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神宮外苑の国立競技場跡地をみんなの原っぱに!

1958年に建てられた国立競技場は、アジア大会(1958)、東京オリンピック(1964)他、かずかずの記憶を残したまま、2015年3月に壊されてしまいました。建つはずだった巨大な開閉式屋根付きの競技場は、建設費・維持費などへの国民の疑問から、昨年7月に首相によって白紙撤回されました。

ぽっこりと空いた空間には広い空が見えます。樹木はかなり伐採されてしまいましたが、クローバーが育って緑の地面が見えます。そしてなんと、聖徳絵画館前からは国立競技場によって遮られていた西方に、くっきりと富士山が見えます。 

かつて江戸の風景は富士山が見えることが象徴的でした。広重や北斎の浮世絵にも多く富士山が書き込まれています。日本橋の駿河町は正面に富士山が見えることで、江戸の超一等地でした。江戸東京には富士見坂が20近くありました。大正年間に神宮外苑が作られた時には、外苑のあちこちからこの富士山はよく見えたはずでした。

昭和30年代でも二階建てアパートの窓からも、小学校の屋上からも富士山はよく見えました。しかし戦後、そしてバブル期の開発によって、ほとんど富士山は見えなくなりました。私たちは三十年前、唯一地べたから富士山の見える荒川区の日暮里富士見坂の風景の美しさに気づき、その眺望を守る活動を町の仲間と続けてきました。しかしビル建設でそれももう見えません。

今、都心で富士山が見られるのは高層ビルの上に住まいやオフィスを持つ人だけです。国立競技場が壊された事は国民の多くが残念がっていますが、視線を遮る競技場がなくなったために、絵画館前から富士山が見え、私達の記憶を蘇らせてくれました。しかし新国立競技場ができると再び絵画館前からの富士山は望めなくなってしまいます。

巨大な新国立競技場計画(建設費1500億、50年で維持費1000億)はやめて、オリンピックを行うにしても、現在ある調布味の素スタジアムなどの改修で慎ましく行いたいものです。そして絵画館前からの富士山の見える方向には高いものを建てさせない、という政策的誘導ができれば、日本の都市の成熟を世界に示すことができるでしょう。

跡地からも富士山の一部は臨めるようです。眺望を邪魔しない小高い土手を作ってもいいし、周囲に木を植え、できるだけ目的を限定しない原っぱとして、ピクニックをしたり、走り回ったり、凧揚げをしたりできればなんて楽しい事でしょう。

どうぞ、皆様のご賛同をお願いします。

(現在、競技場内部には立ち入れないので、安冨歩さんの夕景の富士を使わせていただいています)

 山崎範子(編集者・谷根千工房・日暮里富士見坂を守る会)       森まゆみ(作家・日本ナショナルトラスト理事) 

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  • 内閣総理大臣
    内閣総理大臣 安倍晋三
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    安倍晋三
  • 安倍晋三総理大臣
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