Petition update法輪功を支持し、27年間の残酷な迫害を終わらせる

2026年8月、中国の法輪功学習者迫害状況の概要

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Sep 19, 2026

【明慧日本】明慧ネットの情報統計によると、8月には、少なくとも397人の法輪功学習者(以下、学習者)が中国共産党(以下、中共)によるさまざまな形の迫害を受けたことが確認されている。このうち、14人が迫害され死亡、あるいは迫害の中で死亡、少なくとも58人が不当な判決を宣告され拘禁された。また、191人が連行され、130人が嫌がらせを受け、4人が「学習クラス」などの形で洗脳による迫害を受けた。

迫害の実例

 1、黒竜江省チチハル市の姚興啓さんが迫害され死亡

 明慧ネット2026年8月20日の報道によると、黒竜江省チチハル市フラルキ区の学習者・姚興啓さん(79歳男性)は2026年5月12日、北興派出所の警官によって連行され、5月29日までチチハル市第一拘置所に拘禁されていた。6月24日、姚さんはこの世を去った。

 姚さんは、チチハル市フラルキ区にある中国第一重機械集団で勤務していた。1999年7.20、中共の江沢民集団が法輪功に対する狂気じみた迫害を開始して以来、何度も連行・嫌がらせをされ、金銭を要求された。

 2010年、法輪功迫害の実態を伝えたことで通報されて拘禁され、5000元を科された。2010年4月2日午後、姚さんは再び連行され、家宅捜索を受けた。翌日、5000元をゆすり取られた後、解放された。

 2011年2月28日、姚さんは北興派出所の警官により連行され、富区拘置所に拘禁された。最終的に、懲役3年6カ月の実刑判決を言い渡され、泰来刑務所に拘禁された。

 2025年5月10日午前、姚さんと妻(学習者ではない)は、再び北興派出所の警官により連行された。同日夜10時、警官は2000元の「保釈」金を強要した後、2人を自宅に帰した。

 2026年5月11日、姚さんは北興派出所に赴き、押収された法輪功の書籍の返還を求めたが、派出所は返還するどころか、姚さんを連行し、チチハル市第一拘置所に拘束した。

 5月21日、姚さんは拘置所で迫害を受け、意識不明の重体となり、病院に搬送され、救命措置を受けたが、状態はよくならなかった。警官は責任を問われることを恐れ、5月29日に姚さんを自宅に送り返した。6月24日、姚さんは冤罪を抱えたまま亡くなった。

 2、20年にわたる監視、労働教養、放浪生活 撫順の耿向武さんが死亡

 明慧ネット2026年8月13日の報道によると、遼寧省撫順市東洲区の耿向武さんは、真・善・忍の信念を貫いたことを理由に、20年以上にわたる残酷な迫害を受けた。2019年9月12日、耿さんは長期にわたる高圧的な監視や嫌がらせ、心身に深刻な苦痛を与えられた末に無念の死を遂げた。享年75歳。

 1999年7月20日以降、耿さんは不当に3年の労働教養処分を言い渡され、武家堡労働教養所に拘禁された。

 労働教養所での拷問により、耿さんは不整脈、胆石の急増、腎臓結石、激しい痛みなどの症状を発症した。労働教養所側は命の危険を恐れ、一時的に帰宅させざるを得なくなった。

 2016年4月22日、耿さんは連行され、撫順市拘置所へ送られたが、身体検査の結果が入所の基準に達していないため、帰宅した。

 帰宅後も、長期にわたる監視、嫌がらせ、放浪生活、そして精神的な圧力により、耿さんの身心は激しく打ちのめされた。2019年9月12日、膨大なプレッシャーの中で無念の死を遂げた。

 3、雲南女子刑務所で薬物迫害の疑い 普宝玉さんが釈放の2日前に急死

 明慧ネット2026年8月16日の報道によると、雲南省昆明市の普宝玉さん(当時65歳)が、2025年9月9日、雲南省第二女子刑務所で突然死亡した。不当な拘禁期間が終了するわずか2日前のことだった。情報筋によると、普さんは刑務所で不明な薬物を強制的に注射されていたという。

 普さんは真・善・忍の信念を貫いたことで、中共から度重なる迫害を受けた。夫は圧力に耐えかねて離婚し、普さんは毎月1000元余りの年金で厳しい生活を送り、一時期は居場所さえ定まらない状況にあった。普さんはこれまでに三度も不当な判決を言い渡され、拘禁期間は通算12年4カ月に及んだ。

 2005年8月2日、普さんは官渡公安支局国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関。以下、国保)の警官に連行され、家宅捜索を受けた。2007年8月13日、昆明市高等裁判所は普さんに対し、懲役3年の判決を言い渡した。

 普さんは雲南省第二女子刑務所の第4監区へ送られた。拘禁されて間もなく、普さんは42日間もの間、独房に閉じ込められた。その間、洗顔、入浴、着替え、洗濯することなど、すべて禁止された。トイレに行けるのは1日わずか4回のみで、水の使用も禁止された。普さんは終日、拷問用具である小さないすに座らされ、臀部に腫れ物ができ、膿が流れ出た。2008年2月1日に帰宅した。

 2012年5月4日深夜12時、官渡区国保の警官らが普さんを連行した。その後、昆明市高等裁判所は再び普さんに懲役3年の判決を下した。

 2019年5月12日、普さんは官渡区国保の警官らにより連行された。その後、懲役6年4カ月の不当判決が下されたが、家族には一切通知されなかった。

 普さんは雲南省第二女子刑務所に送られた後、長期にわたり刑務官から厳重な監視と厳しい管理による迫害を受けた。普さんの不当な拘禁期間は2025年9月11日に終了する予定だったが、9月9日の朝、同じ監室の受刑者が、普さんの呼吸と心拍が既に停止しているのを発見した。

 4、天津市の孫淑華さんが2度の不当判決、帰宅半年後に死亡

 明慧ネット2026年8月6日の報道によると、天津市薊県の学習者・孫淑華さんは、2度にわたって不当な判決を受けて拘禁され、心身に深刻なダメージを受けた。2026年1月に帰宅したが、7月6日に亡くなった。享年61歳。

 中共による法輪功への迫害が始まった後、孫さんは法輪功の修煉を堅持したとして、嫌がらせ、連行、拘留、労働教養を科され、労働教養所では残酷な精神的・肉体的拷問を受けた。高齢の両親も、恐怖の中でこの世を去った。

 2009年4月13日、孫さんは桑梓派出所の警官に連行され、家宅捜索を受けた。40日以上拘束された後、1年2カ月の労働教養処分を受けた。

 天津女子労働教養所で、孫さんは毎日、朝5時過ぎから壁に向かって立たされ、朝食は3分で食べ終えるよう強要され、その後また昼食まで立ったまま姿勢を強制され、昼食も3分で食べ終えるよう強いられた。さらに夕食まで立たされ、夕食も3分で済ませ、その後もさらに深夜12時まで立たされた。この罰立ちは1カ月以上続いた。その後も、額を壁につける、鼻先を壁につける、腹を壁につける、つま先を壁の根元にぴたりとつけるなど、さまざまな苦しい立たせ方を強いられ、毎日17、18時間に及んだ。

 しばらくすると、今度は「座り続ける」ことを強いられた。小さな腰掛けに、腰をまっすぐに、脚をまっすぐにし、両手を膝の上に置き、目は前方をまっすぐ見つめ、うつむくことも、目を閉じることも、人と話すことも、人を見ることも許されず、違反すれば頭を殴打された。毎日17、18時間座らされ、トイレへ行くことも許されなかった。

 2024年7月19日、孫さんは再び連行され、不当に1年6カ月の判決を受け、さらに罰金1万元を科された。長期にわたる迫害によって、孫さんの心身は深刻な損傷を受けた。2026年1月に帰宅した後も、血圧は常に200mmHgを超える状態が続き、7月6日、高血圧による脳出血を起こして亡くなった。

 5、薬物迫害で植物人間状態 遼寧省の高雨民さんが死亡

 明慧ネット2026年8月3日の報道によると、遼寧省阜新市の高雨民さんは、法輪功迫害の実態を人々に伝えたことを理由に、2014年に中共の裁判所から不当に懲役3年6カ月の判決を言い渡された。瀋陽第一刑務所に拘禁されていた間、高さんは拷問、電気ショック、強制灌食、中枢神経を破壊する薬物の注射などの虐待を受けた。拘禁される前は健康だった高さんは、帰宅時にはすでに植物人間状態になっていた。

 瀋陽医科大学第一附属病院は高さんに対して毒物検査を行い、中毒性代謝性脳症と診断し、バルビツール酸系が陽性であることを確認した。その後何年にもわたり、高さんは流動食の注入によってかろうじて命をつないでいた。2026年7月19日、高さんは亡くなった。享年59歳。

 ✦迫害に加担させられた立場から法輪功を理解し、学び始める

 高さんは阜新市公安局刑事警察隊の警官で、若い頃には、中共による法輪功への中傷宣伝を信じていたため、迫害にも関与していた。

 しかし、法輪功学習者と接する中で、高さんは学習者たちの善良さと不屈さが、当局の宣伝していた内容とはまったく逆であることに気づき、考え直し始めた。

 ある日、高さんは自宅の玄関前で法輪功の資料を拾い、それを読んで、法輪大法こそ真の佛法であり、迫害運動は江沢民がねたみによって引き起こしたものだと知った。これにより、高さんは学習者の勇気に敬意を抱き、自らも学び始めた。

 修煉を始めてから、高さんは真・善・忍を基準として厳しく自分を律し、あらゆる悪習を断ち切った。また、10年以上にわたり精神疾患を患っていた妻の世話を、不平も言わず献身的に続け、人助けを惜しまなかった。そのため、近隣の人々は皆、高さんを本当の良い人だと認めていた。

 ✦法輪功の資料を配布して連行され 拷問を受ける

 2013年11月6日、高さんは彰武県彰古台鎮で法輪功の資料を配布していた際、国保の隊長の崔海峰らに連行され、彰武県黒坨子留置場へ送られた。

 高さんは一日中、手錠と足かせを付けられたままにされ、迫害に抗議するため断食した。留置場の警官は高さんに対し、殴ったり蹴ったりするなどの暴行を加えたうえ、乱暴な灌食や塩水注入などで苦しめた。それでも高さんは善を勧める手紙を書き続け、同業界の警官たちに対しても、悪事に加担しないよう忠告していた。

 2カ月後、高さんは迫害によって極度に衰弱し、家族が背負って留置場から連れ出し、一時釈放となった。帰宅後も高さんは法輪功の本を読み、煉功を続け、わずか1カ月で正常な状態に回復した。家族はその回復に驚くと同時に心配し、迫害を避けるため身を隠すよう勧めた。しかし高さんは、80代の母親のことを気にかけ、精神に異常のある妻の世話もしなければならず、自分の保証人となった兄に迷惑をかけたくないとも考えていた。

 ✦再び連行され、不当に懲役3年6カ月

 2014年2月21日、彰武県裁判所の警官は高さんの自宅マンションの下で待ち伏せし、高さんを再び連行した。3月14日、彰武県裁判所は高さんに懲役5年の判決を下した。高さんが控訴した後、阜新市高等裁判所は刑期を3年6カ月に変更した。

 同年11月7日、高さんは瀋陽第一刑務所へ送られた。その時点で高さんはすでに20日以上にわたって断食を続けており、吐血や血便もあり、身体は極度に衰弱していた。刑務所病院の検査報告では、15項目の数値に異常があり、腎不全、肝臓と腎臓の損傷が確認され、さらに心臓にも障害が及んでいた。視力はぼやけ、意識ははっきりせず、しばしば昏睡状態に陥り、すでに危篤通知まで出されていた。

 それにもかかわらず、阜新市政法委の指示のもと、瀋陽第一刑務所はなおも高さんの収監を強行した。

 ✦電気ショック、薬物注射、独房監禁 植物人間状態にまで迫害される

 瀋陽第一刑務所の厳しい管理チームは、高さんに「転向」を強要し、乱暴に殴打した。平手打ちを加え、受刑者に32まで数えさせ、その後は靴底で打ち据え、顔が変形するほど打ち続けた。それでも高さんは屈せず、機会があればなお煉功を続けたため、警官は高さんの両足に電気ショックを与え、歩けなくなるまで苦しめた。

 最も不可解なのは、高さんの刑期満了の2カ月前に、阜新の公安・検察・裁判所の内部で、すでに高さんが死亡したという情報が流れていたことである。しかもその時、刑務所はまさに高さんに毒手を下していた。すなわち、中枢神経を破壊する大量のバルビツール酸系薬物を注射し、そのうえ独房に閉じ込めて殴打し、毒物反応を引き起こしていた。

 7日目、高さんが死の瀬戸際にある状態になってから、刑務所は家族に通知した。家族が駆けつけると、目はうつろで、身体はこわばり、高さんはすでに植物人間状態になっていた。しかし、刑務所側はそれを断食が原因だとうそをついた。

 家族は尿を採取して検査に出したところ、遼寧省薬物監督検査センターの鑑定で、薬物注射から9日後であっても、高さんの体内では強い陽性反応が出ており、重度の中毒状態であることが確認された。

 家族が薬物による迫害の確かな証拠をつかんでいたため、刑務所側は一時、賠償に同意した。しかし遼寧省政法委と610弁公室はこれを認めず、「賠償はできない。賠償したら、こちらの非を認めることになる」と言った。

 ✦長年にわたり流動食で命をつなぐ それでも厳重な監視が続く

 高さんは刑務所病院で1年以上にわたり救命措置を受ける状態にあり、命はいつ絶たれてもおかしくなかった。帰宅後も、自力で生活することができず、家族は高さんの命をつなぐため、家のすべて注ぎ込み、病院の近くに部屋を借りて交代で世話を続けた。

 高さんが帰宅して半年以上たっても、なお日常生活はまったく自立できない。時にはけいれんを起こし、意識もはっきりせず、知能は3、4歳の子ども程度にまで低下していた。それにもかかわらず、阜新政法委と610弁公室はなお厳重な監視を続け、脅迫や懐柔を加え、外部に情報が漏れることを徹底して防ごうとした。

 長年の治療の中で、高さんは毎日、流動食を注入することでかろうじて命をつないでいた。不当に公職を解雇されたため生活の糧は一切なく、家族はさらに24時間体制の付き添いをする人を雇う費用まで負担しなければならなかった。生活費、医療費、介護費がどれほどにのぼったか、計り知れない。2026年7月19日、高さんは長年にわたる苦しみと薬物中毒の末、亡くなった。

 6、さまざまな迫害を受け 遼寧省の王暁明さんが死亡

 明慧ネット2026年8月24日の報道によると、遼寧省撫順市新賓県公安支局の警察官・王暁明さんは、法輪功を学んだことが原因で、中共による迫害をたびたび受けた。今年6月15日、王さんは無念な思いを晴らせないまま、この世を去った。享年58歳。

 6月15日に王暁明さんが亡くなってから、6月17日に出棺するまで、空はずっと雨模様で、小雨から、そして大雨へと降り続いた。新賓永陵墓地の近くでは、未明の2時から3時ごろ、一部地域で大きな雪が舞い、走行中の車のフロントガラスを打つほどであった。

 王さんは案件処理において常に公平・公正を貫き、当事者からも高く評価されていた。ある当事者は、自分の案件が不公平に処理されたとして所長に抗議しに行った際、こう語ったという。「もし、あなたたちがみな王暁明さんのように仕事をし、真・善・忍の基準で自分を律していたなら、私はここに抗議しに来ることはなかったでしょう」

 しかし、1999年7月に中共が法輪功への迫害を始めると、王さんは、新賓県公安支局の指導部から「不適格公務員」という名目で解雇を命じられた。

 2001年9月、王さんは不当に拘束され、撫順労働教養所へ送られた。労働教養所で、王さんは断食をして迫害に抗議した。そのため、警官らによって手錠をかけられたまま、撫順第三病院へ連行され、強制的に灌食された。灌食されるたびに、王さんはその後しばらく全身けいれんを起こした。その夜、王さんは意識を失い、病院へ搬送されて救命措置を受けた。

 2002年5月13日、撫順市公安局の警官が王さんに激しい暴行を加え、2年間の労働教養処分を科し、呉家堡子教養所に送った。

 2021年7月31日、王さんは新賓県公安局から不当に解雇された。王さんはその後、各層の部門に対して実名で申立てと告発を行い、法輪功の修煉は合法であると訴えた。関係した部門は、県、市、省、さらには中央の複数の機関にまで及んだ。2026年6月15日に、王さんはこの世を去った。

 7、安徽省の技師・唐志飛さんが不当に8年の判決 刑務所で残酷な迫害

 明慧ネット2026年8月4日の報道によると、安徽省合肥市のソフトウェアエンジニア・唐志飛さん(44歳)は、2023年8月3日、自宅で警官に連行された。警官は、唐さんが「ネット検閲を突破」し、海外のプラットフォームで法輪功に関連する動画を公開し、その再生回数が6000回を超えたと主張した。その後、唐さんは懲役8年の不当な判決を受け、2024年に宿州刑務所に拘禁された。

 唐さんは2023年8月3日、自宅で井岡山派出所の警官に連行され、家宅捜索を受けた。警官はさらに、唐さんの家のドアの鍵を交換し、家族の立ち入りを禁止した。

 2024年、唐さんは宿州刑務所の埇橋監区に移送された。迫害に抗議したため、唐さんは暴行や唐辛子スプレーでの噴射などの拷問を受けた。その後、唐さんは断食して抵抗したが、鉄の檻に閉じ込められ、心身に二重の苦痛を与えられた。

 2025年、家族が唐さんと面会した時、看守はなんと受刑者に、ゴミを運ぶ小さな鉄製の台車で唐さんを面会場所まで運ばせた。その光景は衝撃的だった。

 8、迫害で尿毒症を患うも、徐強さんはなお強制労働を強いられる

 明慧ネット2026年8月6日の報道によると、大連市普蘭店区の学習者・徐強さん(66歳女性)は、不当に懲役9年10カ月を宣告され、2022年3月3日に遼寧省女子刑務所へ拘禁された。

 長期にわたる迫害の結果、徐さんは尿毒症を発症した。2026年3月、第11監区の虚弱者収容区画へ移された。それにもかかわらず、過酷な労働を強いられている。

 最近分かったところによると、徐さんは第11監区で、受刑者による監視、脅迫、罵倒を受け続け、長時間立ったままで作業をさせられ、少し休むことすら許されていない。家族が虐待の状況について問いただした時、刑務官は「知らない。徐強からそのような訴えはない。24時間ずっと監視カメラを見ているわけにはいかない」などと言って責任を逃れた。

 9、たび重なる迫害を受けた武漢市の許利華さんが洗脳班へ連行

 明慧ネット2026年8月26日の報道によると、今年8月24日、湖北省武漢市の学習者・許利華さん(52)が不当な15日間の拘留期間が満了した。当日の午前8時30分、家族が武漢市第一女子拘留所へ行き、引き取りの手続きをしようとしたところ、家族は引き取ることができず、事件を扱った派出所しか引き取れないと告げられた。これは公然と法律に反する行為であり、家族は第一女子拘留所を告発したが、拘留所側はこれを受理しなかった。

 その後、家族は、許さんが武漢市蔡甸区玉笋山洗脳班へ直接送られたことを知った。この洗脳班の前身は、漢口にあった二道棚洗脳班であり、これまでに複数の学習者を致死させ、多くの学習者を精神錯乱や身体障害に追い込んできた。

 10、瀋陽市の退職教師・李栄新さんに不当裁判、裁判官が頻繁に妨害

 明慧ネット2026年8月25日の報道によると、瀋陽市の学習者・李栄新さん(71歳男性)は、すでに6カ月以上拘束されている。2026年8月6日、李さんは大東区裁判所で不当な裁判に直面した。開廷前、裁判官は不当に家族の弁護人資格を取り消し、さらに、他の家族を強引に「証人」とすることで傍聴を排除した。裁判の過程では、裁判長が李さんの自己弁護をたびたび遮り、最終的には50分足らずで慌ただしく審理を終えた。

 李さんは瀋陽市に居住する退職した小学校教師である。

 2026年2月4日の正午から午後3時までの間、瀋陽市皇姑区黄河派出所および皇姑区国保の警官7人が、自宅のドアを強制的に破壊して押し入り、李さんと妻を連行し、3時間に及ぶ家宅捜索を行なった。家の中の文字が記載されている物品は、ほぼすべて押収された。

 その後、李さんは皇姑区留置場に拘禁され、現在に至るまで6カ月以上が経過している。

 現在、家族は李さんの権利を守るための手続きを進めており、関係機関への苦情申し立てや再審請求を行い、違法行為に関わった者の責任を追及する構えである。

2026年8月、中国の法輪功学習者迫害状況の概要

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