者たちに専門診療の魅力や、患者さんの人生を支えることの喜びを、十分に伝えてきたのでしょうか。
難しい病気に苦しむ患者さんと向き合い、時には治療がうまくいかず、悩みながら、それでも新しい医学を学び続ける。
そして、かつては治せなかった病気を治せるようになる。
そうした経験の中に、医師という職業のかけがえのない喜びがあることを、私たちは若者たちに伝えられているのでしょうか。
もちろん、医師にも健康で文化的な生活を送る権利があります。長時間働くこと自体を「美徳」とする時代に戻るべきではありません。
大切なのは、若い医師たちが、安心して働きながら、専門的な能力を高めることに喜びを感じられる環境をつくることではないでしょうか。

■ 専門医を育てることは、未来の患者さんを守ることではないでしょうか?
松永先生は、小児外科の専門医や指導医になるまでに、長い年月と数多くの手術経験が必要であることも紹介されています。高度な専門医療を身につけるためには、どうしても時間がかかります。
私が専門とする血液内科も同じです。
白血病や悪性リンパ腫、造血幹細胞移植などの診療を、一人前に担えるようになるまでには、長い年月の学習と臨床経験が必要です。

若い医師たちの中で、専門診療を志す人が少しずつ減っていったとしても、その影響はすぐには表面化しないかもしれません。
しかし、10年後、20年後にはどうでしょうか。
そのとき、患者さんを診ることのできる専門医が十分に育っていなければ、私たちは取り返しのつかない事態に直面することになります。この問題は、決して医師だけの問題ではありません。

将来、病気になったとき、誰が私たちを診てくれるのか。
すべての国民の皆様に関わる問題なのです。

■ だからこそ、若い医師たちの本当の声を聞きたいと思います
そこで今月、私たちの会では、別に進めている署名活動の一環として(注)、医師の意識調査を新たに開始することとしました。
対象となるのは、全国の血液専門医教育施設で研修を受けている初期臨床研修医の皆さんと、そこで若手医師の教育に携わっておられる指導医の先生方です。
松永先生がご自身の経験をもとに投げかけておられる問いについて、私たちは、若い医師たち自身の声と、指導医の先生方の声、そしてできる限り客観的な資料をもとに、考えてみたいと思います。
(注:「あなたとあなたの家族の未来を守るために、10万人の声を!:地方でのがん治療医と血液内科医の不足を解消するため具体策を求める」  
署名サイトURL: https://c.org/NcCxDf9gkY

今回の調査では、若い医師たちが診療科を選ぶ際に何を重視しているのか、どのような経験が進路選択に影響しているのか、そして、指導医の先生方はそのことをどのように受け止めているのかを調べたいと考えています。私たちの仮説が正しいという結果が出るとは限りません。
もしかすると、これまで私たちが考えてもいなかった理由が見つかるかもしれません。
それでも構いません。大切なのは、最初から答えを決めてしまうことではなく、若い医師たちの声に真摯に耳を傾けることです。

松永先生の著作に触れ、私はその大切さをあらためて考えました。
医師を育てる制度は、誰のためにあるのでしょうか。
学会のため、大学病院や医局のため、それとも医師自身のためでしょうか。
私は、最終的には、これから生まれてくる子どもたちを含め、未来の患者さんたちのためにあるのだと思います。
22年前に始まった卒後2年間の臨床研修制度を、今の時代に合わせて見直すことは、決して過去の改革を否定することではありません。
むしろ、その改革が本当に目指していたものを、次の世代へと引き継ぐための作業なのではないでしょうか。

皆様は、どのようにお考えになりますか。
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

P.S. 今回ご紹介した松永正訓先生の『大学病院の正体』は、大学病院や医師の教育について、さまざまな角度から考えるきっかけを与えてくれる一冊です。ご関心のある皆様には、ぜひお手に取っていただければと思います。

署名サイトURL: https://c.org/BYfSxz9bvN

一戸辰夫
「若手がん治療医・血液内科医を支援する会」 代表
[連絡先:tatsuo.ichinohe@icloud.com  いつでも皆様からの建設的ご批判・ご意見をお待ちしています]

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