ロースクール制度、破綻。ロースクールにいかなくても司法試験を受験できる昔のやり方に戻しませんか。

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「司法試験受験には、原則として、ロースクール(法科大学院)を修了する必要がある(予備試験に合格した場合には、この限りでない)」という制度になってから8年ほどが経過しようとしています。この間に、この制度の欠陥は明らかになりました。社会的には勿論、弁護士をはじめとして「優秀」といってもてはやされているのは予備試験ルートで司法試験に合格した人たちであって、ロースクール修了生ではありません。いわゆる予備試験組向けのリクルート活動が積極的に行われるようになっています。一方で、ロースクール間の格差も広がっていて、非常に少ないトップ数校のロースクールに入れば在学中に法律事務所でのエクスターンができて就職も決まるのに対して、中位・下位のロースクールを出た者は、司法試験に合格しても就職先を探すのに困難を強いられています。ロースクールに行くのにはコストがかかりますし、予備試験を受験するには予備校に通うことが通常です。正社員などとして働きながらロースクールに行ったり、予備試験を受けたりすることは容易でないこともあり、このような選択をすることができるのは、実家からの援助を期待できる人たちであることが多いです。そうでなければ、ロースクールに行くために奨学金制度を利用することになります。これを行うと、ロースクール卒業と同時に、数百万円の借金を背負うことになります。司法試験に合格しなくても、弁護して得られる収入が低くても、借金は返し続けなければなりません。


 この上さらに、今国会において、「在学中受験の容認」、「選択科目を論文式試験からなくして予備試験に課すこと(予備試験では教養科目を廃止する)」、「「法曹コース」の設置」を内容とする法律が成立するとみられています。「在学中受験」が容認されると、ロースクールに入って1年と数か月で司法試験の受験資格が与えられることになります。これは、予備試験の方が人気が出てしまったので、これに対抗するために、法科大学院生については受験資格を簡単に与えるようにしようという構想です。法科大学院では、設立以来、法曹になるためには必要であるからということで、2年又は3年という時間をかけて、丁寧に様々な科目を勉強していくカリキュラムがくまれているのですが、1年数か月で司法試験受験ができるということは、このように必要だったはずの過程を大幅に削減してしまうことを意味しているように思います。この点について、改革側は「司法試験受験後にロースクールでこれらの科目を勉強はさせる。だから、同じことだ」と主張するのでしょうが、司法試験受験後と前とでは、勉強のインセンティブも行う時間も大きく違うことは明らかで、だからこそ今まで2年又は3年という期間をかけてきていたわけであり、説得的ではない主張ということになるでしょう。
 そして、このような削減と帳尻をあわせるために、ロースクール枠の受験生は、「選択科目」を司法試験で受けなくて良いという改正も行われます。選択科目には、労働法、倒産法、知的財産法、国際公法、国際私法、環境法、経済法などが含まれています。もともと、複雑化した現代社会において法曹となる人には、これらのうちせめて一科目については十分な素養をもってほしいということで含まれるようになった科目です。旧司法試験時代にも、選択科目制度は存在しました。ところが、ロースクール・ルートで司法試験を受ける学生の負担を減らすために、法曹に要求する知識の内容等も削減しようとしているわけです
 「法曹コース」というものは、これらと一体として、ロースクール・ルートで司法試験を受ける学生の負担をさらに減らそうとするものです。法学部の3年間で法律基本科目を勉強すれば、法学部と協定をむすんでいるロースクールの2年型コースに、現在行われているような入試は受けることなく入ることができること等が内容とされています。法学部で学ぶ学生のうち、法曹を目指す人の割合は、ごくわずかです。そのことから、現在、法学部は、法的素養をもち社会の中で活躍する市民を育てる教育をしていて、司法試験対策は行われていません。ところが、「法曹コース」導入後には、法曹コースでしっかり司法試験に対応できる素地を学生に身につけさせないと、その法学部からは法曹になる人は出ないということになって、かなりの大学が法学部で司法試験対策の方に力を入れるようになる可能性があります。こうなると大多数の法学部生のニーズは満たされにくくなります。しかも、「法曹コース」を出ていても、在学している法学部が優秀であって、優秀なロースクールと協定を結んでいなければ、そういうロースクールに入ることができる可能性が比較的小さくなるという不自然なところもあります。また、現在、法曹になる人たちの中には、様々な社会的・経済的問題を経験したり、色々な問題意識をもったりして、20歳を超えてから法曹になりたいと思う人たちが相当数いるはずなのですが、そのような人たちが今後も同じように法曹になり続けることができるのかも懸念せざるを得ません。上でも書いたように、現在の制度の下でも、司法試験受験をしやすいのは比較的豊かな過程に育ち経済的心配がない人になりがちなのではないかということが指摘されてもいます。


 将来の法曹がもつべき資質の基準を低め、司法試験受験資格をロースクールを出た者にのみ非常に簡単に認め、法曹の多様性を失わせ、しかも法学部の資源の相当な部分を司法試験受験対策に向けさせて法学部生の利益をそこなうおそれがあるような改革が、なぜ行われるのでしょうか。社会的にそのような必要性はなく、国民が望んだわけでもないでしょう。改革の背景にあるのは、主として、なんとしても今のロースクール制度を維持したいという大学側の思いや利益なのではないでしょうか。しかし、その大学の教員ですら、このような改革を行うことや、こういう改革を行ってロースクール制度を維持するという方針に対して、疑問を感じている人たちがかなりいるようです。


 現在の「司法試験受験には、原則として、ロースクール(法科大学院)を修了する必要がある(予備試験に合格した場合には、この限りでない)」という制度には、大きな欠陥があります。そして、今国会で行われる改正は、ロースクール制度の破綻を決定的なものとするものであるように思えます。このような事態になり、このような危うい目的に基づく改革をしてでも、「司法試験を受験するためには、ロースクールの在学・修了が必要である」という制度を維持するのが、正しいことなのでしょうか。


 様々なバックグラウンドをもつ人であったり、経済的に豊かではないご家庭の出身者が法曹として活躍できるようになるためには、ロースクール修了を司法試験受験の要件からはずすとともに、予備試験もなくして、司法試験だけにするほうがよいのではないかという見方があります。ロースクールが優れた教育の場であれば格別、現在の多くのロースクールはそのような場とはいいがたいように思います。新司法試験時には、司法試験合格という「点」からロースクールでじっくり時間をかけて勉強する「プロセス」の教育が行われるという触れ込みでしたが、司法試験の合格率重視が著しくなっていて、プロセス型に変わったとはいいにくいように思います。上の改革が実行されれば、ロースクールの教育機能はさらに劣化する可能性があります。そうであるならば、「司法試験だけにする」も選択肢になってくるのではないのでしょうか。


 「司法試験だけにする」ことによって変わるのは、法曹になるために、法科大学院に行き、又は、予備試験を受かるということをしなくてもよくなる、というだけです。大学が、優れた法曹を育てたいのであれば、法科大学院や法学部はそれを行うことができます。実務系科目の教育も、大学は、法学部・法科大学院で提供し続けることができます。LL.Mのように、司法試験合格後に専門性を強化する選択肢を提供することもできます。大学が、真剣に優れた教育を続ければ、学生は来るのではないでしょうか。その一方で、教育内容が予備校と変わらないのだったら、法曹を目指す人は、法科大学院に行かなかったり、中退したりして、予備試験ルートで法曹になるようになるでしょう。そして、予備試験ルートで法曹になる人たちはもう既に多数、存在します。

 

 法曹教育はロースクールだけが決めるべきことではありません。法学教育のあり方については、広く国民的議論が行われるべきです。それをしないまま上記の改革を強行するようなことはすべきでありません。


 改革を進める前に、ロースクール制度について、もう一度、考えませんか。

 「司法試験受験には、原則として、ロースクールを修了する必要がある(予備試験に合格した場合には、この限りでない)」という現在のロースクール制度を、もう一度、国民的議論を行って、考え直しませんか。

 「ロースクールに行かないと司法試験を受けることができない」という制度になったのは、2011年のことです。それまでは、ロースクールにいかなくても、予備試験に合格しなくても、司法試験を受けることができました。

 予定したようには機能していないロースクール制度。今後、国民的議論を行うこともなく改革を進めてしまって法曹や法学部の質を落としていくことに比べれば、昔のように、「ロースクールにいかなくても、司法試験は受験できる」という制度に戻す方が、よいのではないですか。