福岡市に平和資料館をつくって!

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発信者:福岡市に平和資料館の設置を求める会 宛先:福岡市長 髙島宗一郎殿

福岡の街は、終戦から2ヵ月前の1945年6月19日深夜、米軍のB29爆撃機221機の襲撃を受け、博多湾海岸線から櫛田神社、大濠公園までの一帯が被災、当時の福岡市の実に3分の1を焼失し一面の焼け野原と化しました。罹災戸数は12,856戸、罹災者数は60,599人、死者・行方不明者は1,146人に達しました。

博多港は敗戦後、海外に進出していた日本人の引揚港として「港の全機能を発揮して、国家的重大使命を果たした」(市政90周年記念誌「福岡の歴史」1979年福岡市発行)のでした。博多引揚援護局史によると博多港引揚者数は139万2429人、戦時中在日していた朝鮮人等の送出数は50万5496人とされていますが、終戦直後に釜山から漁船をチャターして帰国した人も相当数あり、それらの人を加えると博多港はわずか1年半ほどの短期間に、およそ200万人が往来した民族大移動の拠点となっていました。これらの他にも、福岡市内では、戦争にまつわるさまざまな悲惨な出来事がありました。

また、福岡市は広島・長崎両市に次いで、被爆者が多い都市でもあります。人類史上初めて使用された大量殺人兵器・原子爆弾が三度使用されるようなことがあってはなりません。しかしヒロシマ・ナガサキから75年を経たいま、なお世界には13,400発の核兵器が存在しています。3年前国連総会で可決した核兵器禁止条約の批准国が50カ国となり、2021年1月に発効することになったことは私たちの希望です。

私たちはかつての悲惨な戦争の歴史を忘却の彼方に追いやるのではなくしっかりと記憶し、さらに次の世代にきちんと引き継いでいくことが求められています。そこでこの地における博多港引揚と福岡大空襲、さらに人類を破滅に導く原子爆弾を投下されたヒロシマ・ナガサキなど戦争と郷土の歴史を記憶に留め後世に引き継いでいくため、福岡市に平和資料館の設置を求めます。

議長あての請願署名にもご賛同ください。用紙をダウンロードして、ご署名の上、郵便で送ってください。

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