チェンジメーカーストーリー

110年ぶりの刑法大幅改正。それを後押しした「チームワーク」とは?|ジャーナリスト 治部れんげ

Change.org
Oct 24, 2017

今年の6月、日本の刑法の性犯罪規定に、制定後110年の中で類のない大幅な改正がなされました。

この実現を後押ししたキャンペーンが、Change.orgも活用していたビリーブキャンペーンだったことから、Change.orgは7月にキャンペーンの成果報告会を行いました。

このイベントで企画とモデレーターに関わってくださったジャーナリストの治部れんげさんに、イベントの内容をレポートしていただきました。

イベントに来られなかった方も、いらした方で内容をもう一度思いだしたい方も、ぜひご覧ください。


今年6月、刑法の性犯罪規定が改正された。日本の刑法性犯罪規定は110年前に作られたもので、これまで大きな改正はなかった。今回の改正は、欧米先進国と比較すれば不十分ではあるものの、ようやく一歩を踏み出した。

【刑法の性犯罪規定改正のポイント】

  1. 「強姦罪」とされていた罪の名称が「強制性交等罪」に変わった
  2. 強制性交等罪の刑期の下限が懲役3年から5年に引き上げられたこと
  3. 強制性交等罪の被害者には、女性以外も含まれるようになったこと
  4. 被害者が告訴しなくても、検察が加害者を起訴できるようになったこと

この改正を後押しした人がいる。彼・彼女らは刑法の性犯罪規定を改正するため、「ビリーブ」と名づけたキャンペーンを展開。ソーシャル署名Change.orgの活用に始まり、国会議員へのロビイング、世論を盛り上げるためのイベントを行った。

実際に「法律の改正」という大きな成果を得た「ビリーブ」キャンペーンは社会運動の成功事例と言える。

キャンペーンをサポートしたChange.org広報の武村若葉さんは「法改正という大きな成果もすばらしいですが、問題の認知を広げるためにオンライン署名やアートパフォーマンス、ワークショップなど様々な手法をつかって、関心のなかった人を振り向かせる工夫がたくさんされています。Change.orgで立ち上がるたくさんのキャンペーンをみてきていますが、これほど『語りかける』こと、『巻き込む』ことに注力したキャンペーンは珍しい。社会に働きかけたいと思う人にはぜひ参考にしてほしい事例です」とこのキャンペーンを評価する。

そこでChage.orgでは、7月16日にキャンペーンの成果報告会を開催、キャンペーンの中心メンバー5名が登壇し、戦略の立て方やチームビルディングについて話した。筆者はこの報告会に企画から関わり、当日はモデレーターを務めた。この記事では、報告会のエッセンスをお伝えする。

 

刑法性犯罪規定の改正を求める「ビリーブ」キャンペーンには、4つの団体が参加していた。明日少女隊、NPO法人しあわせなみだ、性暴力と刑法を考える当事者の会、ちゃぶ台返し女子アクションである。4団体は以前から性犯罪や性虐待の問題に取り組んでおり、イベントなどで顔を合わせ話すうちに「志は同じ」と気づいていく。刑法の改正に向けて一緒に取り組むため、2016年9月半ばに4つの団体のコアメンバーが集まってミーティングをした。

「このミーティングが、とても重要でした」と、ちゃぶ台返し女子アクションの鎌田華乃子さんは振り返る。この場で皆がひとつのゴールに向かうと決意したためだ。参加メンバーの中には、性被害の当事者もいれば、被害者支援に携わる人、世論の形成に関心がある人もいた。

 

ちゃぶ台返し女子アクションの鎌田華乃子さん(左から2番目)

ちゃぶ台返し女子アクションの鎌田華乃子さん(左から2番目)

 

それぞれがこのテーマに取り組むモチベーションについて話した後に、皆が合意できる最低ラインを決めた。それは、少なくとも2017年の通常国会で刑法改正を実現させること。また、可能であれば、改正案をより理想に近い内容に修正するよう働きかけること、とした。

目標を決めた後は、戦略的なアクションを積み重ねていった。法律を改正するためには国会議員の理解が必要だ。プロジェクトのメンバーは、合計45人の国会議員に直接面会して性犯罪被害の実態を伝え、刑法改正の必要を訴えた。与党にも野党にも足を運び、党派を問わず味方になってくれそうな人には会いに行った。ロビイングの過程でChange.orgで集めた署名約3万筆(提出時)を金田勝年法務大臣(当時)に手渡すことができた。

 

金田勝年法務大臣(当時)への署名提出

金田勝年法務大臣(当時)への署名提出

 

 

議員との面会は、性暴力と刑法を考える当事者の会の山本潤さんが中心になり、「だれに働きかければ改正を実現しやすいのか」をチームで話し合いながら動いた。被害当事者で関連の著作もある山本さんが自身の体験を話したり、複数の当事者の話を伝えながら法律改正の必要性を冷静に伝えた。山本さん達の話は議員の心を動かし、紹介が紹介を呼ぶ形で多くの議員と話をすることができた。

山本さんと共に議員を訪問した、しあわせなみだ代表の中野宏美さんは「『自分たちはロビイングの素人なので、分からないことは議員に教えてもらう』といった謙虚な態度で臨むよう心掛けた」。実際、刑法改正後、何人かの議員にお礼に行った際、中野さんはある議員から「きみたちは明るかったから良かった」と言われたそうだ。

 

性暴力と刑法を考える当事者の会の山本潤さん(左)としあわせなみだの中野宏美さん(中央)

性暴力と刑法を考える当事者の会の山本潤さん(左)としあわせなみだの中野宏美さん(中央)

 

深刻な社会問題に取り組み、改善・解決のために活動しながら「明るさ」や「謙虚さ」を保つのは簡単なことではない。特に、議員など意思決定権者と面会する際、社会問題の解決を急ぐあまり相手を責めてしまったり、会う前から対立的な姿勢を取ってしまったりすることもある。目標は決して見失わず、コミュニケーションは冷静かつ丁寧に。これは今後、違うテーマでキャンペーンを始めたい人にとっても参考になるだろう。

ところで「ビリーブ」キャンペーンが成功した要因として、政治家だけでなく普通の人を広く巻き込んだことがある。特に有効だったのは、戦略立案の最初に「アート」を取り入れたこと。フェミニストアーティストのグループ「明日少女隊」は、ロゴマーク、ウェブサイトのデザインに始まり、パレードのプラカードを製作するなど若年層に響く表現を工夫した。また、ダンサーくはのゆきこ氏の協力を得て、ロビイングにダンスまで取り入れた。視覚に訴えることで、ふだん社会運動に参加しない層にも、この問題が重要だと伝えることができた。

 

明日少女隊の展示

明日少女隊の展示

 

学生など、若い世代に伝える工夫は他にもあった。ちゃぶ台返し女子アクションの大澤祥子さんが中心になり「性行為における同意」をテーマにしたワークショップを東大、創価大などのキャンパスで開いてきた。ワークショップの企画運営には男子大学生も加わったため、性別を超え良心ある若い層に開かれたキャンペーンになった。このワークショップに参加した学生がさらにロビイングにも加わっている。

同意ワークショップ

同意ワークショップ

 

個々の施策の新しさや戦略性に加え、重要なことがもうひとつある。それは「できることしかやらない」と決めて貫いたことだ。社会運動のキャンペーンでは、政局や突発的な事故などコントロールできないことが沢山起きる。「ビリーブ」キャンペーンでは、刑法改正に焦点を定め「自分たちでコントロールできることで最大限の効果を出す」ことに集中した。選択と集中という、ビジネスの発想を社会運動に応用したのである。

「ビリーブ」キャンペーンに参加したメンバーたちの今後の課題は、6月の刑法改正に盛り込まれた「3年後の見直し」をいかに実現していくか、である。改正は大きな一歩であった。同時に、改正後の刑法もまだ、暴行や脅迫がないと性犯罪とは見なされない、という点などでまだ改善の余地がある。この課題をいかに市民社会に伝え、世論を動かしていくか。すでに次のアクションは始まっている。

【団体プロフィール】
明日少女隊

男性、女性、いろんな性、みんなが平等でHappyな社会を目指す社会派フェミニスト・アートグループ。デザインやアート通してビリーブキャンペーンを盛り上げた。ロゴ、ウェブ、プラカード、横断幕のデザインや、ブックレットの配色を担当し、アートとして、翼のマスク、ビリーブ・マーチ、女子力カフェを生みだす。ロゴの「つばさのシンボル」には、孤立しやすい性暴力被害当事者をエンパワメントするため「傷ついたつばさと、支えたいつばさ。2つがそろって初めて羽ばたく」という意味を込めた。記号からダンスでは、振付師くはのゆきこを支え、参加者を笑顔にするコミュニティ・アートを実現。

NPO法人しあわせなみだ

「2047年までに性暴力をゼロにする」ことを目指して、2009年1月に立ち上げ、2011年7月にNPO法人化。性暴力を経験した方や、その家族を対象とした自助グループ、性暴力等を経験して施設で暮らす方を対象とした講座、市民に対する啓発イベント等を手掛けてきた。刑法性犯罪改正にあたっては、2014年10月から法務省に設置された「性犯罪の罰則に関する検討会」ヒアリングに呼ばれ、現場の声を届ける。
ビリーブキャンペーンでは、これまでの活動を踏まえ、ロビイングに向けた資料作成や連絡調整、メディアとの関係構築、イベントのとりまとめ等、「縁の下の力持ち」役を果たす。

刑法と性暴力を考える当事者の会

性暴力被害者、ならびに性暴力被害を自分の事として考えるメンバーにより性犯罪の実態に即した刑法改正を目指して2015年8月に立ち上げられた。 刑法が性暴力の実態に見合った法律になるよう勉強会の開催や意見の発信を行う。2015年に法制審議会へ2回要望書を提出し、2016年5月に法制審議会のヒアリングに参加。2016年に実際の裁判例をもとに刑法性犯罪の不備を指摘した「ここがヘンだよ日本の刑法性犯罪」ブックレットを作成し、理解が深まったと好評を博す。また、日本弁護士連合会意見書への反対の要望書を行ったほか、2017年6月に参議院法務委員会で参考人として発言するなど被害当事者の視点から性暴力の実態を伝えた。

ちゃぶ台返し女子アクション

「性別に関わらず自分らしく生きられる社会」を目指したプロジェクト。女性の視点からみた生きづらさを女性自らが声を上げて変えていくことで、あらゆる性の人たちが生きやすくなると考えている。本キャンペーンでは性暴力を親しみやすく知ってもらう漫画、動画の作成や、大学生や社会人に性行為における同意を考えるワークショップを実施。市民が行動し、力を作って変化を起こす「コミュニティ・オーガナイジング」をキャンペーンで実践した。