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岡谷市長: 武井武雄生家の取壊しをやめ、生家と保育園を併存させ、保存・活用されるようお願いします

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 武井武雄は岡谷市が生んだ世界的童画家で、病弱だった武井が幼い時に妖精ミトと遊んだ生家は、武井の創作活動の原点となる場所です。
 また、生家は元禄時代に建築された長野県最古級の民家であり、現存する高島藩の武家住宅3棟のうちの一つで、たいへん貴重なものです。

武井武雄(たけい・たけお) 明治27年生まれ。長野県岡谷市出身。童画家・版画家・童話作家・造本美術家。「童画」という言葉を初めて使用した。大正から昭和にかけ、コドモノクニなど児童向けの雑誌に作品を掲載し、多くの子どもたちに夢と希望を与えた。日本のイラストレーターの先駆的存在。代表的な作品に「刊本」があり、「本」づくりを芸術の域まで高めた。豆本と言っていいハガキサイズくらいの本を139冊、絵も文もすべて武井自身が手掛けている。限定300冊でどの本も用紙・刷り・インク・綴じ…すべてが予算度外視かと思われるほど凝りに凝っている。中には、紙の原料となるパピルスから栽培したものも。

子供の頃は病弱で友達が少なく、空想の中に「妖精ミト」を創り出して一緒に遊んでいた。幼児期のこのような体験が、後の武井武雄の芸術作品・メルヘンの世界につながったといわれている。また、「封建的な古めかしい家に生まれ、新しいものへの”あこがれ”が人一倍強かった。それが、新しいものを創造する原動力となっている」という武井自身の言葉も残されている。イルフ童画館の「イルフ」は、「古い」を逆から読んだもので、新しいものに対する武井の造語である。

さらに詳しい情報は、下記wikiや武井の作品が収蔵されているイルフ童画館のページをご参照ください。

武井武雄生家の現状(ビデオ映像 YouTube)

wikipedia 武井武雄

イルフ童画館 武井武雄のページ

武井武雄をあいする会


武井武雄生家 武井武雄生家は、元禄11年の建築ともいわれ、長野県内でも最古級の民家である。武井家は御中小姓として諏訪高島藩に仕えた武家であり、高島藩の武家住宅は武井家を含めて、3棟しか残っていない。

 現在生家は岡谷市の所有となっており、岡谷市は生家を取り壊して、隣接する老朽化した西堀保育園の整備を進める方針である。岡谷市は、土地建物を関係者(武井武雄の長女である三春さんの特別縁故者)から寄贈される際、「建物の傷みも激しいことから危険な状態にある建物を取壊し、敷地は武井武雄を顕彰する利用としていただきたい」、「子供を始めとし多くの人が童画文化に触れられるように活用してもらいたい」との要望を受けたとしている。また、岡谷市では「岡谷市保育園整備計画」の中で、隣接している老朽化した西堀保育園の整備用地として、生家敷地を一体的に活用する方針としている。この計画に対し、地元岡谷市西堀区及び「武井武雄邸検討委員会」は、地元として母屋の取壊し容認の決議をするとともに、保育園の早期整備、武井武雄先生の顕彰の推進の要望を行っている。



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