キャンペーン成功!

沖縄全戦没者追悼式を平和祈念公園、「平和の礎」近くの式典広場で行ってください!

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           要 請 書 (案)

 

 沖縄県は、沖縄戦後75年の節目となる今年の沖縄全戦没者追悼式を、大幅に規模を縮小し国立沖縄戦没者墓苑で行うと発表していますが、わたしたちは、追悼式を、沖縄県民が戦没者の鎮魂と平和発信を半世紀以上積み重ねてきた歴史的な場所である、「平和の礎」のそばの平和祈念公園の式典広場で行うよう要請します。あわせて、新型コロナウィルス感染対策に万全を期したうえで、遺族・県民の可能なかぎりの参加に配慮するようお願いいたします。

 毎年「慰霊の日」である6月23日は、沖縄県民が沖縄戦を振り返り、愚かな戦争を繰り返してはならないと、犠牲者の鎮魂と恒久平和の祈りに包まれる日です。その中心が、1952年から続けられてきた琉球政府・沖縄県主催の追悼式です。はじめ首里城跡の琉球大学広場で持たれ、その後は 那覇高校校庭などを経て、1965年から現在の平和祈念公園の広場で行われてきました。戦後半世紀以上にわたり、県民が集い、祈り、追悼と平和発信を積み重ねてきた歴史的な場所といえます。

 国立沖縄戦没者墓苑は、日本復帰後の1979年につくられ、各地に散らばる遺骨を住民が集め納めた「魂魄の塔」をはじめとする多くの慰霊塔や納骨所から転骨された施設です。同墓苑のHPには、犠牲を美化するような「国難に殉じた戦没者」という表現が見られます。しかし、沖縄戦は本土防衛と国体護持の「捨て石」作戦であり、そのために(疎開者を除く)住民の3人に1人が命を奪われたとされています。国家の施設である国立墓苑で、沖縄戦犠牲者の追悼式をすることは、国家が引き起こした戦争に巻き込まれて肉親を亡くした県民の感情とは相容れないのではないでしょうか。このような違和感を県民が覚える場所ではなく、遺骨も見つからない方も含めて、個人の名前を敵味方なく刻んだ「平和の礎」のそばの、内外に開かれた空間である平和祈念公園広場が適切と考えます。

 また、参列者を15人程度に絞るのは、新型コロナウィルスの緊急事態宣言下の判断だと思いますが、今現在は、宣言も解除され、県も5月21日に県主催イベントガイドラインで「屋外では200人以下、かつ人と人との距離をできるだけ2メートル空ける」と提示しています。追悼式もこの指針にしたがい、万全の感染対策を実施したうえで、遺族・県民が参列できるようにし、焼香・献花できる追悼台を「慰霊の日」前後一週間程度設置するよう要請いたします。

 

【要請事項】

1、沖縄全戦没者追悼式を平和祈念公園、「平和の礎」近くの式典広場で行うこと

2、同式に遺族・県民を可能な限り参加させること

3、遺族・県民が焼香、献花できる追悼台を広場に設置すること

 

       2020(令和2)年6月

        沖縄全戦没者追悼式のあり方を考える県民の会

 

【共同代表】

比屋根照夫(琉球大学名誉教授)、石原昌家(沖縄国際大学名誉教授)、上里賢一(元琉球大学教授)、石川元平(1フィート運動の会元副代表)、伊佐眞一(沖縄近現代史家)、比嘉豊光(写真家)

【事務局】知念ウシ(むぬかちゃー・大学非常勤講師)

   メールアドレス  oka.ireinohi.kenmin2020@gmail.com

 

 

<参考HP・記事等>

沖縄県HP「令和2年沖縄全戦没者追悼式の開催について」

国立沖縄戦没者墓苑

平和の礎

沖縄慰霊の日式典 ことしは縮小開催 新型コロナ対策で 玉城知事「それぞれの場所で平和を誓って」(沖縄タイムス2020年5月15日)

社説[「慰霊の日」式典縮小]体験継承の工夫今こそ(沖縄タイムス2020年5月18日)

慰霊の日追悼式 なぜ場所変更 戦没者墓苑開催に賛否(琉球新報2020年5月22日)

慰霊の日式典会場 国立戦没者墓苑に変更 有識者「殉国死を追認」 遺族会長は「違和感ない」(沖縄タイムス2020年5月23日)

<社説>戦後75年の慰霊祭 平和の継承へ知恵絞ろう(琉球新報2020年5月25日)

沖縄全戦没者追悼式 平和祈念公園で開催を 識者ら30人が知事要請へ(琉球新報2020年5月27日)

 



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