パパ活サイトや相席居酒屋、性風俗の撲滅に向けて協力してください。

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「ヤレる女子大学生RANKING」が先日、週刊SPAにより10/23日に出版されました。これに対し、署名活動が行われており、メディアでも取り上げられています。

※Although it is not written in multiple languages ​​because of a long sentence, I would like many people to know the current situation of Japan with translation function

私は、普段は購読していない週刊SPAの記事を今回読ませていただきました。購読者数が減少し、売り上げが落ち込む中で、扇動的な炎上商法を用いて注目を集め売り上げUpを計る事は現代では珍しくありませんし、非常に現代的な問題だと感じております。

女性蔑視、女性差別は当然なくさねばなりません。しかし、世の中から何故今でも無くならないのか。私はやり方が間違っていると思っています。女性差別を解消する為には、男性側の生きづらさを理解し、男性差別を取り除くことが最も大事だと思っています。

「ヤレる女子大学生RANKING」がアウトなら、同時に、女性が男性の力に頼る事も問題ではないでしょうか。パパ活、相席居酒屋、結婚時に男性に経済力を一番に求める、専業主夫の市民権の無さ、男らしさの強要……

私は20代男性です。モテないわけではなく、今まで女性との交際経験が複数人ありますが、特段の宗教に入っているわけではなく、自らの意志で婚前交渉を拒否し、ヴァージンを護っています。童貞という表現は好きではありません。もちろん処女という表現も好きではありません。私がヴァージンを護っている理由は、単に、一生を共にする将来の伴侶に対し自分の過去で辛い想いをさせたくないからです。誰しも表面上は、器が狭いと思われたくない為に受け入れる事があると思いますが、果たして、男女共に、自分の愛する伴侶が別の異性に抱かれていた事を本心の部分で受け入れることができるでしょうか?

浮気や不倫を行う男性に対して、割とよく『女性は真剣に生涯を一緒に生きていける人を探している』だの、草食化して自分から行動を起こさない男性に対して『女性からは告白もエッチの要求もできないから男性にしてほしい』だのと聞くことがあるのですが、男性も生涯を一緒に生きていける人を真剣に探しているし、男性から告白したりするのだって相当勇気がいることなのに・・・と常々感じています。また、METOOが広がって今まで声を出せなかった被害者が声を出せるようになってきたことは素晴らしいですが、当時合意があったにもかかわらず、もしくは、当時性行為を対価として利益を受け取っていたにもかかわらず、後から被害を申し出られる可能性もあるという恐怖心を抱き、女性を信頼できなくなった男性も少なくないのではないでしょうか?

世の中には、本人が納得していれば世間が何と言おうと問題ないとする意見がございます。風俗であってもパパ活であっても本人が納得して自分を商品化するなら問題ないとする意見がございます。しかし、そんな彼女たちが性行為被害を訴えれば、今や男性の意見は無視されてしまう。彼女たちが行っていた『たぶらかし行為』には責任がないのでしょうか?

男女問題はほとんどが主観的な心情に基づくものです。第三者が客観的に判断できるものでは本来ありません。女性が本音で嫌がることを解決するためには、男性が本音で嫌がることにも目を向けなければなりません。

また、本視点とは多少ズレますが、無関係ではないので付け加えておきます。

恋愛においてまだまだ男性が能動的で女性が受動的という在り方が主流です。選ばれる性である女性は、選ばれない可能性があるというデメリットがあると同時に、上から目線で選べるメリットもあります。セクハラであっても、少女漫画的に標準以上の顔面偏差値を持つ好みのタイプにいたずらにスキンシップを受けたとしても女性がセクハラと訴える案件はまだまだ稀有です。モテない冴えない男性がセクハラ加害者と認定される案件の方が多い悲しき現実。私はヒトラーの優性思想と何が違うのかわかりません。女性に相手にされない男性たちは、人間の持つ本能的衝動をどこでどう抑えればいいのでしょうか。

女性だけでなく男性にとっても生きづらい世の中を変えるためにご協力ください。

私は男性ですが、家事育児に抵抗はありませんし、事務仕事をやれと言われても抵抗はありません。私の様に、今まで女性の仕事と言われてきた事に抵抗を持たない男性はおそらく若い男性に多いのではないでしょうか。一方、女性はまだまだ『女性である事に胡坐を掻いている』様に感じます。『女性は色々大変だから、弱い生き物だから、男性より守られて当然だ』と。女性枠の設置ではなく、実力で女性管理職を勝ち取ったり、女性が眼科や歯科以外の立派な医療従事者の立場を勝ち取ったりする世の中になるためには、女性自身にある無意識下の下駄を女性が脱ぐ必要があると思います。人生を生きていく上で本当に必要な衣食住に従事する者は、ほとんどが男性です。男性が作る舞台の上で優雅に踊っている事に本音で気付いている女性はいらっしゃるのでしょうか。そういう女性は非常に稀有な存在だと感じております。

男女平等とは、男性も女性も一人の人間として性を武器にせずに自立して生きていくことではないでしょうか。という言葉で締めさせていただきます。