日航ジャンボ機事故の真相を明らかにすべく再調査をして下さい!

日航ジャンボ機事故の真相を明らかにすべく再調査をして下さい!

0 人が賛同しました。もう少しで 2,500 人に到達します!
2,500 の賛同で,このキャンペーンが メディアに取り上げられる可能性が高まります!

発信者:8​.​12連-事故調査分科会 サポーター 宛先:総理大臣、国土交通省、航空局、警視庁、群馬県警

[NEWS]”無かったはずの交信記録”が当時の新聞から発見されました!

皆さん、36年前に起きた日航ジャンボ機墜落事故をご存知でしょうか? ------”いまもって世界最悪”の飛行機事故です!

これまで、関係する本が各界から出版され、その種類も数知れず。そのなか近年10万部を突破したベストセラーさえも、あります。さらには、その本が元になり、ネット上でも、読者によるYoutubeが作られ、数多くの人がコメントを寄せ、”現在進行形の事件”なのです。

というのも、この1985年8月12日起きた日航ジャンボ機墜落事故には、数多くの疑問が今もなお残っているからです。

そして、このほど”無かったとされてきた交信記録”が当時の新聞記事から発見されたのです!
それは、墜落翌日13日付の新聞に掲載され、共同通信から情報を受け新聞掲載されたもので、交信言語として、18:38『マヌーバーが悪い』(東京管制とのやり取り)や、18:41『緊急着陸空港検討中』(日航社内無線とのやり取り)という、大月旋回中に着陸空港について会話していた交信記録になります。
『緊急着陸空港検討中』『マヌーバーが悪い』無線通信掲載の新聞(1985年8月13日付に掲載) 
https://www.jomo-news.co.jp/playback/data/2017/08/0813/archive0813.pdf

また、2020年には重大な証拠として「外務省公文書」も見つかっております!
それは、36年前の日航123便墜落日から僅か2日後、なんと、米国レーガン首相が中曽根首相へあてた緊急FAXであり、“件名”が“日航機墜落事件”として記されています。当時、全報道が“事故”扱いのなか、外務省のみが“事件”とし、この件を「事故ではなく事件」としていた事になります。(青山透子氏 新刊[日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす]に掲載)


こうした”新事実の発見”も、不屈の調査により、今でも起こっています。

私は昨年、東京「早稲田大学」で開かれた7.16シンポジウムを皮切りに、遺族等関係者と繫がり、真相究明にのりだし、関連本の読破も17冊を越えました。

《 関連動画 》
日航機墜落事故・日本語 Change.org/再調査要求署名へのご協力を! https://www.youtube.com/watch?v=0ickGX-8vPE

【日航機墜落事故㉓】無音だったはずの交信記録。消されたボイスレコーダー
https://www.youtube.com/watch?v=0alUa_e0HBU&t=7s

【日航機墜落事故㉜】本気で突っ込んでいきます。確信に迫る宣言
https://www.youtube.com/watch?v=dS77kijMWTg&t=9s

真相究明へ前進する"日航ワタナベケンタロウ"Youtubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCCnpddpO0f-llNaC8av-EhQ

Truth JAL123 Crash / 日航123便事故の真実チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCPCvZclyA87Ht7qE0pWNt5A

日航機事故で遺族が提訴(2021年3月26日)
https://www.youtube.com/watch?v=4aDIIy4IZYg

1995年番組 https://www.youtube.com/watch?v=AB_Vysfgzuo
17年目証言① https://www.youtube.com/watch?v=b_rEDdP37yY&t=17s
17年目証言②③ https://www.youtube.com/watch?v=HGjpDW3PmYg
油圧喪失での不時着実績 https://www.youtube.com/watch?v=6709I18BW0g

《 不可解な点 》
・事故当日、日本政府は、墜落後20分で現場に到着した米軍からの救援を断り、口止めして救助を翌日まで遅らせた。
・米軍情報により墜落位置を知りながら、氏名不詳110番通報「長野県ぶどう峠に墜落」を重視し、墜落位置誤報を6回流し現地住民からの通報を無視して現地入りを阻止した。
・事故調は、墜落から14年で事故の全資料1tを「情報公開法」施行直前に廃棄した。
・事故調の後継:運輸安全委員会は、墜落から26年後、遺族会 幹部らを招き「事故調査報告書の解説書」の資料作りに参加させ仮説を吹込んだ。(解説集会 資料に隔壁破壊説の矛盾を認めた文書も)
・この1年後、事故原因仮説の「隔壁破壊説」解説集会が、遺族会に実施された後、遺族会「8.12連絡会」は20年続けてきた「原因究明」を止め、「慰霊の会」になり下がってしまった。

・墜落前、一般人50人、自衛隊1人が公式発表にない空の異変目撃
・墜落現場での不自然な回収物
・乗客のよる「飛翔体」の写真
・医師のよる炭化遺体に対する「2度焼き」発言
・2015年発見された「相模湾残骸」を無視
・墜落地で後部圧力隔壁を早期に破壊
・マスコミも公正報道責務を放棄し真実隠蔽に協力
・リークされたCVRは、墜落翌日新聞掲載した交信言語、18:38『マヌーバーが悪い』(東京管制とのやり取り)や、18:41『緊急着陸空港検討中』(日航社内無線とのやり取り)という、大月旋回中に着陸空港の会話をしていたのに、削除されている
・墜落日の「123便がレーダーから消える」という18:50TV速報の存在がNHK記録から削除されている
等、ほかにも多数あり

《 政府‟圧力隔壁隔壁説”に対する不審点 》
1.機内で急減圧が無かった証拠となる事実(長い霧発生/低温化/大風等なし、操縦士ノーマスク、耳肺異常なし)
2.123便 垂直尾翼へ18時24分35秒「ドーン」と同時に発生した「異常外力」への軽視(調査報告書-付録に記載)
3.これまで事故調査で重視しててきた証言、特に“生存者 落合氏”『急減圧はなかった』証言を無視

《 遺族への法的補償金“未払い”が判明 》
日航は、事故早々の裁判もしてない時点で遺族へ「補償もどきの交渉」をし‟日航の言い値”で金銭を渡し交渉を終らせたが、2016年一遺族の確認の際、『日航は加害者でなく無罪のため、あれは‟見舞金”だった』と文書通達した。(事故5年後、前橋地検は『事故原因を修理ミスとするのは疑問』、『事故原因不明のため不起訴処分・無罪』とした)
つまり、法的な犠牲者への補償金は‟今だに払われてない”のです。


要するに、この事故の実態が解明されぬまま放置され続けているのです。こんな事があってよいのでしょうか!

このままでは、亡くなった521人の犠牲者も浮かばれず、突如人生を引き裂かれた3000人もの遺族の中にも、心底慰霊できない方も多くいるのです。

これまで遺族会は過去5回刑事告訴、署名26万人分集め、民主党政権時代当時、東京地検へ提出したが、結局、誰一人裁かれず「不起訴処分」の形となってしまったのです。遺族は事故調査委員会の「隔壁破壊説」に対し納得していないが、その殆どが高齢のため奮起ができない状況なのです。

その中で唯一、強靭的に原因究明を貫いてきたのが遺族O氏です。
私は2019年初めて8.12慰霊式典に参加し、O氏による再調査訴求ビラを、参加者1人1人に配っている姿を見るや涙がこぼれました!中には拒否する遺族さえいました。
O氏は、事故後、長い年月かけ精神安定後、翻って、この真実究明にのりだしました。心のケアーが必要な遺族にとって、追及すること程苦しい事はなかったはず。O氏はやがて「8.12連絡会-123便事故調査分科会」を立上げました。この方との出会いが私の「再調査」運動の原動力になりました!


更に調査すると、亡くなった二家族6人が、私と繫がっていた事も判明し、これらの方々のためにも、全身全霊で立ち向かう決意をしました!

また、日本のパイロットを中心とした「日乗連」も、事故調査結果に疑問を呈し「再調査」を求め続けているなか、
政府は、2015年に相模湾で残骸が発見された際、その「引上げ」を国会で求めた野党や、各界からの声にも応じず、この35年間、再調査を拒んでいます。 ちなみに、生のボイスレコーダーを保管する日航内でも、この「音声」のみが社内試聴されず「再発防止」に活用されていない。

私は、この4年間、多くの関連本を読み、ネット情報もくまなくチェック。墜落現場となった上野村でも調査し、遺族やパイロットなど様々な方とも交流し、見えてきたのは、この事故の背後、とてつもない権力が働いていたという事でした。

いずれにせよ、偽りのない真相が明らかになる事のみが、苦しみ抜き亡くなわれた520人の供養となると確信します。

高齢化しゆく遺族のためはもちろん、私たちの「空の安全」を確立する為、墜落36目の今年こそ、この問題に終止符を打つべく、再調査を政府に訴えます!

[ 再調査のポイント ]
①外的要因により破壊された根拠となる機内からの飛翔体写真
②公式事故報告書での「隔壁破壊説」崩壊の根拠となる生存者の証言等および、32分飛行後急墜落した原因の未解析、墜落後多数いた生存者の未解析
③DFDRと目撃証言との矛盾
④墜落前における公式発表にない複数機の飛行目撃証言・文書
⑤墜落現場で撃墜された根拠となる「123便第4エンジンの墜落地点手間600m粉砕点在」・「他機等軍事残留物」・多くの目撃証言
⑥墜落後多数いた生存者を救助しなかった根拠となる生存者・検死医「二度焼き」証言・現地残留物・墜落直後登山者 証言
⑦2015年に相模湾海底で発見された123便の残骸物証および当時20日で打切った相模湾捜索の真意
⑧日航内部でも唯一秘匿とされる公式CVRとリークされたCVRとの比較検証
  (削除された『マヌーバーが悪い』『緊急着陸空港検討中』や123便と横田基地との交信記録)
⑨操縦室で一人発見されなかった機長の身体と制服の存在
⑩公式生存者4人発見日に居たとされる他の生存者の目撃証言
⑪非公式に2011年(墜落26年後)遺族会幹部に対し4回行った「隔壁破壊説」固めへの誘導教育(「原因究明」を放棄させた経緯)
⑫米軍C130輸送機アントヌーチ氏が墜落後20分で現場到着したが救助中止・口止め命令の怪(傍受していた123便 横田基地着陸要請交信)
⑬米軍情報で墜落地点を知りながら、氏名不詳110番通報「長野へ墜落」等6回誤報、現地住民の通報無視および救助活動阻止の疑惑
⑭墜落日の夜NHKニュースで流された現地での自衛隊員射殺報道およびそれを誤報とした報道の経緯
⑮123便は垂直尾翼・油圧装置を破壊され操縦困難ではあったが、操縦ができ飛行が出来ていた事
⑯生存者の落合氏による墜落直前「前席で“悲鳴”後すぐ急降下」証言、と墜落直後の日航副社長の「日航機はミサイルで撃墜」告白の関係
⑰墜落場所で警察でない自衛隊が残骸・遺体を管理した経緯(自衛隊が墜落日夜から現地入りし、残骸や圧力隔壁切断・証拠品搬出した目撃証言あり)
⑱事故調が墜落から14年という早さで事故の全資料1トンの廃棄を、それも「情報公開法」施行直前に行った経緯
⑲墜落前18:50にTVで流された「123便がレーダーから消える」というTV速報がNHK記録から削除された理由

以上

 

0 人が賛同しました。もう少しで 2,500 人に到達します!
2,500 の賛同で,このキャンペーンが メディアに取り上げられる可能性が高まります!