子供の苦しみを完全無視!虐待死事件、加害者寄りの報道を止めてください!

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先日、目黒虐待死事件の裁判が結審し、主犯である船戸雄大に懲役13年というあまりにも短い判決が下されました。

裁判で船戸雄大は自己保身あふれる主張ばかりを繰り返し、「躾が行き過ぎた」という主張を崩しませんでした。

裁判や取材で詳細が明らかになるにつれ、この事件を取り上げた番組が放送されたり、コラムがネットに上がっています。

加害者の人物像を知り事件の真相を明らかにすることが大切なのは言うまでもありません。ですが、中には加害者の主張のみに沿ったストーリーを仕立て、まるで擁護するかのような表現をする記事や番組があり、私たちは非常に危機感をいだいています。

彼らの虐待は間違っても躾が目的ではありません。異常な暴力依存による、完全理不尽で自分勝手な一方的暴力です。ですが、一部番組やコラムは、残酷な虐待死事件を起こした船戸雄大を「人から頼られたい性格であり、理想が高かった。義父であることにプレッシャーを感じていた」としています。これは船戸雄大が酷い虐待を行いはしたけれど、彼なりに教育を頑張ろうとしたかのような印象を少なくない視聴者や読者に与えかねない。実際船戸雄大の友人が「子育てってそんなに頑張らなくていいんだよと誰かがアドバイスしてあげていれば」と後悔するコメントを寄せているのですが、これには強烈な違和感を感じました。船戸雄大はそのようなアドバイスを受けたところで虐待を止めたと思いますか?執拗に結愛ちゃんを家族から疎外し、長期にわたって食事をほとんど与えず、氷のような冷水を浴びせ自分の欲求のまま拳を奮いたいだけふるい、足の裏にたばこの火を押し付け・・結愛ちゃんがどんなに泣き叫び許しを乞うても、そのような残酷な拷問を行う人間なのです。それはあり得なかったのではないでしょうか。

そして母親の優里に関する報道も、夫のDV被害者であったと過大に主張する擁護的な記事が見受けられます。ですが、そもそも彼女は相手に恋愛感情を持ち大いに依存していたという大前提を忘れてはなりません。少なくとも事件当時、(優)「また(目黒児童相談所)来たし。ほんま気をつけてね」(雄)「すんません」(優)「ええんやって、結愛が悪いんやし」というラインのやり取りがあったことや、事件発覚当時の供述で「虐待の事実は知らない」と自分の関与のみを否定してたことなどからも、裁判で主張したような圧倒的上下関係があったとはとても考えられません。結愛ちゃんが自分の手の届くところで飢えに苦しみ、暴力に悲鳴をあげ、寒さと寂しさと恐ろしさで毎日泣いていたであろう時に「結愛が悪い」などと言える母親です。惚れに惚れまくって優里の猛烈アプローチで結婚したという2人。惚れた相手が言うことがすべて。100歩譲って説教によって洗脳されたのだとしても、自らその状況に甘んじていたなら、もはやそれは優里の意志と言えるのではないでしょうか。

育児のオーバーワークに追い詰められた親がふるってしまった暴力と、まるで子供が苦しむ様子を楽しんだり自分のストレス発散の道具にするかのような虐待は、全く違います。この二人はまるで前者のような理由から虐待に及んでしまったとでもいうかのような証言を揃ってしており、反省はおろか自分たちがどんな重い罪を犯したかも分かっていないような印象すら受けます。そして、その主張をそのまま取り上げたメディアには大きな責任があります。

重要視すべきなのは、弱者をいたぶるサイコパス性と暴力依存性なのです。その異常な人格の理由を、義父であることのプレッシャーや理想が高すぎたこと、仕事が決まらないことに起因していたとする報道がおかしいと言っているのです。仕事など、虐待がしたいために自ら辞めたのです。異常な暴力欲求を抑えられない人間的欠陥がどこに起因しているのかを生い立ちから紐解くことや、暴力で弱者を虐げることに快感を覚える異常な価値観のルーツを探るならまだしも、加害者の自分を正当化する言い訳だけを取り上げるのは言語道断です。

結愛ちゃんの命を無駄にしないために私たちができることは何か。それは「二度と彼女のような思いをする子供を出さない事」のはずです。ですが、上記のような報道は世間に間違った加害者増や犯行動機を印象付けます。薄っぺらな育児指導をしただけで何も変わっていない残酷な親元に、簡単に子供を返してしまう今の保護方法を変える事が出来なくなってしまうのです。

児童相談所の現場ではすでに認識され始めているという「虐待」と「暴力依存」の関係ですが、実際はほとんど対応できていないのが現状です。ですが、結愛ちゃんの保護者であった二人のような暴力依存親に「子育てアドバイス」をしてもほぼ無駄であり、親がきちんと矯正されなければ子供を親元に返すべきではありません。

このような暴力依存親は沢山います。この事件に限らず、子供を親の玩具にするかのような稚拙で残酷な虐待事件は後を絶たず、こういった事件を起こした親はかなりの確率で暴力依存と思われるのです。児童相談所が関わっても子供を救えない事件が後を絶たないのは、虐待が発覚した時点で親の暴力依存を重要視しないからなのです。

この事件をきっかけに、虐待加害者と暴力依存の関係にもっと焦点をあて、暴力依存が疑われるケースを見逃さない対策、暴力依存の親に対する専門的なケアの重要性と子供の安全が確保されるまで保護する対策が推進されるよう、各報道関係者は発信をすべきです。

いじめは、いじめた側が圧倒的に悪いのです。いじめた側の言い訳を聞き、「いじめられる方も悪い」とでもいうかのような日本の悪しき価値観を露呈するような報道は、もう止めませんか。

加害者よりの報道をした関係先に事の重大さを知っていただくためにも、多くの意見が必要だと思っています。ご賛同いただけましたらご協力をお願いいたします。